4月、イタリア・ミラノ市内の広域で開催された家具とインテリアの展示会、ミラノデザインウィーク 2025。今年は、コミュニケーションの場として家の中心的存在になりそうな、ベッドの新たな可能性に注目した

BY KANAE HASEGAWA

 ミラノデザインウィークは家具やインテリアのイベントにもかかわらず、世界的なファッションメゾンも多く家具のプレゼンテーションを行う。ファッションウィークと異なり、誰もが無料で観ることのできるデザインウィークには、ファッションウィークと比べて圧倒的に多くの数の来場者が訪れ、街中がデザインに沸いた一週間となった。

「ミラノという街との対話は、クリエイター、そして事業主である自分にとり、中核をなすものです。それは、ミラノが活気づき、コスモポリタンな街になるミラノデザインウィーク中、なおさらのことです」。ファッション・デザイナー、ジョルジオ・アルマーニの言葉が、その賑わいぶりを言い表している。

 多くの家具が発表された中、今回とりわけ気になったのがベッドの存在。アルマーニも、ベッドは家具の中で重要なアイテムの一つとして捉え、50種の技法を用いて2000時間かけてインドで刺繍を施したオートクチュールウェアさながらのベッド「Letto Amedeo」を発表した。ベッドは(睡眠時間の短い人は別として)一日の中で、身体を委ねる時間が衣服の次に最も長いアイテムなのだから、オートクチュールと同様に精魂込めて作るのも納得できる。

画像: ベッド「Letto Amedeo」アルマーニ / カーザ 今年のホームコレクションのテーマであるオリエントにちなみ、龍や猿といった東洋のモチーフを刺繍で表現した。価格未定(7月以降受注生産) © Giulio Ghirardi

ベッド「Letto Amedeo」アルマーニ / カーザ
今年のホームコレクションのテーマであるオリエントにちなみ、龍や猿といった東洋のモチーフを刺繍で表現した。価格未定(7月以降受注生産)

© Giulio Ghirardi

 ロロ・ピアーナは例年インテリアコレクションを発表してきたが、今年初めてベッドが登場した。ミラノのデザイナーデュオ、ディモーレスタジオがデザインした円形ベッドは、モヘアのベルベットで覆われたボックススプリングに、弧状のヘッドボードにはパッド入りローラーを備え、どんな姿勢でも快適に受け止めてくれそうだ。そしてベッドカバーはロロ・ピアーナらしくカシミヤ製。1970年代を彷彿させるゴージャスさがありつつも、品格を感じさせる。こちらも、ベッドが身体全体を預ける親密なアイテムであることを思わせ、守ってくれるような安堵感を与えてくれる。

画像: ベッド「ヴァラッロ」/ロロ・ピアーナ COURTESY OF LORO PIANA

ベッド「ヴァラッロ」/ロロ・ピアーナ

COURTESY OF LORO PIANA

 眠る。休息する。本を読む。ベッドは自分と向き合うプライベートな、内省の場と捉えることが多いかもしれない。一方でデザインウィークで発表された様々なベッドを見て感じたのは、コミュニケーションを生み出す団らんの場としての可能性。友人たちを自宅に招いてのランチやディナーの後、場所を移してリビングルームのソファでくつろぐ、という流れをそのままベッド空間に持ち込むという提案が、多くの人を引き寄せていた。特徴としては、ベッドに見られる頭を置くヘッドボードがなく、四辺がカウチのように反り上がり、そこに寄りかかり、くつろぐデザインだ。実はこのようなタイプの家具は、床から一段掘り下げてリビングに作り込んだ巨大なソファ「カンバセーションピット(会話が弾む)」として、楽観主義の広まった1960年代の欧米で一世を風靡した。

 2025年のミラノで目についたベッドのデザイナーたちも、多くがこの「カンバセーションピット」としてのベッドを思い描いていたという。テーブルの席だと上座や席順とったエチケットに気を使うが、こうしたベッドは気心の知れた者同士、上下関係なくフラットに話し合うことができる。

