発見、感動、思索……知的好奇心を刺激する、映画好きな大人のための今月の新作を厳選!

BY T JAPAN

クリストファー・ノーランが描く罪を背負った英雄の帰還『オデュッセイア』

画像1: © 2026 UNIVERSAL STUDIOS

© 2026 UNIVERSAL STUDIOS

 世界興収16億ドル超という破格のヒットを更新中の、クリストファー・ノーラン監督の最新作『オデュッセイア』がいよいよ日本で公開。ホメロスの古典叙事詩を初めて全編IMAXフィルムで撮影し、古代楽器や銅鑼を駆使した重低音で観客の芯を震わせる、壮大なスペクタクル巨編――しかし、その幕開けは不穏だ。荒涼とした砂浜に傾いて立つ巨大な木馬。英雄たちの勝利を象徴するはずのトロイの木馬だが、その光景は砂に埋もれた自由の女神像で幕を閉じた『猿の惑星』のラストシーンを思わせる。そして、木馬のもとへ馬で駆けつけたトロイア兵士に、これがアテナへの捧げ物だと告げる若き兵士シノンとして登場するのがエリオット・ペイジ。『インセプション』で主要キャストのひとりを演じたペイジを、ノーランはシノン役に起用し、本作独自の物語を担う重要な役割を託した。

画像2: © 2026 UNIVERSAL STUDIOS

© 2026 UNIVERSAL STUDIOS

 トロイア戦争は、スパルタ王妃ヘレネ(ルピタ・ニョンゴ)をめぐる争いに端を発し、10年にも及ぶ戦いの末、イタケ王オデュッセウス(マット・デイモン)の計略によるトロイア陥落をもって終結する。故郷を目指すオデュッセウスの前には、一つ目の巨人キュクロプスや魔女キルケ(サマンサ・モートン)、精霊カリュプソ(シャーリーズ・セロン)、セイレーンなど、神話を彩る神々や異形のものが次々と立ちはだかる。一方、王妃ペネロペ(アン・ハサウェイ)と王子テレマコス(トム・ホランド)が待つ故郷では、帰らぬ王の玉座を狙うアンティノオス(ロバート・パティンソン)ら求婚者たちが暗躍。女神アテナ(ゼンデイヤ)、忠実な家臣エウマイオス(ジョン・レグイザモ)、ペネロペの女官(ミア・ゴス)らも加わり、壮大な冒険譚が織り上げられてゆく。

 だが、幾多の苦難を乗り越えての帰還を、ノーランはただ輝かしい物語として描くわけではない。『オッペンハイマー』で原爆という途方もない破壊力を生み出した科学者の罪と責任を見つめた監督は、本作でもトロイアという一つの文明を滅ぼし、無数の命を奪った男の気づきを描く。破格の映画体験へと観客をいざないながら、ホメロスの英雄譚を戦いと加害をめぐる、現代にも響く物語へと更新してみせた壮大な試みを、ぜひ映画館の大スクリーンで体感してほしい。

画像: クリストファー・ノーラン監督超大作『オデュッセイア』本予告 www.youtube.com

クリストファー・ノーラン監督超大作『オデュッセイア』本予告

www.youtube.com

『オデュッセイア』
TOHOシネマズ日比谷ほか 全国公開中
公式サイトはこちら

塚本晋也が戦争加害者の傷に迫る『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

画像1: ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

『鉄男』で世界に衝撃を与えた塚本晋也監督。大岡昇平の小説をもとにした『野火』以降、『斬、』『ほかげ』と、人々の心に残り続ける戦争を描いてきた。その歩みの先に生まれた『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、戦争による加害の記憶へと踏み込んでゆく。原点となったのは、『野火』の制作中に塚本が出会ったベトナム帰還兵アレン・ネルソンの自伝と証言だ。彼は18歳で海兵隊に入り、沖縄のキャンプ・ハンセンで戦闘技術を教え込まれ、ベトナムへ送られた。ジャングルを彷徨い、命を狙う銃弾にさらされる。やがて民間人を巻き込む残虐な行為にも加担し、村が焼かれていく現実を目の当たりにする。兵士たちの息遣いや怒号、血と肉の匂いまでも感じさせる映像を塚本自らハンディカメラに収め、観客を戦争のただ中へと放り込む。

