BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』篠塚五十鈴=中村莟玉
「吉例顔見世大歌舞伎」では、2006年『決闘!高田馬場』、2019年『月光露針路日本 風雲児たち』に続き、三谷幸喜が手がける3作目の新作歌舞伎が上演されている。歌舞伎座では第2弾となる“三谷かぶき”は、1991年に劇団東京サンシャインボーイズで初演された『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』を原作に、舞台の裏側で起こる騒動をユーモラスに描いた“バックステージもの”。伊勢の芝居小屋・蓬莱座を舞台に、芝居にかける人々の情熱と混乱が軽やかに描かれていく。
この“三谷かぶき”に、今回 中村莟玉が初参加した。古典歌舞伎だけでなく、新作歌舞伎でも存在感を示し、大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』ではその美しさと佇まいが注目を集めた。型や役柄をしっかりと体現し、さらなる魅力を放つ俳優が、三谷作品の現場で何を感じ、どのように舞台へと息を吹き込んだのか。稽古、本番、その手応えを聞いた。
──初日を迎えて11月5日に歌舞伎座にて取材
莟玉さんにとって三谷幸喜さんが作・演出をなさる作品への初めての出演となりますが、その心境をお聞かせください。
莟玉:僕は元から三谷さんの作品が好きだったので、“生三谷さん”に会えることがまず嬉しかったです(笑)。2022年に世田谷パブリックシアターで上演された『ショウ・マスト・ゴー・オン』も拝見し、大笑いして大好きな作品になりました。その歌舞伎化作品に出演できることになるとはその時は夢にも思いませんでした。今回は、すでに『ショウ・マスト・ゴー・オン』をご存知の方も、歌舞伎版として新鮮に受け止めてくださっている気がします。歌舞伎には論理的には説明不可能な部分を、独自の手法で強引に成立させてしまう力が元からあります。今回は、その歌舞伎が持つ力と三谷さんのパワーとがかけ合わさった作品で、歌舞伎座で上演する意味はとても大きいのではないでしょうか。
──三谷さんが率いる稽古は、普段の歌舞伎の稽古とはどんなところが違いますか?
莟玉:三谷さんが手がけられた歌舞伎は今回が3作目となりますが、これまでもその一つ一つにテーマがあって、今回の『歌舞伎絶対続魂』のテーマは“笑い”だと、最初の読み合わせの時におっしゃっていました。「歌舞伎座が“笑い”で揺れて、その揺れで窓が割れてしまうくらいのものを作りたい」とも話されていました。当然ではありますが演出プランもはっきりとおありでしたし、お稽古の時間割もきっちりとされていて、午後1時から6時であれば、ダメ出しも含めてその時間内に終わる、というとても親切なお稽古スタイルでした。
現場はアットホームで朗らかな雰囲気。お稽古の最初は台本がまだ途中の段階だったのですが、みんな笑いながら読んでいました。「ここからどうなるんだろう?」というワクワクもありましたし、普段から歌舞伎を観ているお客さまなら余計に笑っていただけるだろうなという“仕掛け”がたくさんあって早く観ていただきたい!とも思いました。台本のおもしろさをそのまま舞台で形にできるのか、という高いハードルはありましたが、同時に“面白いものになる”という確信もありました。
──『ショウ・マスト・ゴー・オン』のどういうところが面白いと思われましたか?
莟玉:僕が『ショウ・マスト・ゴー・オン』が好きな理由は、出演者全員にスポットが当たるところです。これだけの登場人物がいて、全員を“美味しくする”というのは実に難しいことだと思うのですが、それが完璧になされている作品だと2022年の公演を拝見したときに思いました。それが今回の歌舞伎版でも変わらず、どの役もいきいきと描かれていると思います。歌舞伎ファンの方もそのことをすごく喜んでくださっているのではないかと演じながら感じています。

