フランスのブティック「メルシー」と子ども服ブランド「ボンポワン」を創設したマリー=フランス・コーエン。彼女は今、人生の第三幕を歩み始めている

BY AMY SERAFIN, PHOTOGRAPHS BY CÉLINE CLANET, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 この家は購入当時、パリ7区の典型的ブルジョワスタイルだった。だが今、穏やかなイギリスの田園風の情趣に包まれている。正方形の広い部屋にはそれぞれ、羽毛入りのハワード・ソファ(19世紀、英国で生まれたクラシックなスタイルのソファ)や、近所の骨董店で見つけた、16世紀の彫刻が施された一対の船の柱など、お気に入りのオブジェが並んでいる。カーペットは、インテリアショップ「キャラヴァン」を展開した元オーナー、フランソワーズ・ドルジェがモロッコで見つけてきたものだ。中庭では、ツタ、バラ、ジギタリスやルピナスの枝葉が重なり合いながら、のびやかに育っている。「すっかり夢中なの」とマリー=フランスは言う。「イギリスの影響かしらね。でも、ふたりの友人に言われたの。“ルイ16世様式のファサードに、植物を這わせちゃだめよ”って。思わず聞き返したわ、“なぜいけないの? ”って」

画像: 中庭前の、あらわになった骨組みが特徴のファサード

中庭前の、あらわになった骨組みが特徴のファサード

 ここは、しばしば家族のにぎやかな集いの場になる。彼女には3人の息子がいるのだ。ひとりはブルックリン在住の映画製作者、ふたり目は「メルシー」の並びのしゃれたピッツェリア「グラッツェ」をはじめ、複数のレストランを経営するオーナー。3人目は子ども服ブランド「ボントン」の創設者だ。さらに7人の孫もいる。これほど大きな家に、たったひとりで暮らすのはどこか真っ当でない気がして、彼女はエージェントを通じて2年前に知り合ったアフガニスタンの難民男性を家に迎えた。この男性は最上階のスタジオ(小型キッチンや洗面所つきの部屋)で暮らしている。

 離れは、マリー=フランスが「デモデ」の構想を練り上げる場所だ。彼女は義理の娘を含む3人のメンバーとともに、香水や生地のサンプルに囲まれながら仕事をしている。天井から下がった真鍮のランプはパオラ・ナヴォーネの作品だ。無印良品の戸棚には、「ボンポワン」の深い緑色のセーターの袖、薄いピンクのインドサリーの切れ端など、色彩のインスピレーションとなるオブジェが詰まっている。また、オンラインショップのほか、グルネル通りにポップアップショップも開く予定だ。ある月は作家の書斎風、別の月はティーンエイジャーのベッドルーム風と、展示スタイルはそのつど変えていくらしい。「デモデ」で取り扱う商品は、「メルシー」で扱うモダン&ポップなテイストとは違って、もっとやわらかなトーンになる。淡い空色の陶製テーブルウェア、羊皮紙のレターペーパー、画家ガエル・ダヴランシュの作品から抜き出した“しおれた花”の絵をあしらったビロードのフロアクッションがその一例だ。

画像: ガエル・ダヴランシュが描いた花をあしらった炻器の(せっき)のプレート

ガエル・ダヴランシュが描いた花をあしらった炻器の(せっき)のプレート

 彼女にも失敗はついてまわる。6月、イタリアで作ったサンプルが、初のプレス発表の間際にトラックから盗まれてしまった。そのときふと、「庭の世話だけしていたら物事はもっと簡単なのに」と思ったそうだ。だが諦めず、気持ちを切り替えた。自由な時間ができると、マリー=フランスは窓を開け放って、台所のテーブルにつく。咲き競う色とりどりの花を眺めながら、つる草の陰から響いてくる鳥のさえずりに耳を傾ける。そうしていると過去に味わってきた胸の高なりが蘇ってくるという。「クリエイティブな人間は、創り続ける必要があるの」と彼女は言いきる。「さもないと、立ち枯れてしまうから」

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