誰もが知るシンデレラの物語を現代社会に投影するとき、浮かび上がるものとは何か。Kバレエ・オプトの意欲的な新作『シンデレラの家』に、古い電化製品を「電磁楽器」として奏する気鋭のアーティスト和田 永が参加。一体どのような作品になるのか

BY CHIE SUMIYOSHI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO

画像1: シンデレラはヤングケアラー?
“家電”を奏でる音楽家・和田 永と
Kバレエ・オプトの異色コラボに注目

 熊川哲也率いるK-BALLET TOKYOとBunkamuraが、2021年に新たなダンスの深層を探るべく立ち上げたプロジェクト、K バレエ・オプト。1999年創立以来、熊川の下で数々の古典バレエの作品を生み出してきた同カンパニーが、「芸術がいかに社会にその価値を還元していくか」という命題に応え、同時代の人々が共感しうる新作を届けることを目指して始動した。

 これまでも環境問題など社会に問いを投げかける作品を制作してきたKバレエ・オプトの第3弾となる作品は、近年深刻な社会問題として注目されるヤングケアラーに焦点をあてた「シンデレラ」の現代翻案である。詩人・最果タヒの書き下ろし詩集「シンデレラにはなれない」を原案に、振付・演出に俊英振付家ジュゼッペ・スポッタを迎え、各界のトップアーティストが集結する。

 ダンサーたちと同じ地平の舞台上でライブ演奏を繰り広げるのは、古い電化製品を「電磁楽器」として蘇らせるアーティスト・音楽家の和田永だ。レトロなオープンリール式テープレコーダーを楽器として演奏するバンド「Open Reel Ensemble」を率いて、2000年代のカルチャーシーンに鮮烈に登場。2015年からは、「電磁楽器」を大勢で合奏する祭典を目指す、独自のプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を展開する。

 近年、北九州市では地元スケーターたちの滑走によって電磁的な音が鳴るスケートボードパーク、東京お台場では発電機を積んだ山車とともに総勢70名が古家電で祭囃子を奏でながら練り歩くパレードなど、多くの人々を巻き込み、自らの身体を使って音を表現するパフォーマンスを実現してきた。

画像: 和田 永のプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」2023年のライブより。 『電磁饗宴篇 –In The Electromagnetic Feast』Trailer ⛩⚡️ www.youtube.com

和田 永のプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」2023年のライブより。
『電磁饗宴篇 –In The Electromagnetic Feast』Trailer ⛩⚡️

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「子どもの頃からの妄想が、古い家電を楽器に蘇らせ、演奏するという発想の原点です。電化製品の中にはきっと妖怪が潜んでいると信じていました。それ以来、<電の妖怪>との対話、接触を試みています。家電としてリタイアしたものが持っている、説明書に載っていない力を引き出す。すると役目を終えたものが、人工物から野生の側に戻って唸り出す。そのエネルギーをキャッチしている感じです」と和田は語る。

 ライブで使われるのは、打楽器としてのブラウン管テレビや旋律楽器としての扇風機だ。たとえば微弱な電気エネルギーを帯びたブラウン管テレビの画面に和田は自身の身体を接触させ、さらにギターアンプによって身体を通った電気信号を爆音に増幅させる。(電気だけに)バチバチ・キレキレにテンションが振り切れたパフォーマンスだ。

「電気を直接音にすることは創作活動の出発点であり、テーマでもあります。ブラウン管テレビが帯びるふわふわした静電気に直接触ることで音が鳴ります。全身の神経細胞に家電を<直挿し>で直結する感覚です。ここから立ち現れる電磁音楽とはどんなだろう?と実験を続けています」と尽きることのないモチベーションについて語る。

 パフォーマーが自身の身体とオブジェクト(この場合は楽器)を直に接触させる原初的な表現行為は、スケートボードなどパフォーマティブな競技やダンスのような身体表現との親和性が高いことが想像される。既存のバレエとは異なる冒険的な現代の表現を探していたKバレエ・オプトのプロデューサーはそのことを熟知していたのだろう。
「本作への参加を打診された時、バイブス(波長)が合っていると感じました。とはいえバレエと家電演奏は初めての組み合わせ。相乗効果を誘発していけるといいなと思っています」と和田は意欲を見せる。

