原点は、あの日本の伝統遊戯だった!?


BY SATOKO HATAKEYAMA, PHOTOGRAPHS BY SATOKO IMAZU

画像: “チーム・ポケモン”スタッフと

“チーム・ポケモン”スタッフと
 

 石原は三重県の鳥羽市生まれ。漁師だった父親から幼少期に囲碁や将棋を教わったことがきっかけで、盤上遊戯に没頭。ごっこ遊びをしながら独自のルールを考案したり、2人用のゲームを4人で遊んだらどうなるかなど、より楽しくなる遊び方を創造し夢中になっていた少年時代の記憶が、ゲーム好きな自身の原点なのだという。大学では総合造形を選択し現代アートを志すが、コンピュータ・グラフィックを経て、コンピュータ・ゲームの楽しさに開眼。元来のゲーム好きが高じてコンピュータ・ゲームを開発・プロデュースをする仕事に関わっていく中で、ゲームの企画を手がける「クリーチャーズ」を創業。ポケモンの開発に携わり、のちにポケモン社を設立・社長となってからも、自身の原点である「遊びとしての楽しさ」を追求する姿勢はずっと同じなのだとも語る。

「例えば、ポケモンはキャラクターありきだと思われがちですけれど、僕から見ればポケモンは『ゲーム』です。ゲームからすべてが始まっていて、僕にとってポケモンは、遊びの可能性を広げてくれる最も大きな素材であり、道具なのです。ですから、ポケモンをキャラクタービジネスの素材と思ったことはないですね。『ポケモン GO 』もゲームの中での遊びを現実世界でやったらどういうことがおきるだろうということからスタートしていますし、現実世界とゲームの仮想世界をポケモンによって豊かにしよう、そしてそれらに関してのアイディアやサービスのあり方を考えるということは一貫しています。遊びのバリエーションをどこまで拡大できるのかという興味を元に、様々なサービスの生み出し方を研究する。ポケモンを世に送り出して以降、僕はそういうことを20年間続けてきたのかなぁと思っています」

画像: 「ポケモンをキャラクタービジネスの素材と思ったことはないですね」

「ポケモンをキャラクタービジネスの素材と思ったことはないですね」
 

 くしくも「VR(仮想現実)・AR(拡張現実)元年」とも呼ばれた2016年。AR技術を盛り込んだ『ポケモン GO』の世界的な大ヒットは、日常空間がゲームのフィールドになることで、最新のテクノロジーが身近に体感でき、多くの人に未来を実感させるものにもなったともいえる。例えば10年後の未来から今年を振り返ったときに、おそらく真っ先に語られるのは「『ポケモン GO』」の果たした役割であろうことも想像に難くない。ただそれが生まれたきっかけがエイプリルフールのジョークからというのは、やはり人間の豊かな想像力がクリエーションの源になることにほかならない証明でもあり、石原はそんな「妄想力」こそが新しいものを生む出すために、なによりも大事なのだと力説する。

「『何をバカなこと言っているんだよ』ということが、ある種、現実になるという時代にきているのだと思います。最新のテクノロジーがそれらを形にしてくれるし、不可能と思われることを可能にする。じゃあそのきっかけは何が与えるのかというと、妄想する力であったり、自由に考えることができるクリエイティブな時間だったりするわけです。そういう時間が日々の生活の中にあるというのは、相当強いですよ」

 リリース以来、定期的にイベントや新機能が加わることでモチベーションが全く下がらず、自分自身もますますのめり込んでいく『ポケモン GO』。しかも、既存のシリーズにあった対戦やポケモン交換などの機能がまだ実装されていないのだから、これからの展開も楽しみだ。いや、もしかしたら近い将来、パリのファッションショーのランウェイをポケモンが歩いたり、アフリカのサバンナでポケモンのサバゲーができたりするのかもしれない…新しく追加された『ポケットモンスター 金・銀』世代のポケモンをふ化させるために東京の街をせっせと歩きながら、早くもそんな妄想が止まらなくなった。

 

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