先ごろ、チンギス・カンの人生を描く『チンギス紀』1・2巻を上梓した北方謙三。海を眼前にのぞむ別荘で、その40年以上にわたる執筆活動について語った

BY REIKO KIMURA, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI

画像: 別荘ではこの大テーブルで執筆。背後の油絵は母方の叔父、森通の作品で、サハラ砂漠の夜明けを描いたもの。 執筆中はオランダのシガリロZinoを、くつろぎのときはキューバ産葉巻をたしなむ

別荘ではこの大テーブルで執筆。背後の油絵は母方の叔父、森通の作品で、サハラ砂漠の夜明けを描いたもの。
執筆中はオランダのシガリロZinoを、くつろぎのときはキューバ産葉巻をたしなむ

 その別荘には、かつて海から来るしか方法がなかった。今は建物が面した入り江にマリーナがあり、背後の崖から下る道もあるが、なるほどあるじがエッセイに書くとおり、まさに「海の基地」といった風情だ。

 別荘の主、北方謙三は、この基地と自宅、定宿のホテルと3カ所で執筆する。それぞれの場所で過ごすのはおおむね月に10日ほどだという。ただ基地に来れば、クルーザーで海に出る、目の前の海で釣ったタコも料理する。孫が友達に「じいちゃんは貧乏だから自分で魚を釣るんだ」と言った、と目を細めるところを見ると、基地は家族が集まる場でもあるのだろう。

画像: 廊下に並ぶ、釣り竿とリール、ルアーのコレクション。ほとんどがカジキマグロなど大型魚用。北方の釣りは「狩り」なのだ

廊下に並ぶ、釣り竿とリール、ルアーのコレクション。ほとんどがカジキマグロなど大型魚用。北方の釣りは「狩り」なのだ

 70歳の作家は、今も月に100枚を超える小説を書き続けている。かつて30代半ばにハードボイルド作家として世に出てから、多くの作品で版を重ね、また受賞もしつづけてきた。だが、執筆時間からいえば20代、ちゃぶ台に向かってひたすら発表のあてもない純文学を書いていた時期が最も長時間書いていた、という。「そうやって僕は10年面白くない小説を書いてましたからね。面白くない小説はもう書きたくないんです」

 男の生き方、死に方を描いた、面白くて売れる小説を書こう、と書いた小説がハードボイルドと呼ばれた。そして10年書いて、北方は歴史小説に舵を切った。「現代小説を書いて4年くらいで、これは早晩行き詰まるな、と思ったんです。登場人物が公衆電話を探し回る小説は古びてしまう。心おきなく使えるのは車くらい。時間がリアリティを食い荒らすんです。その頃から歴史の史料を読むようになった。歴史はすでに古びているのだから余計な心配をしないですむ。人が死ぬところを書けば、それはやはりハードボイルドになるんです。僕が物語でいちばん書きたいのは人間なんですよ。歴史という事象の宝庫にのせて人間を描写している限り、書くことは尽きない」

画像: 原稿はモンブランの万年筆で手書きである。デスクに広がるのはモンゴルで購入した現地の地図

原稿はモンブランの万年筆で手書きである。デスクに広がるのはモンゴルで購入した現地の地図

 日本史の中で最も記述の少ない南北朝時代を扱った『武王の門』が彼の最初の時代小説だ。だが、北方太平記とも呼ばれる一連の小説を書くうち、また窮屈になっていった。彼が惹かれるこの時代には縛りが多く書きづらかった。たとえば皇国史観がそうだ。当時、それならと中国史を勧めたのが角川春樹だった。『三国志』13巻、そしてさらに『水滸伝』『楊令伝』『岳飛伝』の「大水滸伝」シリーズ51巻が、こうして生みだされていった。北方の小説は広がりと自由を求めて、時間だけでなく新たな場所も見いだしたのだ。

 チンギス・カンを描く『チンギス紀』にとりかかっている今、小説を書くのが楽しい、と言う。「大勢の人間を描写できることが楽しいんです。中にいるのは全員自分ですから。弱さも卑怯なところも含め、すべてね。だからいとおしい。ただ彼らは勝手に生きて死んでいきます。こいつは絶対大人物に育てようと思っても、引きとめようもなく逝ってしまう。生殺与奪権を作者が握っているというのは間違いでね。彼らは生き始めたら自分の人生を主張する。でも逆にそうならないと小説はいけないんだと思う」

 

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