ミュージシャンや小説家が自らの出発点となった作品について語るーーもしも今、手を加えるとしたら、何を変えるだろうか。全4回特集の第2回は、俳優のクロエ・セヴィニーと小説家のスティーヴン・キングがデビュー作を振り返る

INTERVIEWS BY LOVIA GYARKYE AND NICOLE ACHEAMPONG, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

クロエ・セヴィニー 49歳、俳優
『KIDS/キッズ』(1995年)を語る

EVERETT COLLECTION/AMANAIMAGES

 映画『KIDS/キッズ』(ニューヨークを舞台に刹那的に生きる若者たちの一日を描いた作品)の宣伝は、今考えても、ちょっと煽あおりすぎだったと思う。「今年もっともショッキングな映画!」とか「絶対に見逃せない!」とか。それがうまくいったみたいだけど。映画をつくっているほうにしてみれば警告の意味を込めた作品のつもりだったけれど、たくさんの若い子から「あれを見てニューヨークに出てきたの。あんなふうに生きたいと思って」って言われた。あの映画に出たときの私はただの素人だった(撮影当時19歳)。撮影監督のエリック・アラン・エドワーズのことは知っていた。『マイ・プライベート・アイダホ』(ガス・ヴァン・サント監督の1991年の映画)の撮影に携わった人だったから。あの映画での演技は非の打ちどころがないと思っていたから、(『KIDS/キッズ』での自分の演技に)もし何かダメなところがあったら、きっと指摘してくれると信頼していたの。なぜかはわからないけれど、(撮影監督のエドワーズと、監督のラリー・クラークに)完全に私自身を任せる気持ちだった。彼らは真実を描くはずだって信じていた。

 私にとっていちばん難しかったのは、(セヴィニーが演じた15歳の少女ジェニーが)病院で、HIVに感染しているって知らされるシーン。「そんな演技なんか、できるわけがない」と思って、本当に手探り状態だった。もし今、あのシーンを演じるとしたら、もっと自信をもっていろいろと違う演技をしてみるんじゃないかと思うーー泣いてみたり、別のテイクではまた別の演技をしてみたりとか。でもあのときは、カメラの前で、たくさんのクルーが周りにいる中で、自分が思う最大限のリアルでいようとするだけだった。『KIDS/キッズ』が今でもそれなりにインパクトをもっているのには、驚く気持ちもあるし、驚かない気持ちもあるかな。撮影が終わったときには「これが自分の基準になったな」と思えた。「こういう人たちと私は仕事をしていきたい」って。

画像: 1995年、ニュージャージー州ジャージーショアにて。今や出演作は50本以上にもなる。最新作は1954年のフ ランソワーズ・サガンの小説『悲しみよこんにちは』の再映画化。 LILA LEE-MORRISON

1995年、ニュージャージー州ジャージーショアにて。今や出演作は50本以上にもなる。最新作は1954年のフ
ランソワーズ・サガンの小説『悲しみよこんにちは』の再映画化。

LILA LEE-MORRISON

スティーヴン・キング 76歳、小説家
『キャリー』(1974年)を語る

画像: COURTESY OF DOUBLEDAY. PHOTO BY JOSHUA SCOTT

COURTESY OF DOUBLEDAY. PHOTO BY JOSHUA SCOTT

 書くことに関する私なりのルールのひとつは、(トランプゲームの)「ハーツ」のルールに似ている。カードを出したら、それでプレイは終わり。私は前に書いたものは読み返さないタチだよ。特に『キャリー』(いじめに遭っていた女子高校生が超能力を得るホラー小説)は、そうだね。どれだけ青臭いだろう、どれだけ若書きになっているだろう、と心配になってしまう。子どもの頃は、どう振る舞えばいいのかわからないのと同じだ。あとから振り返ってみると「あんなしぐさをするべきじゃなかった」「あれは無作法だった」とわかったりする。シャツの後ろだけはみだしていた自分や、ズボンのジッパーが全開だった自分の姿を、わざわざ昔に戻って見たりしたくない。

 もし今、書き直すとしたら、かなり手を加えるだろう。登場人物についても、もう少し深く書きようがあると思う。そもそも『キャリー』は短編だったんだ。超能力をもった少女が、自分を笑い者にした同級生に復讐していく、という話を思いついた。当時の私にとって、あてがある掲載誌に送るには長すぎたんだ。それに、年頃の女の子のことがよくわからなかった。特に体育の授業のこととか、シャワールームのこととかはね。だから書き上げた原稿をそのまま捨てた。そうしたら妻がくずかごから拾い上げて、ページのしわを伸ばして読み、「これ、なかなかいい作品よ。私が手伝うから」と言ってくれた。完成したのは300ページにも満たない、ごく短い本だよ。当時は一般的だった差別的な言葉も入っている。現実味があったし、気に食わないキャラクターにしゃべらせた言葉ではあるんだが、今の私なら使わないだろう。全体としては、そこそこうまく書けたんじゃないか。無事に出版されて(刊行時26歳)、そのあと(1976年に)映画化もされたからね。

 少なくとも母に読ませることはできた。このことはよく考えている。当時の母はもうがんを患っていて、『キャリー』以外の本がまだ一冊も出ないうちにこの世を去ったから。『キャリー』のおかげで母の面倒を見られたし、入院させることもできた。お金が入っていたからね。そうでなければ悲惨な状況だっただろう。

1979年、メイン州で妻タビサと子どもたち(左からジョー、オーウェン、ナオミ)とともに。これまでに作品は70冊を超える。短編集『YouLike It Darker』が最新刊。

JAMES LEONARD

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