歌舞伎ワールドへようこそ。劇場の扉、時空の扉、そして心の扉を開いて、絢爛たる異世界へと誘う連載。第一回は、人間国宝・片岡仁左衛門さんが登場

BY MARI SHIMIZU

 歌舞伎という日本の伝統演劇は、実に多彩なレパートリーを持つ。芸術性の高い作品もあればスペクタクルな娯楽作もあり、半日がかりで上演される大作から20分にも満たない舞踊までさまざまだ。最初に出会う作品次第で、歌舞伎から受ける印象はガラリと変わる。歌舞伎ファンはもとより、まだ見たことがない、見たけれど意味がわからなかった、そんな方々を、歌舞伎の豊かな世界へご案内する新連載がスタート。毎回スペシャルなゲストをお迎えして、奥深い歌舞伎の楽しみ方をひも解いていく。

 歌舞伎の演目のなかで、とくに難解だと思われがちなのが“時代物”と呼ばれるジャンルだ。武士の世界の出来事を描いた作品で、人形浄瑠璃にルーツを持つ。敷居が高く見える要因としてまず挙げられるのは、現代とは異なる言葉遣いだろう。そのことに関して、以前あるインタビューではっとさせられたことがある。
「外国の音楽をお聴きになるとき、すべての方が歌詞を全部理解していらっしゃるわけではありませんでしょう?」歌舞伎の立役として重要無形文化財(人間国宝)の指定を受けている片岡仁左衛門さんの言葉である。

画像: 片岡仁左衛門(KATAOKA NIZAEMON) 歌舞伎俳優。1944年3月14日生まれ。すらりとした容姿、華のある芸風、爽やかな口跡で、現代の歌舞伎を代表する立役のひとり。義太夫狂言の主役、荒事、上方の和事から色悪まで、幅広い芸域で活躍。『菅原伝授手習鑑』の菅丞相をはじめ、当たり役も数多い。十三代目片岡仁左衛門の三男。1949年に本名の片岡孝夫で初舞台。1998年に十五代目片岡仁左衛門を襲名。2006年紫綬褒章受章、日本芸術院会員。2015年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。2018年には文化功労者に選出された。 © SHOCHIKU

片岡仁左衛門(KATAOKA NIZAEMON)
歌舞伎俳優。1944年3月14日生まれ。すらりとした容姿、華のある芸風、爽やかな口跡で、現代の歌舞伎を代表する立役のひとり。義太夫狂言の主役、荒事、上方の和事から色悪まで、幅広い芸域で活躍。『菅原伝授手習鑑』の菅丞相をはじめ、当たり役も数多い。十三代目片岡仁左衛門の三男。1949年に本名の片岡孝夫で初舞台。1998年に十五代目片岡仁左衛門を襲名。2006年紫綬褒章受章、日本芸術院会員。2015年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。2018年には文化功労者に選出された。
© SHOCHIKU

 理解と感動は決してイコールではない。それはどんな芸術にも当てはまるし、仁左衛門さんにそう言われると何やら勇気が湧いてくる。だがその一方で、理解によって感動が深まることがあるのも確かだ。今回はその理解への一歩を踏み出すべく、この3月、歌舞伎座で時代物の名作『盛綱陣屋(もりつなじんや)』に主演している仁左衛門さんを訪ね、この作品の鑑賞のポイント、そして時代物をより楽しむための手がかりをうかがった。

『盛綱陣屋』はその名の通り、佐々木盛綱という武将の陣屋、つまり戦場のベースキャンプが舞台となった物語である。題材となっているのは、大坂冬の陣。豊臣から徳川へ政権がまさに移ろいつつあるなか、ある家族に起こった出来事が描かれている。「実は、この佐々木盛綱は、真田信幸なんですよ」と、仁左衛門さん。「その弟の高綱は真田幸村のこと。これを頭に入れておくと、より物語を理解しやすいでしょう」(註1)。真田一族といえば、2016年のNHK大河ドラマを思いだす方もいるかもしれない。盛綱は、大泉洋さんが演じた真田信幸がモデルというわけだ。

画像: 『盛綱陣屋』佐々木盛綱=片岡仁左衛門 © SHOCHIKU

『盛綱陣屋』佐々木盛綱=片岡仁左衛門
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 盛綱は徳川(劇中では鎌倉)方、高綱は豊臣(同じく京)方。兄弟は敵対関係で戦に臨んでいる。盛綱の子である小三郎が、高綱の子、小四郎を生け捕りにして陣屋に戻った直後から物語は始まる。兄弟ばかりでなく、幼い従兄どうしもまた敵味方となって戦わなければならない現実の中、盛綱は実の甥の命を絶つ決断をする。現代の感覚でとらえるには、あまりに悲劇的ななりゆきだ。

「理屈で考えたらあんな小さな子供が戦に行くわけがありません。そこが歌舞伎独特なところで、子供が演じるからこそ、物語に込められた悲しみがより一層伝わります。小三郎で出演していた子供の頃、難しいことはわからないまでも小四郎がかわいそうだなと思ったのを覚えています」。仁左衛門さんの言葉が象徴するように、ここで何より際立つのは、肉親どうしが殺し合わねばならない不条理と哀しみだ。

 

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