7月に出版された『大丈夫、私を生きる』が話題だ。著者は、「トリーチャー・コリンズ症候群」という難しい病気とともに生きてきた山川記代香さん。本書は、過酷な治療を乗り越え、周囲の偏見とも闘いながら、彼女が生きてきた軌跡が綴られた感動の一冊。そこには不寛容社会で生きる私たちが学ぶべき、生きるヒントがあった

BY HIROMI SATO, PHOTOGRAPHS BY UMI FULFORD

自分の言葉で病気のことを伝えていきたい

 顔の骨が正しく発育せずに、顔がうまく形成されない――。約5万に1人が発症するという病気「トリーチャー・コリンズ症候群」。本書の著書・山川記代香さんは、生まれたときからこの難しい病と闘っている。
 この病気のたいへんさは、過酷な治療に加え、見た目で大きなハンディキャップを背負うことだ。子どもの頃から、外に出れば、「怖い」「へんな顔」と指差され、残酷な視線の凶器にさらされてきた。数え切れないほど傷つく中で、人の目を避けるように生きてきた山川さん。しかしそんな彼女が、さまざまな経験を通して、前向きに変化していく姿が、本書では生き生きと綴られている。

「物ごころついてからは、人の視線が恐ろしかったですね。私の顔を見て、驚いたり、怖がったり、好奇心いっぱいに盗み見してきたり。『どうして私がこんな目に』と思いながらも、ぐっとこらえることしかできませんでした。
 とくに学校では、普段、私を守ってくれる両親もいません。先生や友達のサポートはありましたけれど、何かひどいことを言われたときに、自分で意思表示をしないと、相手には何も伝わらないんですね。それで少しずつ少しずつ行動を積み重ねる中で、私自身、変わっていったという感じです」。

画像: 山川記代香 (やまかわ・きよか)さん。1994年、三重県生まれ。日本福祉大学社会福祉学部卒。日本人では約5万人に1人の割合で発症すると言われる先天性疾患「トリーチャー・コリンズ症候群」により、頬骨や下あご、耳などがうまく形成されない状態で生まれ、幼少時から繰り返し手術を受ける。大学生になる頃から、「24時間テレビ・愛は地球を救う」「『5万人に1人の私』トリーチャー コリンズ症候群に生まれて」(日本テレビ系列) などのテレビドキュメンタリー番組に出演。現在は公務員として働きながら、障害のあるメンバーも交えた地元の音楽グループ「ミュージックパレット」の演奏会等で、自らの体験や想いを語っている

山川記代香 (やまかわ・きよか)さん。1994年、三重県生まれ。日本福祉大学社会福祉学部卒。日本人では約5万人に1人の割合で発症すると言われる先天性疾患「トリーチャー・コリンズ症候群」により、頬骨や下あご、耳などがうまく形成されない状態で生まれ、幼少時から繰り返し手術を受ける。大学生になる頃から、「24時間テレビ・愛は地球を救う」「『5万人に1人の私』トリーチャー コリンズ症候群に生まれて」(日本テレビ系列) などのテレビドキュメンタリー番組に出演。現在は公務員として働きながら、障害のあるメンバーも交えた地元の音楽グループ「ミュージックパレット」の演奏会等で、自らの体験や想いを語っている

 転機となったのが高校3年生のとき。後輩に容姿をからかわれたことをきっかけに、山川さんは全校生徒の前でスピーチして、自分の病気のことや辛い気持ちを打ち明けたのだ。目立たないように生きてきた彼女にとって、それはたいへんな勇気のいる決断だったが、「そのとき、自分の言葉で直接伝えることで、みんなにストレートに私の気持ちが伝わっていると実感したんですね。自分の言葉で伝えることの大切さを学びました」。

 以降、『24時間テレビ』や『NNNドキュメント23』などテレビにも出演し、積極的にメディアに登場するように。
「テレビを観た人から『トリーチャー・コリンズ症候群のことを初めて知った!』『感動した!』と大きな反響があったことで、自分が表に出ることで、この病気のことをたくさんの人に知ってもらえるんだなと思いました。
 本を出したのもトリーチャー・コリンズ症候群について、もっと多くの人に知ってもらって、病気への偏見がなくなってほしいという思いがあったからです。この本が少しでもその役に立てたらいいなと思っています」。

おしゃれを楽しむために、街にも積極的に出るように

 現在、山川さんは、公務員として働き、親元を離れてひとりで生活している。日常生活では、おしゃれやメイクを楽しむことが大好きだ、と言う。
「私の場合、容姿そのものは変えることができません。でも、自分の印象を少しでもプラスにすることができたら……と考えたとき、服装や髪形に気を配ることで、雰囲気は変えられると思ったんです。それでファッション誌を読んで、自分に合うスタイルを研究したりして。実際、テレビに出たときに高いヒールをはいていたら、『スタイルがいいね』ってほめていただいたこともあって、うれしかったですね。ファッションでイメージを作るというのも、ひとつの生きる方法なんだと思いました」。

 今では、ジェルネイルがしたくて、ひとりでサロンを探して歩くことも。
「おしゃれしたいがために、誰の手も借りずに積極的に動けるようになっていた」と笑う。取材時も服に合わせて靴を変えるなど、おしゃれを楽しんでいた。
「でも、最近、ネットとかで欲しいものをみつけると、欲に負けて、すぐに買ってしまうんです。反省しないと(笑)」。 
 屈託のない笑顔からは、今、彼女が満たされた時間の中にいるのがわかる。
「きれいごとだと思われるかもしれないですが、自分がこの病気で生まれたことを悔やんでいるかと聞かれたら、本当にそうは思わないんですね。この人生しか知らないというのもありますが、トリーチャー・コリンズ症候群という障害を持ったからこそ、出会えた人や出会えたことがあったと思っています」。

