上白石萌歌が直近に出演したドラマでいえば、『パリピ孔明』の月見英子として歌う姿が印象的だったが、他にも多くの作品での演技や歌唱で、ますますその才能を発揮している。そんな彼女が3年ぶりに舞台に挑む。演じるのは、シェイクスピアの四大悲劇の一つである『リア王』の三女・コーディリア。素の彼女の優しい眼差しは、舞台に立ってコーディリアが宿ったとき、どのように変わるだろうか?

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY TAMEKI OSHIRO

画像1: 多彩な才能を放つ上白石萌歌——
シェイクスピアの悲劇で見せる
舞台への情熱

時代を映し出すシェイクスピア

 ウィリアム・シェイクスピアは世界中の誰もが知っている劇作家だが、舞台や映画で観たことがあったとしても、実際に彼の作品を活字で読んでいる人はどれくらい存在するのだろう。大学で芸術学を専攻していた上白石萌歌は、今回出演する『リア王』とは、学生時代に必然的に出会っていた。

上白石萌歌(以下、上白石)  シェイクスピアは演劇に多大な影響を与えた存在なので、彼の作品を学ぶのは演劇学の授業では絶対に通る道なんです。ですから『リア王』も在学中に松岡和子さんが翻訳された本を読んでいました。今回の台本の翻訳も松岡さんが手がけてくださっていますので、少し違うところもありますが、ほぼ私が読んだ戯曲のままでした。それにしても、まさか自分がコーディリアを演じられるとは思ってもみないことでしたから、すごく嬉しかったですね。この物語が誕生してから400年以上の月日が経っていますが、今なお多くの座組で上演されるのは、現代に問いかけるような大事なテーマがあるからなのだと思います。コーディリアの2人の姉はすごく流暢に愛を語りますが、三女は口下手なので“何もないです”と口をつぐんでしまう。このことなどから、人がそう言うなら、自分もそう言わなければならないという“忖度”がテーマの一つになっていると思いました。さらに、いろんなものをそぎ落とすと“真実の愛とは何だろう”ということも描かれています。これから先も、いつ上演してもその時代に合った普遍的な問題提起が作品の中にあるからこそ、数多くのカンパニーで上演されているのだということをすごく感じています。

 そして演じ手は作品と深く向き合うことで、戯曲に描かれた人物を体現する。コーディリアという女性をどう捉えているのだろうか。

上白石 つるっとした丸い真珠のような女の子だなと思っています。誰よりも実直で、誠実なので真っ白なイメージがあります。その真っ白な彼女が正義感を振りかざして父であるリアを狂わせてしまう。純白なものが周りの人を悪い方向に転じさせることがあるんだなということを考えながら、改めて戯曲を読んでいます。私には姉(上白石萌音)がいて自分は次女なので、姉妹間の関係性も理解できる気がしますし、読んでいても自分のことのように言葉が入ってきます。勇気のいることをすんなりできてしまう素敵な女の子なので、私も彼女のように嘘がなく、舞台にいられたらいいなと思っています。

画像2: 多彩な才能を放つ上白石萌歌——
シェイクスピアの悲劇で見せる
舞台への情熱

 さらに、シェイクスピアの言葉には、どのようにしてアプローチしているのだろう。

上白石 台詞を覚えている最中なんですが、シェイクスピアの言葉がまだ口になじまなくて、どういうふうに言えばいいのかを考えています。ドラマだとリアリティが重視されるので、普段の会話の延長みたいな感じなのですが、シェイクスピアの言葉はそうはいきません。上演される機会の多い古典的な作品だとほかの公演の映像などを観たくなりますが、それを真似してしまう気がしたので、あんまり観ないことにしました。一方で、他の方が翻訳された本は読んでみました。 “英語ではこういうニュアンスで書かれていたけれど、こう思ったので、このように訳しました”という翻訳者の意図などが注釈として記されていて、それがヒントになるんです。同じシェイクスピアの作品でも、訳す方によって全然違う言葉に訳されていることもあるので、それを見比べながら読んでいます。どういうふうに演じたら、ちゃんと血の通ったコーディリアになるのかをすごく考えていますが、この作品には、なんといっても400年前にタイムスリップするようなワクワクがあります。私にとって初めてのことなので、この経験を自分の血肉にしていけたらいいなと思います。

 そして、“舞台”は子どもの頃の習い事として「ミュージカル」に取り組んだことから、上白石自身にとって原点でもある。3年ぶりに舞台に立つことへの喜びは隠せない。

上白石 舞台は人が人に伝えることを実感できるので大好きです。私たちが板の上に立ってエネルギーを放出しているように、お客さんも客席から熱いエネルギーを出しているので、そのぶつかり合いが私はすごく好きなんです。“今日もお客さんからたくさんもらったな”ということが、この上ない喜びを感じる瞬間でもあります。稽古はしんどいですし、自分と向き合うことが恥ずかしかったり、恐ろしかったりもするんですが、それ以上にエネルギーを渡し合える空間にいられることが、私は好きなので、今からとても楽しみです。

画像3: 多彩な才能を放つ上白石萌歌——
シェイクスピアの悲劇で見せる
舞台への情熱

表現への期待と情熱

 今回の『リア王』は、2022年に『セールスマンの死』を斬新な演出によって、日本の演劇界に衝撃を与えたイギリス出身の演出家・ショーン・ホームズが手がける。これまでに日本で彼が演出した作品は3作上演されているが、上白石はそのすべてを観劇している。

