音がなくても、音楽はそこにある。メロディはうねり、リズムは刻まれ、躍動する。音楽の根源とは何か――。エル・システマの「東京ホワイトハンドコーラス」を通じて、作家・光野桃が探る

BY MOMO MITSUNO, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI

画像: 本番直前、ゲネプロ中の東京ホワイトハンドコーラスの子どもたち。指揮をするマク先生は公演のためにベネズエラから来日したばかり。でも、いつもビデオで一緒におけいこをしてきたから息はぴったり

本番直前、ゲネプロ中の東京ホワイトハンドコーラスの子どもたち。指揮をするマク先生は公演のためにベネズエラから来日したばかり。でも、いつもビデオで一緒におけいこをしてきたから息はぴったり

 大きな子も小さな子もいる。堂々と舞台に並んだ小3から高2までの総勢51人。次の瞬間、「相馬盆唄」の掛け声が始まった。鳥肌が立つ。ぐるん、と時空が回転し、あっという間に異空間に連れていかれた。

 きらめく光の粒となって、あとからあとから降り注ぐ子どもたちの声。曲の中盤から床を足で踏み、手を打つ振り付けが加わると、合唱はさらにエネルギーを帯びていく。能の仕舞や巫女舞では、床を踏む所作は大地の神を呼び覚ます意味もある。子どもたちの歌と踊りは、天と地の力さえ誘い出すかのようだ。
 そういえば、能で名人といわれるシテがセリフを言うとき、どこから声がするのかわからないことがある。もちろん能面の奥から発しているのだが、それはまさしく天上の声としか思えないのだ。この「相馬子どもコーラス」の合唱も、会場全体を見えない波動で心地よく包み込む、天上からの恵みに思えた。

 2曲が終わったところで、いよいよ東京ホワイトハンドコーラスの11人が2人ずつ手をつないで登場。クールな紺の揃いのTシャツが格好いい。都内のろう学校に通う、聴覚に障がいのある子どもたちで構成されるこの合唱団は、白手袋をつけた手の動きで歌詞の意味を表現する、サインマイムと呼ばれる動作で、相馬子どもコーラスの歌声に合わせ「手話」ならぬ「手歌」を歌う。
 稽古を見学しているので、母親のような気持ちになり、始まる前から涙が出る。最初の曲は「紅葉」。大きい手も小さい手も、自由に空を舞う白い鳥のよう。みんなの顔が穏やかに輝いている。尊い……という言葉がふいに浮かんだ。

画像: 詩を見ながら、「おおきな手」の表現をどんなふうに工夫しようか考え中

詩を見ながら、「おおきな手」の表現をどんなふうに工夫しようか考え中

 去る10月22日、池袋の東京芸術劇場で行われたこの音楽会のタイトルは『エル・システマ・フェスティバル2017』。エル・システマとは、1975年にベネズエラに生まれた、子どもを貧困や犯罪から守ることを目的とした国家的音楽教育プログラムである。現在、世界70カ国・地域以上で展開され、日本では2012年に、音楽を通して生きる力を育む事業として福島県相馬市にて始動した。今回、出演した相馬子どもコーラスのほかに、子どもオーケストラも擁している。ホワイトハンドコーラスは1995年にベネズエラで発足し、東京の合唱団は今年6月にできたばかり。ソプラノ歌手のコロンえりかさんと日本ろう者劇団の井崎哲也さんが指導にあたっている。

 本番2週間ほど前に、劇場のリハーサル室で行われた稽古を見学した。
 子どもたちは幼児から高校生まで、年齢も体格もさまざまだ。最初に練習するのは、まど・みちおの詩に皇后美智子さまの英訳の歌詞を加えた「つきのひかり」。ちょうど中秋の名月がすぎた時期だったので、コロンさんがみんなに「お月さま、見ましたか?」と手話を交えて尋ねる。一斉に手が上がる。「どんな月を見た? それを思い出しながらやるとね、みんなの月にそのイメージが映し出されるの」

 月の中に兎のみならず、蛇や狼を見たという子もいる。そのイマジネーションは本当に自由で生き生きとしている。

画像: まど・みちおの詩。英訳は皇后美智子さま

まど・みちおの詩。英訳は皇后美智子さま

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