映画『バービー』は映画史に残る名画となる素晴らしいメッセージが込められた作品になったが、そのヒットの裏には、主演マーゴット・ロビーのプロデューサーとしての力量によるところも大きい。『アフター6ジャンクション』での監督グレタ・ガーウィグへのインタビューによると、マーゴットがグレタ・ガーウィグとノア・バームバックに脚本を依頼したそうで、彼らにオファーする時点で単なるエンタメにとどまらない作品にしようとしているたことがうかがえる。女優だけではなく、プロデューサーとしても見事な手腕を発揮する彼女の、プロデュース作品を紹介する

BY KANA ENDO

どんなに貧しくても希望を失わずたくましく生きる主人公に勇気をもらえる『メイドの手帖』

 アレックスの彼氏ショーンは酔っ払うと物にあたり、攻撃的な言動を繰り返しており、限界を感じたアレックスは、2歳の娘マディを連れてトレーラーハウスを逃げ出す。あるのは数十ドルの現金と車のみ。友人宅に泊まろうとするもそこにはショーンの親友が集っていたり、母親は双極性障害だったりと、誰にも頼れず車の中で一夜を過ごす。福祉事務所を訪れ支援住宅に入居しようとするが、それには給与明細が必要と言われ、仕事をしようにもマディを保育所に預けるお金はない。さらに頼みの綱であった車も失い完全に詰んだ状態に。経費を引くと手元に残るのは数ドルというひどい条件ながら、住宅の清掃をするメイドの仕事を見つけ、マディのために自分のために必死で生きていこうとする。

画像: アレックス役は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のマーガレット・クアリーが演じた。マーゴット・ロビーはエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされている © NETFLIX

アレックス役は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のマーガレット・クアリーが演じた。マーゴット・ロビーはエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされている

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 本作はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなったステファニー・ランドの自叙伝『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』に着想を得ており、オバマ前大統領の2019年推薦図書にも選出されている。

 アレックスが受けていたのは精神的な虐待で、暴力などの肉体的な虐待ではないことから、警察に届け出ることができず、支援サービスを受けることができない。また当事者のアレックスでさえ「本当のDVを受けている人に悪いから……」とシェルターに入ることを躊躇する。カウンセラーに「本当の虐待って何?あなたが受けているのも虐待だ」と言われようやく自分の状況を把握する。モラハラという言葉が浸透したことにより、精神的なDVへの認識は高まったとはいえ、それでもなお虐待といえば傷跡が残るようなものを連想しがちで、それをベースにした福祉制度しかないという矛盾を本作では描いている。

 学歴もなく、職歴もなく、若くしてシングルマザーになったアレックスに対して、社会は優しくない。それどころか自業自得と言われたりする。またアレックスの母親も元夫から虐待を受けた経験があり、母から娘に負の連鎖が続いてしまっているのだ。しかし娘のマディには自分と同じ思いをさせたくないという思いが原動力になり、どん底から這い上がっていく姿には感服してしまう。さらに本作では、ショーンを100%ダメ男に描かないことで、よりリアルにDV被害者と加害者の現実を映し出しているといえる。断酒会に通い仕事もダブルシフトで家族を支えようと奮闘するショーンに希望を見出すアレックスは、行ったり来たりを繰り返してしまう。

 客観的に見れば早く彼から離れたほうが賢明という判断ができるが、当事者となるとばっさり切り捨てることができないのは当然で、それゆえに周囲の支えが重要になってくるのだろう。しかし、アレックスには頼れる人はほぼいないに等しく、自分一人で前進していかなければならない。その葛藤に胸が締め付けられる。ホームレスになっても、職を失っても夢を諦めず、自分の力で歩む人生を取り戻したアレックスの強さや、支える人々の優しさに、明日を生きる勇気をもらえる作品だ。

画像: アレックスの母ポーラを演じたのは、マーガレット・クアリーの実の母であるアンディ・マクダウェル © NETFLIX

アレックスの母ポーラを演じたのは、マーガレット・クアリーの実の母であるアンディ・マクダウェル

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画像: Netflixシリーズ『メイドの手帖』独占配信中 © NETFLIX 公式サイトはこちら

Netflixシリーズ『メイドの手帖』独占配信中
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果たしてあの時の自分は大丈夫と胸を張って言えるか ──『プロミシング・ヤング・ウーマン』

 大学時代に起きた事件によって約束された明るい未来を奪われたキャシー。医大を中退し、コーヒーショップの店員として働いているが、夜になると派手なメイクと服装でバーやクラブへ出かけ泥酔したふりをし、介抱する体でお持ち帰りする男性たちに制裁を加えていた。実はこの行動は、キャシーの幼なじみニーナに起きた事件に理由がある。大学時代のクラスメイトであるライアンと偶然再会したことで、キャシーの壮絶な復讐計画が始まる。

画像: キャシーを演じたのはキャリー・マリガン。本作は2021年・第93回アカデミー賞で作品、監督、主演女優など5部門にノミネートされ、脚本賞を受賞した © 2019 FOCUS FEATURES LLC/PROMISING WOMAN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

キャシーを演じたのはキャリー・マリガン。本作は2021年・第93回アカデミー賞で作品、監督、主演女優など5部門にノミネートされ、脚本賞を受賞した

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『プロミシング・ヤング・ウーマン』とは、“将来を約束された若い女性”の意味だが、本作では皮肉として使われている。キャシーがニーナに起きた性暴力を問い詰めるべく学部長の元を訪れた際、「こういった事件は毎日起きていて、その度に“前途有望な青年”の未来を潰すわけにはいかない」と答えるのだ。前途有望なのは男性だけではないはずなのに、女性の未来は一体どこにいってしまったのか。