上白石 最初に拝見したのは『FORTUNE(フォーチュン)』という作品でしたが、先に観た友人から“絶対に観ておいた方がいい”と勧められたことがきっかけでした。そして今回リア王を演じる段田安則さんが主演をなさった『セールスマンの死』、そしてチェーホフの戯曲『桜の園』、どれもいわゆる古典的な戯曲ですが、それぞれにショーンならではの“現代の風”を吹かせているようなイメージがあります。『セールスマンの死』は姉と一緒に観に行ったんですが、舞台の真ん中に黄色い冷蔵庫が置かれていたことが、とても印象的でした。姉とは帰り道で、“あの冷蔵庫は何を象徴していたのだろうか”というお互いの感想を話し合ったのですが、“私は冷蔵庫が人間みたいに思えた”とか、“主人公が最後に冷蔵庫の中に入っていく描写を見て、まるで棺桶のように思えて、人間の生と死の象徴みたいな感じだった”とか、話が尽きませんでした。ショーンの舞台装置は床と壁だけというシンプルなことが多くて、そこに現代にもあるようなアイテムが置かれていることで、それが何を意味するのかと考えさせられます。答えを提示してくれないけれど、そこにしがみついていくことに面白さを感じていたので、『リア王』でも、ショーンにしか作り出せない世界が絶対にあるだろうと期待しています。

画像: 上白石萌歌(KAMISHIRAISHI MOKA) 2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビューミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、など。adieu名義で歌手活動も行う

上白石萌歌(KAMISHIRAISHI MOKA)
2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビューミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、など。adieu名義で歌手活動も行う

“無”になるための必要な時間

 次から次へといろんなジャンルの作品と向き合っている彼女だが、“演じる”ことが、素の上白石萌歌にどんな影響を与えているのだろう。

上白石 10代の頃からお芝居を始めましたが、ちょうど自分の人格が形成される時期でもあるので、演じる役と一緒に自分を作ってきたと思っています。演じる役に自分にはない要素を感じたとき、演じることでその人の持つ要素を少しもらった気にもなります。とは言っても、私はお芝居には自分の中にあるものしか捻出できないと思っていますので、なるべく自分自身も多面的でいたいですし、真っさらな白でもあることで私を通していろんな役を見ていただきたいです。ですから、役とは一緒に目の前に広がる情景を見て、人格をともに作っていくパートナーのような感じがあります。

 その時々に演じていた役とともに歩んで来た彼女の人生に、空っぽになる時間はあるのだろうか?

上白石 最近、気がついたんですが、泳いでいるときが“無”になれて、いいなと思いました。以前、水泳選手の役を演っていた時期が合ったんですが、最近、水泳を再開しました。海も好きですし、湖も好き。泳いでいるときが一番自分らしいというか、何にも考えないフラットな状態でいられます。泳ぎながら台詞の確認をすることもできるんです。多分、すごく水が好きなんですね。今日も、水泳をしに行こうと思っています(笑)。体を動かせることもできるので、私にとって必要な余白なんです。

 多忙な日々でも、水泳のための時間を捻出しているようだが、彼女にとって本を読む時間もまた欠かせない時間だ。

上白石 最近は短歌にすごくハマっていて、歌集をひたすら買うようにしています。短歌って、自分が今まで体験してきたものや見てきたものも映し出されているだけでなく、すごく制約のある中で壮大な情景を描いているので、想像力が鍛えられると思いました。特に現代短歌というジャンルに注目していて、歌人の伊藤紺さんの短歌が大好きなんです。たった一句であっても、文庫本の1ページくらいの情景が詰まっていて、文字数に差があるのに想像が膨らむように感じるのがすごいですね。最新刊の『気がする朝』はもちろん、伊藤さんの歌集はすべて持っています。“ペットボトル”という言葉が出てくるようなとても身近な日常を切り取ったものが多いので、特にハマっています。私自身も小学生の頃に俳句のコンクールに応募したことはありますが、短歌はハードルが高いと思っています。でもいつか詠んでみたいですね。

 シェイクスピアや短歌について語るその表情からは、言葉が描く世界を大切にしていることが伝わってくる。そんな上白石萌歌が創り上げるコーディリアの登場が待ち遠しい。

画像4: 多彩な才能を放つ上白石萌歌——
シェイクスピアの悲劇で見せる
舞台への情熱

STYLED BY AMI MICHIHATA, HAIR & MAKEUP BY TOMOMI SHIBUSAWA

画像5: 多彩な才能を放つ上白石萌歌——
シェイクスピアの悲劇で見せる
舞台への情熱

PARCO PRODUCE2024『リア王』
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:松岡和子
演出:ショーン・ホームズ

・東京公演
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
上演日程:2024年3月8日〜31日
・新潟公演
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
上演日程:2024年4月6日〜7日
・愛知公演
会場:刈谷市総合文化センターアイリス 大ホール
上演日程:2024年4月13日〜14日
・大阪公演
会場:SkyシアターMBS
上演日程:2024年4月18日〜21日
・福岡公演
会場:キャナルシティ劇場
上演日程:2024年4月25日〜26日
・長野公演
会場:まつもと市民芸術館 主ホール
上演日程:2024年5月2日

(出演)
段田安則 小池徹平 上白石萌歌 江口のりこ 田畑智子 玉置玲央 入野自由 前原滉 盛隆二 平田敦子 / 高橋克実 浅野和之 他

問合せ先:パルコステージ TEL.03-3477-5858
公式サイトはこちら

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.