ここに来れば、いつでも新しい驚きや感動に巡り合える─。百貨店の中に設けられた、世界にも類を見ない劇場は時を重ね、真に唯一無二の場所となった。観客を愛し、観客に愛された劇場の幸福な一世紀。その物語を、ひもとく。6月24日からは本館1階「ミニ三越劇場」で貴重な「三越歌舞伎」の公演プログラムも見られます!

BY MICHIKO, OTANI PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI

画像: 客席数は514。舞台を囲む額縁の両端には、翼をもつ2体の獅子像が。「入り口のライオンより顔がやさしく、劇場を守る女神として親しまれています」と齊木。緞帳(どんちょう)は株式会社三越100周年を記念した川島織物製の「麗(れい)」。

客席数は514。舞台を囲む額縁の両端には、翼をもつ2体の獅子像が。「入り口のライオンより顔がやさしく、劇場を守る女神として親しまれています」と齊木。緞帳(どんちょう)は株式会社三越100周年を記念した川島織物製の「麗(れい)」。

 現実から離れ、物語に浸る場所。劇場は私たちを遠い世界へと誘う装置だが、ここでは、劇場そのものが別世界だ。東京・日本橋の三越本館6階にある三越劇場。重厚な扉を押し開くと、鈍色の大理石に取り巻かれた客席と、彫刻に縁取られた堂々の舞台と相対する。
「額縁のようなフレームをもつプロセニアムアーチ型の劇場で、絵画を鑑賞するようにお芝居やショーをご覧いただけます。石膏彫刻には三越の『越』マークや象徴であるライオンをはじめ、王様の横顔やさまざまな動植物、エンブレムのような模様などがデザインされていますので、探すといろんな"隠し絵" が見つかりますよ」
 劇場の副支配人を務める齊木由多加に導かれ、壁面のディテールを追っていくと、古代の壁画や歴史絵巻を眺めているかのように、想像の中にさまざまな物語が湧きあがる。が、意匠の意図は「不明」。昭和2(1927)年、およそ1世紀前に設計されたこの劇場について、当時の資料はほとんど残されていない。謎の多いところもまた、この劇場ならではの魅力だと、齊木はほほえむ。

画像: 天井にはめられた8枚のステンドグラスは4層の立体構造。もとは天窓で、場内に自然光を取り込んでいた。

天井にはめられた8枚のステンドグラスは4層の立体構造。もとは天窓で、場内に自然光を取り込んでいた。

 江戸前期、呉服商・越後屋として創業した三越がデパートメントストア宣言を発し、日本初の百貨店として再出発したのは明治37(1904)年のこと。数年後、土蔵造りからルネサンス様式の西洋建築に建て替えられた際には、スエズ運河以東の大建築との見出しが新聞に躍ったほどの壮麗さで、世の注目を浴びた。だが、大正12(1923)年の関東大震災で、建物は1階を残して焼失。再建の際に新設されたのが、劇場の前身である「三越ホール」だった。
「震災でつらい時期を過ごされていた当時のお客さまの心を少しでも豊かにできたらという思い、さらには文化的な復興も願って造られたと伝えられております。わずかに残る資料によると、想定された様式は『ロココ式』。しかし、アールヌーボー、アールデコ、スペインの様式も採り入れられていて、当時の日本人にとって憧れだった西洋的要素を集結した、ここにしかない空間になっているのです」

壁面にも石膏彫刻が随所に。東洋風の唐草模様なども含んだミックススタイル。

 古典芸能の発表会や、柄の図案を公募した新作着物のお披露目会など、紳士淑女の高級社交場、情報発信地として機能していたホール。より快適に過ごしてもらうため、当時としては画期的な空調システムをいち早く導入したことでも評判を呼んだ。太平洋戦争下での一時閉場を経て、昭和21(1946)年11月に再開場、翌12月に「三越劇場」と名を改めた。東京の多くの劇場が焼失あるいは上演不能に陥っていたなか、三越劇場は、二度目の文化的復興に取りかかる。
「再開場からしばらくは歌舞伎を中心に興行が行われ、その後、戦後に隆盛した新派や新劇へと演目の幅を広げていきました。これもやはり、お客さまの心を明るく豊かにするため、そして、劇団や演劇人へ場を開放することで演劇再興の一助になればと。現在の主催公演は落語とコンサートが中心ですが、貸館演目では近年、マンガやアニメ、ゲームが原作の2.5次元ミュージカルも上演されています。時期、時点ごとに文化の潮流を見つめ、生まれる新しい芽をしっかりと育てていくのもまた、我々の仕事だと思っています」

扉には、中の様子をうかがうための小窓が。かつては観客自身がここでタイミングを見計らい入場していたという。

 流れる時は、たびたび試練をもたらす。平成23(2011)年の東日本大震災は、まさに上演中に発生した災難だった。平成20(2008)年までに33カ月をかけて免震化工事を終えていた三越本店は、当日の夜公演は中止したものの、帰宅困難となった顧客を、天女像で知られる本館中央ホールと三越劇場に収容。さらに、文化の灯ともしびを消さないようにと、翌日から公演を再開した。思いを巡らし、工夫を重ね、華やぐときもそうでないときも顧客に寄り添い続ける。劇場の歴史は、変わることのない理念の実践、その積み重ねの上に築かれる。
「100周年はゴールではなく、200年を目指すための通過点。特別な時間を過ごしたいと感じたときに『あの劇場に行きたい』と思えるような空間であり続けるよう、バトンを渡していくつもりです」

画像: 三越本店本館内の大理石からは化石が複数発見されているが、三越劇場では長らく「ない」とされていた。が、あるとき観客が偶然に発見。

三越本店本館内の大理石からは化石が複数発見されているが、三越劇場では長らく「ない」とされていた。が、あるとき観客が偶然に発見。

「百貨店好き、演劇好き、劇場好き」が高じて三越に転職した齊木。不定期に開催される場内ツアーではガイドを務める。「親子3代、4代で通うお客さまも。『ここを守ってくれてありがとう』とお声をいただくのが
何よりの喜びです」

画像: 昭和20〜30年代の公演パンフレットと半券(すべて齊木の私物)。新劇の時代に入ると水谷八重子、杉村春子、奈良岡朋子など日本の演劇の礎を築いた名優や劇団が相次いで出演。三越劇場が日本初演の翻訳劇『毒薬と老嬢』は、昨年も上演された。

昭和20〜30年代の公演パンフレットと半券(すべて齊木の私物)。新劇の時代に入ると水谷八重子、杉村春子、奈良岡朋子など日本の演劇の礎を築いた名優や劇団が相次いで出演。三越劇場が日本初演の翻訳劇『毒薬と老嬢』は、昨年も上演された。

100年の軌跡を見る「ミニ三越劇場」開設中
通常は非公開の、三越伊勢丹が所蔵する史料などが展示される「三越アーカイブス日本橋」。同スペースでは、本館6階の「三越劇場」が来年100周年を迎えることを記念し、現在、「ミニ三越劇場」を開設中。劇場の一部が再現されたスペースで、過去に催された公演の貴重な史料などを見ることができる。

6月24日(水)~ 9月22日(火・祝) 公演プログラム
展示①~戦後の「三越歌舞伎」を中心に~

9月23日(水・祝)~12月22日(火) 公演プログラム
展示②~戦後の「三越現代劇」を中心に~

12月23日(水)~2027年3月23日(火) 三越劇場
開場100周年のあゆみ~関連史料展示~
※展示史料は変更になる場合があります。

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