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』篠塚五十鈴=中村莟玉

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』篠塚五十鈴=中村莟玉

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』篠塚五十鈴=中村莟玉

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』篠塚五十鈴=中村莟玉
──今回の作品の台詞では、声のトーンや間の違いの言葉の発し方ではニュアンスが異なることもあって、お客さまの反応が違うこともあるのではないでしょうか?
莟玉:三谷さんはまさにそこにこだわっていらっしゃいました。例えば、「うん、なんとかだよ」という台詞に、歌舞伎だと「うん、そりゃあ、なんとかだよ」と「そりゃあ」を雰囲気に合わせて付けることがあるのですが、三谷さんは「“なんとかだよ”といった瞬間にお客さまの反応がくるから、それはつけないでください」ときっぱりとおっしゃっていました。三谷さんの“言葉の方程式”のようなものが、これまで手がけてこられた作品に共通して存在すると思うのですが、僕はそれがとても好きなんです。なので、“三谷さんはこういう風なことを思い描いていらっしゃるのだろうな”と自分なりに想像してお稽古に臨みました。
──莟玉さんが演じる篠塚五十鈴の演技で場内が一気に笑う場面がいくつかありますが、その一つは今話題の映画作品を指していますね?
莟玉:はい、あれは完全に映画『国宝』をほのめかしていますね。今回、頭取の嵐三保衛門で出演されている(中村)鴈治郎のおじ様が『国宝』にも出ておられるので、おじ様に当てて書かれているのではないでしょうか。僕が演じる五十鈴が頭取に訴えかけることで振りになる。そして頭取の次の台詞がオチになるという具合です。三谷さんも「はっきり映画『国宝』だとわかるように演じていただいて大丈夫です」とおっしゃっていました。僕はその場面の「竹馬の友で、競い合う相手〜」という台詞でお客さまが「これは『国宝』だ」と気づいてくださるかなという計算だったのですが、最初の「博打打ちの息子として生まれて」と言った途端、客席がざわつき始めたので、お客様の瞬発力と映画の浸透率の高さを再認識しました。
──『義経千本桜』の「四の切」の場面は廻り舞台を使って表舞台の場面に転換されます。パロディの「四の切」で静御前を演じてみていかがでしたか?
莟玉:(中村)獅童兄さんが「四の切」の忠信をなさったとき(2020年11月歌舞伎座)に(市川)染五郎さんの義経で静御前を初役で勤めさせていただきました。一度経験させていただいたお役というのが、今回かえって難しかったです。三谷さんからは「こなれすぎているので、初めて演っているという感じでお願いします」といわれまして、どうすれば初めて演じている雰囲気を出せるのか、悩みました。獅童兄さんからも「普段から静御前を演っている人が今回も演じている感じがするから、ちょっと感動が薄いな」というご指摘があって、自分なりに考えて、「静御前を演じることができて嬉しいというのがこぼれ出る感じではどうですか?」と提案させていただいたら、「ちょっと演ってみてください」といわれました。そこで思い切りニコッと笑ってみたら、採用されました。それから笑い方を考えましたが、たっぷり笑うと伝わりづらいと思い、瞬間的にニコッと笑うようにしました。
さらに初日に、「いせ菊の代わりにお前が静御前を演れ」と言われたときに、「よっしゃ!」と声に出してガッツポーズをしたのですが、実は稽古ではモーション(動き)だけだったのです。お客さまの空気的におもいっきり演ったほうが良さそうだと思って、その場で突如試してみたら、どっと笑いが起きました。多分ご一緒している先輩たちはびっくりしたと思いますが、終演後に三谷さんからは「毎日、演ってください」と肯定的に受け止めていただけてとても嬉しかったです。