画像: ガラスの靴ならぬスニーカーも象徴的アイテム。オニツカタイガーのMEXICO66が採用された。 ©HAJIME WATANABE

ガラスの靴ならぬスニーカーも象徴的アイテム。オニツカタイガーのMEXICO66が採用された。
©HAJIME WATANABE

 本作『シンデレラの家』はペロー版の童話に着想を得ている。だが原案となった最果タヒの詩では、主人公シンデレラの置かれた立場と心情はより混迷し閉塞している。家族構成も童話より遥かに複雑だ。認知症の祖父。そのケアで精神を病んでしまう毒母。父親の違う妹。時々訪れる実父の妹である伯母。シンデレラは3人の家族のケアをしている。古典童話から寓意性を抽出し、私たちの時代の苛烈な現実に投影することで、本作は何を浮かび上がらせるのだろうか。

「昭和や平成の時代、家庭の電化製品は人間に寄り添う身近な存在だったと思います。この作品では、家族が暮らす団地の部屋で、家電の存在があらためて意味を持ち始めます。願望や愛憎、葛藤といった主人公の内面を周辺のオブジェクトが表現し、叫びを上げる。家族を守る一方で拘束する檻でもある家の中で、テレビや扇風機が一種の内臓のように楽器として蘇り、主人公に接続し守ろうとするかもしれない。血流と電流がまるで交差するような状況をつくれたら」と和田は独自のメタファーを仄めかす。

画像: 和田 永(Ei Wada) アーティスト、音楽家。大学在籍中より音楽と美術の領域で活動を開始。2009年よりOpen Reel Ensemble、Braun Tube Jazz Bandとして活動。2015年より古い電化製品から新たな「電磁楽器」を創作しオーケストラを形作るプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動、第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。現代アートの旗手による、バレエ作品との初コラボレーションに注目が集まる。

和田 永(Ei Wada)
アーティスト、音楽家。大学在籍中より音楽と美術の領域で活動を開始。2009年よりOpen Reel Ensemble、Braun Tube Jazz Bandとして活動。2015年より古い電化製品から新たな「電磁楽器」を創作しオーケストラを形作るプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動、第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。現代アートの旗手による、バレエ作品との初コラボレーションに注目が集まる。

 少年・和田がブラウン管の奥にもののけの気配を感じ、<電の妖怪>と交信しはじめた頃から時代は大きく変化した。今日、家電製品はいわゆるローテク機械から進化し、AIなどハイテクを搭載したブラックボックス化が進む。人間の身体性や思考を超えた領域へと一気に跳躍した感があるが、家電はこれからも家族を守り続けるだろうか。

「僕がやっているのは電子音楽とも呼べますが、めちゃめちゃ筋肉を使うし汗もかきまくります。既にシステム化されたものを自分の身体にもう一度引き寄せる感覚です。テクノロジーだけが進化するのでなく、それが人間の身体とどう接触するか、それをお互いにフィードバックさせる。そのための道具をずっと探り続けているんですよね」

 微弱なエネルギーを身体と接続することで増幅させ、ときには心の叫びをも表現するラウドスピーカーとしての「電磁楽器」は、八方塞がりのヤングケアラーだけでなく、家庭の中に困難を抱えたさまざまな観客に届けられるだろう。和田 永が拡張し続けてきた発想は、時代の要請に応えるオルタナティブな世界観を示してくれるかもしれない。

画像: ©HAJIME WATANABE

©HAJIME WATANABE

K-BALLET Opto『シンデレラの家』
会期:2024年4月27日(土)~4月29日(月・祝)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
住所:東京都豊島区西池袋1-8-1
料金:S席 ¥9,000、A席 ¥7,500、B席 ¥3,000(すべて税込)
公式サイトはこちら

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