 このように本作では、被害者にも落ち度があったのではないかとか、加害者に対して若気の至りだからなどといった考えが間違っていることを示すと同時に、ただ何もせず傍観していた人、それも罪なのだと突きつけてくる。さらに傍観者も含め加害した登場人物たちは極悪非道な人間ではなく、普通のどこにでもいて、しかも自分は少し意識高い系と思っているような人物たちだ。これにより、性暴力でなくてもいじめやパワハラなど、自分はあの時大丈夫だっただろうかと、観ている人全員が居心地の悪さを感じるはずだ。

 また直接的に性暴力を描くシーンがないことも巧妙で、余白を残しながら物語が進行していくが、音楽や衣装、大道具などによる見事な演出がストーリーを補っていく。鋭いメッセージ性を持ちながらも単なるフェミニズム映画ではなく、スリラーかつポップでダークなコメディという非常に高いエンタメ性のある作品だ。これまでの自分の振る舞いを見つめ直し、世界を変えることのできる映画ではないだろうか。

画像: 脚本・監督・製作を手掛けたのはドラマ『ザ・クラウン』でカミラ役を演じ、『キリング・イブ/Killing Eve』シーズン2で製作総指揮を務めたエメラルド・フェネル。本作が長編デビュー。映画『バービー』にもミッジ役で出演している © 2019 FOCUS FEATURES LLC/PROMISING WOMAN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

脚本・監督・製作を手掛けたのはドラマ『ザ・クラウン』でカミラ役を演じ、『キリング・イブ/Killing Eve』シーズン2で製作総指揮を務めたエメラルド・フェネル。本作が長編デビュー。映画『バービー』にもミッジ役で出演している

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画像: 『プロミシング・ヤング・ウーマン』 Blu-ray: 2,075 円 (税込) / DVD: 1,572 円 (税込) 発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント © 2019 FOCUS FEATURES LLC/PROMISING WOMAN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. Netflixでもデジタル配信中 公式サイトはこちら

『プロミシング・ヤング・ウーマン』
Blu-ray: 2,075 円 (税込) / DVD: 1,572 円 (税込)
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
© 2019 FOCUS FEATURES LLC/PROMISING WOMAN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

Netflixでもデジタル配信中

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最強チャンピオンの激動の人生を描いた『マイク・タイソン』

 アメリカ・ボクシング界のレジェンドで、元世界3団体ヘビー級統一王者、マイク・タイソンの激動の人生を元に描いた作品。13歳で37回の逮捕歴があり、少年院は第2の故郷のようだったと語る。少年院のカウンセラーがボクシングのチャンピオンと知り、勝負を挑むが、こてんぱんにやられ、ここが最初の転機に。優等生になったらパンチの仕方を教えてやるというカウンセラーの言葉に触発され、心を改め真面目な少年院生活を送る。出所後、恩師となるカス・ダマトの元で修行し、18歳でプロデビューを果たし、1986年、20歳という史上最年少の若さでWBCヘビー級王者となり、富と名声を手に入れるが再び波乱万丈の人生が幕を開ける。

画像: マイク・タイソン役には『ムーンライト』で主演を務めたトレヴァンテ・ローズが抜擢され、本人の特徴的な話し方などを再現し見事に演じきった © 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

マイク・タイソン役には『ムーンライト』で主演を務めたトレヴァンテ・ローズが抜擢され、本人の特徴的な話し方などを再現し見事に演じきった

© 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

 試合は世界中で放映され、世界的なスターとなったタイソンだが、その人生は一筋縄でなかったことは想像に難くない。16歳で母を亡くし、20歳で王者となる直前、父のような存在であった恩師であるカスを亡くしている。その後、1991年には頼りにしていた姉のデニースも亡くしてしまうといったように、喪失の多かった青年期を過ごし、精神は不安定に。ドラッグや女性への暴力事件などボクシング以外でも世間を賑わせることとなってしまう。しかしたとえ犯罪をおかしたとしても、根強い差別の残る社会で彼の存在は人種差別や貧困にあえぐ人々にとって一筋の光であったことは間違いない。

 若くして成功を手に入れたアスリートを利用しようと群がった大人、特にプロモーターであるドン・キングの責任は大きい。メンタルヘルスをケアすることもなく、人生のメンターを早くに亡くし、ロールモデルがいなかった彼が破滅に向かっていくのは必然だったかもしれない。またマイク・タイソン自身はこの作品制作に関わっておらず、SNSに「この物語を支持しないで欲しい」とポストしている。しかしこのことは、この作品が偏見なく事実を客観的に描き出しているともいえるのではないだろうか。アメリカン・ドリームの先にあるものは、果たして幸せだったのかを考えさせられる作品だ。

画像: 監督は『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ギレスピーが、同作で脚本・製作総指揮を務めたスティーブン・ロジャースが脚本を担当し、マーゴット・ロビーはエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねている © 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

監督は『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ギレスピーが、同作で脚本・製作総指揮を務めたスティーブン・ロジャースが脚本を担当し、マーゴット・ロビーはエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねている

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画像: 『マイク・タイソン』ディズニープラスのスターで独占配信 © 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES 公式サイトはこちら

『マイク・タイソン』ディズニープラスのスターで独占配信
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*各作品の配信状況は2023年9月25日現在のものです

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