画像2: ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

 帰還しても恐怖のフラッシュバックがネルソンに付きまとう。ある日、戦争体験を語るために小学校を訪れると、ひとりの少女から「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」とまっすぐに問いかけられ、彼は崩れ落ちる。PTSDという概念がまだ十分に知られていなかった時代、精神科医ニール・ダニエルズ(演じるのはアカデミー賞俳優ジェフリー・ラッシュ)は、彼に「なぜ殺したのか?」「何を見て、何を感じたのか?」と静かに問い続ける。セラピーを通して、ネルソンは少しずつ加害の記憶に向き合い、罪と責任を言葉にすることで、立ち直るための足場を見つけてゆく。回復と再発を繰り返す一進一退の過程そのものが、加害の記憶と戦争の爪痕の深さを物語る。

『野火』から10年以上が過ぎたが、世界の戦争や紛争は収まるどころか、むしろ私たちの日常へと近づいている。その恐怖と危機感が観る者の心を揺さぶる本作は、第83回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミアを迎え、約8分間にわたるスタンディングオベーションを浴びた。

画像: 映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』予告篇|9月11日(金)公開 www.youtube.com

映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』予告篇|9月11日(金)公開

www.youtube.com

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
kino cinéma 新宿ほか 公開中
公式サイトはこちら

是枝裕和が紡ぐ少女たちの喪失と創作の青春物語『ルックバック』

画像1: ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

 2021年に漫画家・藤本タツキが発表し、劇場アニメ版もヒットした漫画『ルックバック』を、是枝裕和監督が実写映画化。第83回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で世界にお披露目され、その繊細な詩情が話題を集めた。

 二羽の白鳥が翔び、湖に降り立つ。クラス新聞に4コマ漫画を描く人気者の藤野と、不登校で部屋に閉じこもって絵を描く京本。まるで、互いの才能に憧れや嫉妬を抱えながら切磋琢磨し、やがてコンビ漫画家となる二人の象徴のような白鳥のショットとともに始まる映画だ。是枝は秋田県にかほ市に通い、冬から春、夏、秋へと移ろう、雪国ならではの四季の風景を35ミリフィルムで映し出し、二人の出会いから漫画家として歩み始めるまでを豊かな田園風景の中に浮かび上がらせる。

画像2: ©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

 4コマ漫画の人気に少々天狗気味の藤野を絶妙に演じる七瀬ふうりと、藤野に憧れ、半纏姿で飛び出してくる姿が愛らしい京本役の岡田六花。そして成長した二人を『舞妓さんちのまかないさん』の出口夏希と、是枝組の常連・蒔田彩珠が担う。また、京本を気遣う教師役の宮藤官九郎をはじめ、コンビ漫画家“藤野キョウ”の担当編集者となる菅田将暉、藤野の母親役の野呂佳代らが、少ない登場時間にもかかわらず、少女たちを見守る人間味あふれるまなざしを向ける。

 是枝が漫画の表紙に一目惚れした“後ろ姿”、手元、紙を走る鉛筆やペン、液晶タブレットの“描くための”音に、坂東裕大の劇伴を重ね合わせ、映画ならではの豊かな時間を紡ぎ出す。繊細な二人の関係と情熱。積み重ねてきた時間を断ち切る不条理。後悔と自責と底なしの喪失。それでも振り返ることは過去に戻るためではない。誰かと出会い、受け取ったものを背負い、歩き出すため。“Don't Look Back In Anger”――是枝は原作への深い敬意を込め、その痛切な青春物語を映画だけが持つ時間と光と音の世界に蘇らせる。

画像: 実写映画『ルックバック』本予告【9月11日公開】 第83回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品作品 youtu.be

実写映画『ルックバック』本予告【9月11日公開】 第83回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品作品

youtu.be

実写映画『ルックバック』
TOHOシネマズ日比谷ほか 全国公開中
公式サイトはこちら

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.