画像: ベッド「Somnia Banquette」/ エスパス・アイゴ © Lorenzo Capelli - DSL studio

ベッド「Somnia Banquette」/ エスパス・アイゴ

© Lorenzo Capelli - DSL studio

 たとえば、ベルギーの4人のデザイナーコレクティブ、エスパス・アイゴが制作した「Somnia Banquette」は4人が十分に横たわることのできる2.5m×2.5mの大きさのベッドだ。「ベッドは眠る前に本を読んだり、ふと名案を思いついたりする場所だったりする。あるいは起きぬけに朦朧とした頭で思いもよらない考えが浮かんだりする場所でもある」と彼らは言い、ミラノデザインウィークでの展示中、展示会場のベッドで眠り、翌朝、展示を見に来た来場者がベッドを取り囲む中、朝食をとりつつベッドでの一夜の体験をジャーナリストとトークをするという公開取材を開催した。家族だけでなく、見知らぬ人を招き入れ、打ち解けるためのこうした形状のベッドは日本人からすると炬燵の存在に近いかもしれない。

画像: ソファ 「Butter」タッキーニ design by フェイ・トゥーグッド © Andrea Ferrari

ソファ 「Butter」タッキーニ design by フェイ・トゥーグッド

© Andrea Ferrari

 イタリアの家具ブランド、タッキーニはイギリスのデザイナー、フェイ・トゥーグッドがデザインしたベッドソファ「Butter」を発表した。コーナーソファを6つ組み合わせてベッドにもなるモデュラー家具だ。人がくつろいでソファやベッドのヘッドボードにもたれかかると次第にクッションやヘッドボードの端がバターが溶け出すように形が崩れるさまを表現している。ここでもベッドは家族やパートナーといった親しい人と眠るためだけの場所ではなく、気の置けない友人とのくつろぎの場となる。SNSやデバイスとの暮らしが日常になった今、家族同士、同じ家の中にいてもLINEやWhatsAppで連絡を取り合い、直接話しをする機会が減っている。こうした巨大なベッドは、行儀が悪いかもしれないが、家族が思い思いに寄り添い、たわいない話しをすることを促してくれそうだ。

 歴史を振り返っても、19世紀まで家族以外の人や赤の他人と同じベッドで寝ることは自然だったようだ。1187年の記録には英国のプランタジネット朝第2代イングランド王が、敵対関係にあったフランスのフィリップ2世と同じベッドで一夜をともにした史実が残っている。また、中世の英国では家族だけでなく、家畜も一緒に暖を取って添い寝する”コミュニティベッド”の習慣があった。

画像: マリメッコ新作コレクション design by レイラ・ゴハー(秋以降展開) © Sean Davidson

マリメッコ新作コレクション design by レイラ・ゴハー(秋以降展開)

© Sean Davidson

 インクルーシブな関係となるコミュニティベッドのあり方を今の時代に取り戻したいと考えたのが、フィンランドのテキスタイルブランド、マリメッコと、ニューヨークを拠点にするフードアーティストのレイラ・ゴハー。秋に登場するマリメッコの新作ファブリックでいくつものマットレスを組み合わせ、サーカス劇場を思わせる巨大な”ベッド”空間を作った。普段から相手が見えないから気楽な格好で電話をしたり、横たわってパソコンの仕事をしたりとベッドで過ごす時間が好きだというゴハーのアイデアによるプレゼンテーションで、来場者は見知らぬ者同士、靴を脱いでベッドシーツの中に入り込み、せわしないデザインウィーク中、昼寝をしたり、新聞を読んだり、コーヒーを飲んだりしてくつろいでいた。

 他者を完全に信頼し、受け入れないことには同じベッドで横たわれないだろう。物騒な世界で家の外では警戒心も強まるけれど、家の中では誰もが仲間であり、”連れ”という気持ちでいたい。そうした社会一般の空気がこうしたベッドのデザインにつながったように感じた。

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