そこにあるだけで空間を豊かなものにしてくれるエルメスのホームコレクション。空間に魔法をかける秘密を、アーティスティック・ディレクターが語った

BY JUN ISHIDA

 体育館を思わせる広大なスペースに、作業服姿の人々が続々とボックスを運び込む。ここはエルメスのイベント会場だ。世界で初となるホームコレクションの大規模イベント「エルメス・パレード」が、ソウルを舞台に間もなく始まろうとしていた。

画像: 4月3日にソウルで開催された「エルメス・パレード」の会場。フランスを代表する演出家フィリップ・ドゥクフレのもと、ダンサー約50名によるパフォーマンスが繰り広げられた。 ©SHIN KYUNGSUB

4月3日にソウルで開催された「エルメス・パレード」の会場。フランスを代表する演出家フィリップ・ドゥクフレのもと、ダンサー約50名によるパフォーマンスが繰り広げられた。
©SHIN KYUNGSUB

 音楽が鳴り響くと、作業服をまとった人々はダンサーに、ボックスはイベントのキー・アイテムへと変身する。ショータイムの始まりだ。小型のボックスは、横につなげられるとテーブルウェアや椅子を持った人々が闊歩するランウェイへ、そして縦に積み上げられるとアクロバティックなチェスの戦いが繰り広げられる勝負の場へと、次々にそのありようを変化させてゆく。それだけではない。会場内に点在する(あるいは運び込まれた)大型のボックスが開けられるたび、その中から椅子やテーブル、ソファが登場し、ダンサーによる華麗なパフォーマンスが繰り広げられる。ボックスが動くと何かが起きる。カラフルなグラフィックが施されたボックスに私たちの目は釘づけだ。

画像: プレートを持つダンサーたち。 ©BAKI, KWANGCHAN SONG, DOKI HONG

プレートを持つダンサーたち。
©BAKI, KWANGCHAN SONG, DOKI HONG

画像: 巨大なボックスの中で行われるパフォーマンス。 ©BAKI, KWANGCHAN SONG, DOKI HONG

巨大なボックスの中で行われるパフォーマンス。
©BAKI, KWANGCHAN SONG, DOKI HONG

画像: 会場に運び込まれるボックス。 ©BAKI, KWANGCHAN SONG, DOKI HONG

会場に運び込まれるボックス。
©BAKI, KWANGCHAN SONG, DOKI HONG

 実はこのボックスの正体は、フランスで用いられる引っ越し用のものである。「引っ越しの際に、家具などを納めたボックスを開くと、見知ったものなのに、驚きや喜び、新鮮な気持ちを抱きますよね。新しい視点でモノを見るということを表現したかったのです」と、ホームコレクションのアーティスティック・ディレクター、シャルロット・ペレルマンは言う。
「それは、エルメスのギフトをプレゼントされ、オレンジボックスを開いたときの気持ちにも通じるものです」

 シンプルでありながら機能的、そしてそこにアクセントを添えるグラフィック。さらには、「PLEASEHANDLE WITH LOVE(愛情を持って扱ってください)」「PLEASE HANDLE WITH FUN(愉しみながら扱ってください)」といった、エルメスらしいエスプリあふれるメッセージステッカーもつけられている。このボックスのデザインは、エルメスのホームコレクションのコンセプトに通じるものでは?とペレルマンに尋ねると、うなずきながら「機能的で単純なボックスなのですが、そこにはシンプリシティの美しさが見いだせます」と答えた。

 ペレルマンが、ホームコレクションのアーティスティック・ディレクターに就任したのは今から8 年前のことだ。彼女は自身の建築事務所を構える建築家で、本格的なプロダクトデザインの経験はなかったという。エルメスのアーティスティック・ディレクターであるピエール=アレクシィ・デュマに声をかけられた当初は驚いたが、ともにホームコレクションを指揮するパートナーとして建築写真の編集者でありキュレーターのアレクシィ・ファブリと出会い、「ピエール=アレクシィが何をやりたいのかまったく想像できませんでしたが、逆にいろいろな可能性がある」と考えるようになったそうだ。
「エルメスの特徴的なことの一つは、アレクシィや私のようにメゾンとまったく関係のない人を呼んで、メゾンとかけ離れていることを試みようとすること。その好奇心がエルメスなのではないでしょうか」

 エルメスのホームコレクション自体の歴史は、1920年代、3代目当主のエミール・エルメスの時代に遡さかのぼる。当時を代表する家具デザイナーの一人であるジャン=ミッシェル・フランクに、作品である椅子の革張りとサドルステッチを頼まれたのが始まりだ。2023年のミラノサローネ国際家具見本市では、エルメスが1930年代に制作した椅子を、デザイナーのジャスパー・モリソンとともにリ・デザインしたものを発表する。
「パリ郊外にあるアーカイブ収蔵庫には、メゾンが約150年にわたって収集したさまざまなものが収められています。そこは技術とノウハウの宝庫といえる場所で、メゾンと仕事をするデコレーターやデザイナー、アーティストはたびたび訪れ、そこから学び、再制作を試みるうちにホームコレクションの内容も豊かになっていきました」

画像: ジャスパー・モリソンが、エルメスのアーカイブの中から蘇らせた「CONSERVATOIRE CHAIR」 ©MAXIME TETARD(3); KIM HYUK; MAXIME VERRET;

ジャスパー・モリソンが、エルメスのアーカイブの中から蘇らせた「CONSERVATOIRE CHAIR」
©MAXIME TETARD(3); KIM HYUK; MAXIME VERRET;

日本の緑青加工の技術とエルメスのレザー加工の技術の組み合わせにより誕生した「PATINE D'HERMÈS」シリーズのボックス
©MAXIME TETARD

フィンランドのデザイナー、ハッリ・コスキネンによるテーブルランプ「SPUFFLE D'HERMÈS」
©MAXIME TETARD

 ジャスパー・モリソンとは、2021年に彼の椅子をリ・デザインして以来、二度目のコラボレーションとなる。
「彼と初めて会ったときに、ものの価値を理解している方だと感じました。今回は、メゾンの収集品の椅子のリ・デザインという、もともとあった作品にちょっとした変更を加える試みになりましたが、私たちがお願いした"控えめさ" をいかにして表現するかがポイントでした。彼を信頼してお任せした結果、本当に洗練されていて、ピュアで、控えめな椅子が完成しました」。この「控えめ」というのも、エルメスのホームコレクションのキーワードだ。
「私たちは大きなジェスチャーのものを欲していません」とペレルマンは言う。そして言葉を続ける。「時代に合っているけれど、ちょっとだけ脇にそれたスタイルというのがいいと思っています」

 独自の視点で作り出される控えめな家具。だからこそ、エルメスのホームコレクションは時代を超えて、さまざまな空間に愛されるのだろう。

画像: サローネの展示風景。 ©MAXIME TETARD; MAXIME VERRET;

サローネの展示風景。
©MAXIME TETARD; MAXIME VERRET;

シャルロット・ペレルマン
建築家。1971年パリ生まれ。フィリップ・スタルクのもとでキャリアをスタート。ホテル経営者アンドレ・バラズとの仕事を経て、2005年にStudio CNPを設立。2014年、アレクシィ・ファブリとともにエルメスのメゾン・ユニバース、サンルイ、ピュイフォルカ アーティスティック・ディレクターに就任。

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