 こんなふうに彼女が前向きでいられるのは、ご両親の影響が大きい。
「本を書いてわかったのは、本当にたくさんの人に支えられて、今の私があるということです。中でも両親には感謝しかないです。私はすぐにネガティブ思考に陥ってしまうのですが、そんなとき、いつも背中を押してくれたのが両親でした。病気に対して、前向きにとらえられるようになったのも両親の育て方のおかげです」。
 ときに厳しく叱咤激励する母。やさしく寛容で慈愛に満ちた父。「何があっても絶対に娘を守る」という、ご両親の深い愛と強い信念には胸をうたれる。

 取材に同席していたお二人にもお話を伺った。
「娘が生まれたときは、こんなたいへんな病気を抱えた子を自分たちが育てられるんだろうか、この先、どうなるのだろうか、本当に不安でぼろぼろでした。病院の帰りに、このままおっ死んでしまおうかと思ったことも正直ありました。でも、娘の顔を初めて見たとき、目がくりくりっとしていてかわいくて、愛情がガーッと沸き起こったんですね。これは何としても育て上げないといかんなという気持ちになりました」(父・浩二さん)。
「私は、娘の病気を最初は受け入れることができませんでした。骨の病気というだけでなく、耳が聞こえない、ミルクが飲めない……とさまざまな症状を聞かされて、娘にも会う勇気もなかなかもてなくて。でも、代わりに夫が会社帰りに毎日、病院に通ってくれて、最初に記代香を受け入れてくれた。夫と娘の強い結びつきに、私の心も動かされていきました」(母・晶子さん)。

 長く厳しかった日々を振り返り、二人は今、こう感じている。
「あの頃は、先が見えず、こんなふうに笑える日が来るなんて、絶対来ないと思っていました。でも、今は独り立ちして、本まで出すことができた。記代香のことを誇りに思います」(父・浩二さん)。
「この本を読むと、当時のことが思い出されて、ちょっと読んでは涙、ちょっと読んでは涙で、全然読み進められませんでした。でも、今回、取材を受けている娘を見ていたら、自分たちよりずっと上手にしゃべっていて、本当に成長したなと感じました。でも、『まだまだ行ける!』って思っています」(母・晶子さん)。

自分で限界を作らずに、さらに突き進んでいきたい

 本書のタイトルにもなっている「私を生きる」は、今を生きるすべての人にとって大切なテーマだ。多様性、ダイバーシティと言いつつ、同調圧力で、みんなと同じ方向を向かないとバッシングされる現代社会。そんな中で、閉塞感を抱えていきている人も多くいる。自分を見失わず生きるにはどうしたらいいのか。それを考える意味でも、本書は、障害のあるなしにかかわらず、すべての現代人にとって、道しるべとなる作品だ。

画像: 山川記代香さんの初の著書。『大丈夫、私を生きる。』¥1,650/集英社  COURTESY OF SHUEISHA

山川記代香さんの初の著書。『大丈夫、私を生きる。』¥1,650/集英社

COURTESY OF SHUEISHA

 「自分らしく生きたいと多くの方が思っていると思いますけれど、人と違うことをすると批判されてしまうのが、今の社会。いろいろな痛みを感じながら、生きづらさを抱えて生きている人もいると思います。でも、まずは、その気持ちを大事にしてほしいなと思います。
 『生きづらさを抱える人=弱い人』と思われがちですが、私はそう思いません。大事なのは、そこからどう変わるか。辛い経験かもしれませんが、それを通して、きっと人に対してやさしくなれたり、思いやりを持って接することができると思うので、決して無駄なことではないと思います。ですから、今の気持ちをマイナスではなく、ひとつのプラス要素としてとらえてもらったらいいのかなと思います。

 もうひとつ、大事なのは、悩んでいるのは『自分ひとりではない』ということです。私もテレビや新聞に出て、自分の経験を語ったところ、SNSなどで話題となり、『じつは私もこんな辛い体験をしてきました』と話してくださる方々がいました。それによって、私自身もまた励まされたんですね。だから自分ひとりで抱え込まないで、勇気をもって一歩踏み出してみる。この本がその背中を押せるようなものなったらいいなと思っています」。

 最後に、今後、やってみたいことを聞いたところ、「私のように、見た目の問題を抱えている人たちの存在を広めていくことができたらと思っています」と山川さん。
「聴覚障害の方や知的障害の方を描いたドラマや映画は、最近、結構作られていますが、見た目の障害を描いたものは、あまりないんですね。それを映像化することの難しさは、もちろんあると思いますけれど、うまく映像化できたら、さまざまな年代の方に私たちの気持ちが届くのかなと思っています」。

 彼女は、これからも歩みを止めず、前へ前へと進んでいくのだろう。
「今は仕事も楽しいし、ひとり暮らしにも慣れて、自分自身、成長できているという実感はあります。でも、満足はしてないですね。もっと変われるんじゃないかと思うからです。変わっていくことに、限界というものはないと思うので、自分で限界を作らずに、さらに突き進んでいきたいです」。

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