歌舞伎ワールドへようこそ。劇場の扉、時空の扉、そして心の扉を開いて、絢爛たる異世界へと誘う連載。第一回は、人間国宝・片岡仁左衛門さんが登場

BY MARI SHIMIZU

 現代人にとって、時代物のもう一つのハードルは、封建時代の価値観だ。主君への忠義は武士にとって至上のもの。転職がキャリア・アップにつながる現代の感覚とは大きく異なる。しかし、ここでも仁左衛門さんは次のように語る。「その価値観がわかれば物語をより深く理解できます。でも不思議なもので、そこをあまり意識せずとも、ご覧になっている人を納得させてしまうものが歌舞伎にはあるのです。人間を取り巻く環境も生活様式もまるで変ってしまったのに、こうして今も上演され続けているのは、そこに”何か“があるからなのでしょう」。何かとは、変わらざるもの。その究極は人としての情だろう。『盛綱陣屋』においても、物語の根底にあるのは、盛綱の弟に対する愛である。

 物語は、弟・高綱の討死の知らせを受け、クライマックスの“首実検”(註2)へと突入していく。結論を書いてしまうと――盛綱のもとに届けられた”弟の首”は、別人の偽首。それを見た盛綱は――。仁左衛門さんによると、盛綱の見せ場であるこのシーンには、長年伝わってきた演技の手順があるが、今はそれを変えているという。

画像: © SHOCHIKU

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「最初はどうしても型(註3)が先行します。ですから教わった通りの型に、心を乗せていくのです。それが、経験を重ねるうちに逆になっていきました」。逆とは、すなわち“心に型を乗せる”こと。まず心が動いて、それが表情や動きに表れるということだ。心と身体とが融合してこそ、型は生きる。そうして演技という意識を越えて舞台上で役を生きるうちに、変化が訪れたのだった。その結果、現在は「定番として従来演じられてきたやり方」ではなくなった。

「変えようとして変えたのではなく、自然にそうなっていきました。型で何より大切なのは心なのです」。どう変わったのか。その詳細は敢えてここに記さないが、効果音としての三味線の入れ方なども含め、独自の工夫を盛り込んだやり方には、盛綱の聡明さと潔さ、そしてこの場にいない弟や、甥に対する肉親の情が横溢している。わずかな時間に揺れ動く盛綱の胸中が、無言の演技に凝縮される。その密度の高い劇空間はライブでしか味わえない。

 一見、堅苦しい武家社会を扱った時代物。しかしそこに描かれているのは、人と人との関わりであり、そのはざまで揺れ動くさまざまな感情である。いつの時代も変わらぬ根源的な人間ドラマなのだ。ストーリーや人間関係の複雑さに惑わされず、まずは主人公の、『盛綱陣屋』であれば盛綱という人物の、生きざまを見据えることから始めてはどうだろう。そしてひとつ軸が決まれば、そこから少しずつ視野は広がっていくはずだ。

「登場人物それぞれには立場というものがあり、そのうえで互いに思い合っています。ですからお客様には“仁左衛門の芝居”ではなく、“そこにいる登場人物”をご覧いただきたいというのが私の願いです。そして、物語を現場で目撃しているような気持ちになってくださったらうれしいですね」

註1)なぜ、実在の人名を劇中で使わないのか
江戸時代、当時の武家にまつわる実話を面白おかしく芝居にすることが、幕府によって禁じられていたため。そこで登場人物の名を変え、物語の時代背景をわざわざ鎌倉時代や室町時代などに置き換えて上演していたのだ
註2)首実検
討ち取られた首が本物かどうか、顔を知る者が見て確かめ、役人などに対して証言する場面。時代物の作品にたびたび登場し、緊迫した心理劇が展開される
註3)型
様式的な演技スタイルを持つ歌舞伎には、“型”というものが存在する。スポーツやダンスにおけるフォームや振付けに当たるもの、さらには演出全般にわたる決まり事などを総称してそう呼ぶ

三月大歌舞伎
<演目>
昼の部『女鳴神』『傀儡師』『傾城反魂香』
夜の部『盛綱陣屋』『雷船頭』『弁天娘女男白浪』
会期:~2019年3月27日(水)
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
料金:1等席 ¥18,000、2等席 ¥14,000、3階A席 ¥6,000、3階B席 ¥4,000、1階桟敷席 ¥20,000
公式サイト

<チケットの購入は下記から>
電話: 0570-000-489(チケットホン松竹)
チケットWEB松竹

 

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