今、ヘリテージブランドが注目を集めている。過去を振り返ることはファッションの未来につながるのだろうか

BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY ANNABEL ELSTON, STYLED BY ENRICO POMPILI, VALENTINA CAMERANESI, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 キウリのこのコレクションのように、アーカイブをもとに「新しさ」と「古さ」を本質的につなぎ、脈々と受け継がれていく物語を紡ぎ出せれば最も理想的だ。だが、フランスのすべてのヘリテージブランドが、歴史を受け継いでいるわけではない。

 1945年創設のバルマンでは、創設者ピエール・バルマン(ディオールほど知名度はないがふたりは同世代である)の歴史的なスタイルはほとんど姿を消してしまった。ただ、保守的ながら装飾的なデザインを好んだバルマンの装飾の要素だけは、現在のクリエイティブ・ディレクター、オリヴィエ・ルスタンが引き継いでいるのかもしれない。テイストは異なるが、ルスタンは技巧を凝らした装飾が得意なデザイナーなのだ。またルイ・ヴィトンには、マーク・ジェイコブスをアーティスティック・ディレクターに任命した1997年までファッション部門は存在しなかった。つまりファッションの歴史は存在しない。そのため、現在ブランドを率いるニコラ・ジェスキエールのインスピレーションソースは、バッグメーカーとしての歴史と、レザー製品に見られる優れた伝統技術、突き詰められた機能性にあるらしい(ちなみに、ルイ・ヴィトンの文化遺産を披露する展示会が10月からニューヨークで開催されている)。

画像: 1960年代に、メタル素材をファッションに取り入れたパコ・ラバンヌ。メタルパーツをリングでつなぐため、縫製は不要だ。現アーティスティック・ディレクター、ジュリアン・ドッセーナは、2017-’18年秋冬コレクションでこのメゾンならではの素材を生かしたイブニングドレスを披露(右)。アーカイブに収蔵された、推定1967年の春夏コレクションのシフトドレス(左)と同じ技法でメタルパーツがつなぎ合わされている (右)ドレス パコ・ラバンヌ www.pacorabanne.com

1960年代に、メタル素材をファッションに取り入れたパコ・ラバンヌ。メタルパーツをリングでつなぐため、縫製は不要だ。現アーティスティック・ディレクター、ジュリアン・ドッセーナは、2017-’18年秋冬コレクションでこのメゾンならではの素材を生かしたイブニングドレスを披露(右)。アーカイブに収蔵された、推定1967年の春夏コレクションのシフトドレス(左)と同じ技法でメタルパーツがつなぎ合わされている

(右)ドレス
パコ・ラバンヌ www.pacorabanne.com

 歴史を尊重することは大切だ。でもそれが崇拝の域に達すると、ファッションの機能は停止してしまう。ここ1世紀の主な変遷をまとめたモード史の年表を広げると、そこには過去の常識をくつがえしてきたデザイナーの名前が浮かび上がってくる。斬新でセンセーショナルな何かを生み出すために、過去を否定することはほぼ不可欠なのだ。たとえば、1947年のディオールのデビュー・コレクションは、確かにビクトリア朝のシルエットや技巧が目立ち、フェミニンでノスタルジックな印象が強かった。だがそれでも、その少し前まで流行していた、いかつい肩ラインにミニスカートという戦中スタイルとは明確に一線を画しており、これこそが“ニュールック”として永遠に名を残すことになったのである。そのほかにも、1920年代に発表されたシャネルのリトルブラックドレス、アナーキーで攻撃的なパンクスタイルなども、当時にしてはまさにエポックメイキングなファッションだった。

 こうしたモードの変革が起きるとき、美意識やラグジュアリーの概念、理想美の基準もいったんリセットされる。でもこんなことが起きるのはまれだし、今後、革新的なファッションが次々と生まれると考えるのもナンセンスだろう。そして、やはり歴史を見放すわけにはいかない。そもそも見放すことなどできないだろう。歴史とはトロイアの木馬のようなものだ。見えないところで、一切をくつがえすような革新と、斬新な変化が用意されている。老舗ブランドのネームの裏に、ディオールの用語を借りればいわゆる“ニュールック”が、つまり新しく型破りなアイデアが隠されているのだ。

デムナ・ヴァザリアは、バレンシアガの秋冬コレクションは創設者クリストバルへのオマージュだと言った。だがそれは一種の通過儀礼のようでもある。「“アーカイブを見もせずに自分勝手なストーリーを作っている”とは思われたくなかったんだ。メゾンの伝統を受け継ごうとしているって気持ちを、きちんと示したくて」と彼は言う。「もしクリストバルがいたら、僕がデザインした服の大半を見てあきれ返っただろうね。だけど今はもう、僕らしいストーリーを自由に紡ぎ出していいような気がしているんだ」

ファッションは温故知新か、革新か――<前編>

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