BY KANAE HASEGAWA
ミラノデザインウィークでは歴史があり、資本力もあるブランドの力あるプレゼンテーションが注目された一方で、インド、アゼルバイジャンといったグローバルサウスと言われる地域、スロヴェニアの若手による表現にも心が弾むことが多かった。そうしたなか、歴史に裏打ちされながら、現代の暮らしに寄り添う展示を見せた日本の伝統的工芸の完成度の高さをお伝えしたい。
京都・開化堂とロエベ
職人技のコラボレーション
そのひとつが今年創業から150年を迎える京都の茶筒匠、開化堂とロエベとのコラボレーションだった。ロエベにゆかりのある25人のクリエイターが、「ティーポット」というテーマで制作した作品の数々をミラノで発表した際、開化堂はロエベの職人と協業し特注の茶筒を制作した。

「ロエベ ティーポット」展のために開化堂が制作した茶筒
COURTESY OF LOEWE
実は開化堂とロエベとのつながりは長い。ロンドンで世界各地の厳選した茶葉を扱う「ポストカードティーズ」は、20年以上前から開化堂の幅広い茶筒のラインナップを揃えている。その「ポストカードティーズ」を訪れた元ロエベのクリエイティブ・ディレクター、ジョナサン・アンダーソンが開化堂の茶筒に出合って購入して以来、愛用者だと言うのだ。「年季が入って筒の色が茶褐色になっても使ってくれているそうです」と開化堂六代目の八木隆裕氏は言う。
アンダーソンとのそうした縁があり、以前から企画されていたティーポットがテーマの展示にちなみ、八木はロエベからレザー職人との協業による特注の茶筒の制作を持ちかけられた。開化堂は不変的な錫の茶筒の蓋部分に、ロエベの職人による茶の新芽を思わせるレザーの葉っぱや、ウサギのチャームを取り付けることでロエベとコラボレーションした。

「ロエベ ティーポット」展のために開化堂が制作した茶筒
COURTESY OF LOEWE

ロエベの「ダイヤモンド ラウンド バスケットバッグ ミニ」
PHOTOGRAPH BY KANAE HASEGAWA

開化堂の茶筒のためのレザーケース。「ダイヤモンド ラウンド バスケットバッグ」の編みの技術を応用して制作された
PHOTOGRAPH BY KANAE HASEGAWA
一方でロエベは「ダイヤモンドラウンドバスケット」に用いる高度なレザークラフトの技を活かして開化堂の茶筒がぴったりと収まる茶筒ケースを制作した。八木は「開化堂の歴史的な竹編み細工の茶筒をロエベの職人に見てもらって制作の参考にしてもらいました。過去のモノづくりがあってできたこと。先祖さまに生かされていると感じています」と話す。またロエベのモチーフをただ取ってつけただけになることなく、開化堂とロエベのクリエイションが一体となるために「ロエベの職人さんとオンラインミーティングのキャッチボールを繰り返しました」という。お互いの伝統と技への信頼があってこそ、職人たちもより高みに到達できたのだろう。(本品はすでに売約済)
開化堂
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ミラノの建築家があつらえた
西陣織HOSOOのテキスタイル

ミラノデザインウィーク中のHOSOOの展示。パターン化された青海波や松の木の図柄を張り地にした家具
COURTESY OF HOSOO AND DIMORE STUDIO
ミラノで注目を浴びたもうひとつの日本の伝統技は、京都・西陣織のHOSOOのテキスタイルだ。1688年に織屋として創業した細尾には、帯を織るための手描きの図案が約2万点保管されている。時代ごとの図案はあつらえた顧客の好みの現れともいえる。それらはどれも未着色で、モノクロの輪郭のみというのが特徴だ。その時々の顧客の好みに応じて色を加えられるように、図案は何世代にもわたってあえて未着色の状態で継承されてきた。「未着色という”余白”にこそ創造の可能性が秘められていると考えており、私たちは余白の図案と呼んでいます」とHOSOOの12代目細尾真孝氏は言う。

松の木をパターン化した図柄にディモレスタジオが色を加えたHEMISPHEREコレクション
OURTESY OF HOSOO AND DIMORE STUDIO
その余白に、今回ミラノの建築家デュオのディモレスタジオが色を加え、33点の新たな「ヘミスフィア」コレクションが誕生した。ディモレスタジオはアーカイブの中から、竹林や稲穂、桃の花といった具象的な図案をはじめ、青海波、松などの様式化された図案などを選び、そこにダークブルーやセピアなどのくすんだ色を差していった。かつての細尾の顧客だった貴族や財を成した商人たちが着物をあつらえたように、ミラノのディモレスタジオがHOSOOであつらえた「ヘミスフィア」コレクションのテキスタイルは、彼らがデザインしたソファやベッドといった家具に纏わせることになった。

桃の木をリアリスティックに描いた図柄にディモレスタジオが色を加えたHEMISPHEREコレクション
COURTESY OF HOSOO AND DIMORE STUDIO
現在、HOSOOの代表取締役としてこの老舗を率いる細尾は、イタリアで生まれ、4歳までかの地で過ごしている。ミラノの街で、家業の新たな物語を紡ぐことは宿願だったのだろう。「HOSOOは2年前にミラノの中心街ブレラ地区にショールームを開設しています。着物という日本特有の文化をバックボーンに持つ私たちにとって、和柄というのは近すぎて、これまで手を付けにくい存在でした。実はこれまでは西陣織の伝統的な技を使うけれども、柄はコンテンポラリーなデザインを採用してきたのです」。

ミラノデザインウィーク中の展示
COURTESY OF HOSOO AND DIMORE STUDIO
ディモレスタジオは西洋および世界各地の骨董品のコレクターでもあり、装飾の歴史を知り尽くしている。そんな彼らが選んだHOSOOの柄は、いつ作られたのかわからないタイムレスなものであり、彼らが加えた色も時代を背負ってきたようなくすんだトーンで、すでに時を超えた雰囲気すら漂う。今後、京都にあるHouse of Hosooでもこれらのコレクションは展示される予定だという。ミラノでの展示は歴史ある建造物の中で、西洋の文脈を持つ家具を通したプレゼンテーションであったが、京都のHouse of Hosooの空間でどんな見せ方ができるのか、こちらも期待したい。
HOSOO
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