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』篠塚五十鈴=中村莟玉

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』竹島いせ菊=坂東彌十郎(手前・右)浅尾天太郎=中村橋之助(手前・左)篠塚五十鈴=中村莟玉(上)
──三谷さんからは他にも何かダメ出しはありましたか?
莟玉:三谷さんは言葉数が多い方ではないですが、見抜かれている感じがします。初日の終演後にわざわざ楽屋にきてくださって「今回は初めてでしたけれど、一緒にできてよかったです」といって、握手してくださいました。実は松竹さんから今作への出演のお話しをいただいた時点で、『べらぼう』(NHK大河ドラマ)の撮影とお稽古とが重なる可能性があり、なんとか皆さんにスケジュールの調整をしていただいて出演が叶ったのですが、初日の三谷さんのお言葉で、松竹さんに出させていただきたいと諦めずにお願いしたことが報われた気がしました。そして、どうしてご存じなのかはわかりませんが「まるるさん(中村莟玉の愛称)」と急に話しかけてくださって、「他の舞台とか、映像とかにお声がけしてもいいですか」とおっしゃってくださったので、「ぜひ演りたいです」とお答えしました。
次の日のダメ出しでは、僕の番になると「万次郎なんですけど」と口火を切って、『べらぼう』で僕が演じたお役のことだったので何をおっしゃるのかと思ったら、「見たんですけど、すごくよかった。よかったですけど、瞬きしないなと思って。もうちょっと瞬きした方がいいと思います。」と。そっちかい!と思いましたが、そういうお茶目なところがある方なので本当にお目にかかれてよかったです(笑)。
──莟玉さん初登場のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の第42回が歌舞伎座の初日と同じ11月2日に放映されましたが、映像作品へのご出演はご自身にとってどんなご経験でしたか?
莟玉:僕は(片岡)愛之助兄さんが演じられた鱗形屋孫兵衛の次男で、西村屋(西村まさ彦)の養子となった万次郎役で出演させていただきました。基本的には喜多川歌麿役の染谷(将太)さんとの場面だったのですが、ご一緒してみて本当に素敵な俳優さんだなと思いました。実は現場ではひと言も会話をしなかったんですけれど(笑)。僕は人見知りなのですが、おそらく染谷さんも人見知りでいらっしゃるのかなと思いました。お互いに「おはようございます!」と挨拶はするのですが、1時間くらいかけて完成する特殊メイクの間もずっと横にいたのに、ひと言も話しかけることができませんでした。でも、西村まさ彦さんを介しては話せました(笑)。撮影が始まると瞬時に歌麿になる染谷さんを間近で見て、場の空気さえ変えてしまうオーラに圧倒されました。
──2025年を振り返るとどんなことが印象に残っていますか?
莟玉:今年は、1月の新春浅草歌舞伎、3月の通し狂言『仮名手本忠臣蔵』、そして7月、8月の歌舞伎『刀剣乱舞』など、僕にとってどれも印象に残る公演でした。
『仮名手本忠臣蔵』では四段目の大星力弥を勤めさせていただきましたが、かつてないほどの緊張に包まれる日々でした。そして、改めていい芝居だなと思いました。歌舞伎座の舞台で(尾上)八代目菊五郎兄さんと(中村)勘九郎兄さんの(塩冶)判官様とご一緒させていただけたのはとても贅沢な経験でしたし、お二人の違いを学べるのも楽しかったです。大星由良之助も(片岡)仁左衛門のおじさまと(尾上)松緑兄さんがダブルキャストでなさっていました。緊張のあまり公演中に胃腸炎になりました(笑)。我ながら弱いなと思いつつも、12年ぶりの歌舞伎座での通し狂言『忠臣蔵』で力弥をさせていただけたのは、胃腸炎と引き換えにしても取るべきカードだったと思います。
──2026年の新春浅草歌舞伎に向けて意気込みをお聞かせください。
莟玉:2025年の新春浅草歌舞伎は新たな世代の座組となり、前の世代にも参加していた(中村)橋之助さんと僕は、次の世代にスムーズにバトンを渡すことを期待されたランナーになったと思います。1月の時点では2026年も出演できるかどうかはわかりませんでしたが、先輩方からは2年目がものすごく苦労したと聞いていたので、来年ももし出演できるなら、さらに多くのお客様に来ていただけるような心意気を見せたい、と橋之助さんと話していました。2026年の演目は、先輩方から教わる義太夫狂言のような重厚なものを上演するのは浅草歌舞伎の通例ですが、お客様に晴れやかな気持ちで帰っていただけるような、お正月らしい作品も必要なのではないかと、公演の製作担当の方と話し合いました。
私は大曲の『藤娘』と『男女道成寺』に出演させていただきます。『藤娘』は、六世宗家(藤間勘十郎)と養祖父の六世中村歌右衛門が相談して作りあげた演り方で踊らせていただくことになりました。昭和27年に歌舞伎座で養祖父が「藤娘」を勤めたとき、初日に衣裳の直しができあがるまで待ったため、幕間が1時間ほどあったそうです。今回は養祖父が勤める際に選んだ衣裳から、今も使える状態のものを着させていただくことになりました。先人が作り上げたものをきちっと残しておくことも我々の重要な役目だと思います。新世代の新春浅草歌舞伎も、ぜひご覧いただきたいです。

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』篠塚五十鈴=中村莟玉

『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』篠塚五十鈴=中村莟玉
中村莟玉は、聞き手が求める“美味しいところ”を的確に語ってくれる。
その語り口から、今回の三谷かぶきの創作現場で、俳優一人ひとりが “笑い” を生むために、台本の人物に息を通わせていった過程が鮮やかに伝わってきた。
新春浅草歌舞伎では、仲間たちとともに公演全体の空気をつくり上げる一員として、自らに与えられた役割を確かなものにしようとする意志も、はっきりと感じられる。
大河ドラマへの出演によって、彼に魅力を感じ、舞台での姿を見たいと思う人も増えただろう。ひとつひとつの経験が確かな糧となり、その歩みは今も静かに前へ進んでいる。
三谷かぶきにしかない“笑顔の静御前”に、ぜひ劇場で出会ってほしい。
中村莟玉(Nakamura Kangyoku)
東京都生まれ。一般家庭から2004年3月中村梅玉に入門。05年1月国立劇場『御摂勧進帳』の富樫の小姓で本名の森正琢磨で初舞台。06年4月梅玉の部屋子となり、歌舞伎座『沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』の小姓神矢新吾、『関八州繋馬』の里の子竹吉で中村梅丸を名乗る。17年12月名題昇進。19年10月梅玉の養子となり、11月歌舞伎座『鬼一法眼三略巻』「菊畑」の奴虎蔵実は源牛若丸で中村莟玉と改名した。立役も女方も勤める。

吉例顔見世大歌舞伎
昼の部 11時開演
一、『御摂勧進帳』加賀国安宅の関の場
二、『道行雪故郷 新口村』
三、『鳥獣戯画絵巻』
四、『曽我綉俠御所染 御所五郎蔵』
夜の部17時
一、『當年祝春駒』
二、三谷かぶき『歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな』
※中村莟玉さんは、
夜の部の三谷かぶき『歌舞伎絶対続魂』に出演。
会場:歌舞伎座
住所: 東京都中央区銀座4-12-15
上演日程: 2025年11月2日(日)〜26日(水)
休演日: 10日、18日
問い合わせ: チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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