人々の理解の範疇を軽く超えて存在するポップ・パフォーマーが、新しいアルバムの発売に際し、まだ見せたことのない最も注目すべき "役"の中身を公開する。それは彼女自身だ

BY DARRYL PINCKNEY, PHOTOGRAPHS BY COLLIER SCHORR, STYLED BY JASON RIDER, HAIR BY FREDERIC ASPIRAS(THEONLY. AGENCY USING ORIBE), MAKEUP BY SARAH TANNO(THE WALL GROUP USING LANCÔME), SET DESIGN BY GERARD SANTOS(STREETERS), TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 毎週水曜日の午後 6 時が彼らのレッスンの時間だった。レッスンが終わる頃には、彼女の声はすっかり温まり、単に喉から高音が出せるだけでなく、身体の奥底から低く深い声がわきあがってきたという。

 彼のスタジオを出ると、彼の建物の中の、音がよく反響する円形広場で歌った。家まで歩いて帰る道 すがらもずっと「腹の底から声を出して歌った。誰が聴いていようと構わなかった。ただ歌って、歌って、歌いまくった。信じられないぐらい気持ちがよかった。世界中の何よりも最高の癒やしの感覚だっ た」と彼女は言う。

 17年後の今もローレンスは「まるで軍隊みたいに」彼女に音階の訓練をしている。オスカーの舞台で歌うときも、ローレンスが彼女を特訓した。50回目のスーパーボウルでアメリカ国歌“星条旗”を歌ったときも。そしてつい 2 日前も、エレクトリック・レディ・スタジオの1階で彼女が歌うのを彼は聴いていた。ガガにとって、この世で一番大切なのは家族。そしてローレンスは家族なのだ。

 22歳で世界的な名声を得るのは早いかもしれない が、決して突然ではなかった。子どもの頃から成功すると固く心に決めて、階段のてっぺんに立ち、同じ歌を何度も何度も歌い続けたとすれば。同じ歌を繰り返し聴かされることを辛抱した彼女の家族は、どんな状況でも彼女を理解し、協力してきた。「『オズ の魔法使い』(’39)のジュディ・ガーランドの声と、 彼女の演技者としてのパワーの魔術的な魅力にすっかり夢中になったのを今でもはっきり覚えているわ」と彼女は言う。「昔は、あの映画を見ると泣いてしまったし、私は、すごく小さい頃から、いつも女優になりたいと思っていたの」(まるで運命づけられていたように、ガガはブラッドリー・クーパーが撮る『スター誕生』のリメイク作品で、かつてガーランドが演じた役を演じることになった)。

画像: ネックレス(ともに参考商品) ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク(ティファニー) フリーダイヤル: 0120-488-712 その他、本人私物

ネックレス(ともに参考商品)
ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク(ティファニー)
フリーダイヤル: 0120-488-712
その他、本人私物

 演じることは彼女にとって必要なことではなく、 なくてはならないものだ。「私の人生すべてが、ひと つの劇場作品なの」。彼女には、自分が学校の同級生と違っていたという記憶はない。だが、彼女が学校で開催される劇のほとんどすべてに出演するために、 遊びそっちのけで練習に打ち込んでいたのは、同級生たちも気づいていたかもしれないとついに認めた。 ジャズバンドの練習をしたり、ピアノの勉強をしたり、バレエやタップダンスのクラスを取ったり。それがのちに彼女のキャリアとして結実したわけだ。

 ニューヨークでさまざまな演劇の活動に参加することは、厳しい修業になり得る。ガガはいち早く彼女のファンとなったアートやファッションや音楽の分野の学生たちのことを誇りに思っている(「私のアートポップはあらゆることを意味するの」という歌詞が彼女の歌にある)。彼女のさまざまなスタイルのミュージックビデオは演劇のようだ。意味の深さや情報量の多さ、 衣装や色彩を含め、あらゆる動きがフレームの端々に至るまで、練られ、考え尽くされている。

 彼女は、前衛劇演出の鬼才であるロバート・ウィルソンと組んで、2013年にビデオ『フライング』を発表し、賛否両論を浴びた。その中で彼女は裸で縛られ、 空中で逆さ吊りになった。(「私の身体を好きなようにしたらいい」と彼女は別の歌の中で歌った。「でも私の 声を止めることはできない」と)。同じ2013年の一連のビデオポートレー トで、ウィルソンはガガをヨーロッパの絵画の画像にあてはめた。そのひとつが、洗礼者ヨハネの首が皿に載せられているイメージだ。

 

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