マスキュリンかフェミニンか、ストリートかクチュールか。ディオールのメンズ アーティスティック ディレクター、キム・ジョーンズは、相反する要素のあいだに漂うものを表現する

BY THOMAS CHATTERTON WILLIAMS, PHOTOGRAPHS BY NIGEL SHAFRAN, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 デザイナーになる前、彼はコレクターだった。今も何かを好きになると、それを収集する習癖がある(この取材の途中、彼のアシスタントがロレックスのステンレススチール製エアキングを持って現れ、ジョーンズはすでにはめていたゴールドのデイトナと取り替えた)。ライブラリーとサロンはひと続きになっていて、そこには彼の好きなものを飾っている。ぱっと目につくのは、ナオミ・キャンベルなど彼の友人の写真をカスタマイズしたもの、『i-D』マガジンのバックナンバー、ダイアナ・ヴリーランドの寝室に飾られていたという絵。ほかにはブルームズベリー・グループ(註:20世紀初頭にロンドンで活躍した知識人や芸術家の集まり)のメンバー、ダンカン・グラント(ヴァージニア・ウルフの姉、ヴァネッサ・ベルの愛人)の一連の絵画作品や、女性ロボットをエロティックに、ハイパーリアリスティックに描く日本人現代アーティスト、空山 基(そらやまはじめ)の作品も並んでいる。

画像: パリのディオール社。下階ではショー用のフィッティングやコーディネイトが行われ、上階のアトリエでは職人たちが制作にいそしんでいる

パリのディオール社。下階ではショー用のフィッティングやコーディネイトが行われ、上階のアトリエでは職人たちが制作にいそしんでいる

 空山とは昨年11月、SFをテーマにしたディオールの「プレフォール 2019 メンズ コレクション」でコラボレーションをしており、その話になるとジョーンズの口調はいまだに熱を帯びる。空山は高さ約12メートルの巨大な女性ロボットをランウェイの中央に“召喚”、その圧倒的な存在感で観客をあっと言わせた。SF感満載のショーでは、メタリック加工のバッグやコンバットブーツ、虹色に輝くベースボールキャップなど、サイバネティクス(人工頭脳学)を想起させるさまざまなアイテムが披露された。

「子どもの頃は、おもちゃを集めていたよ。おもちゃや本に取りつかれていたと言うべきかな。たとえばある作家を気に入ると、全作品が読みたくなってね。集めた本は順序立てて並べていたんだ」と述懐するジョーンズ。iPhoneを取り出すと、情報がぎっしり詰まったPDFファイルを開いた。ロンドンとパリに2カ所ずつ、計4カ所のライブラリーに収められた何千冊にも及ぶ蔵書のリストだという。「どの本がどこにあるか把握しておきたくて。本は色分けして分類しているから、誰かに本を探してもらうときに『あの色のコーナーにある』と言えば、簡単に探し出せる。このPDFは保険書類でもあるんだ」

 本以外にも、ティーン時代から集めている何千着ものロンドンのストリートウェアの古着や、70年代のクラブウェアのリストをPDF化している。画面をスワイプしながら見せてくれたのは、ヴィヴィアン・ウエストウッドのアイコニックなデザイン。たとえば1975年頃の、バッジやチェーンの毒々しい飾りが目を引く「Venus top」と呼ばれたノースリーブTシャツなど。ほかには、奇矯なパフォーマンスアーティスト、リー・バウリーや、前衛的なファッションデザイナー、クリストファー・ネメスによる、怪しい魅力のアクセサリーがあった。クラブウェアは着古されて傷んでいることが多く入手は至極困難だが、ジョーンズは簡単に諦めたりしない。

「何かが気に入ると、犯人を追う刑事みたいに見つかるまで探し回るのさ」。と言うと、彼はいきなり椅子から飛び上がった。空山の作品のひとつを探しに行ったのだ。どうやら1週間前、彼がロンドンにいる間にこの家に強盗が入ったらしい。ひとたび作品の所在を確認すると、彼はまた椅子に腰かけてPDFを閉じた。「コレクションしているものを“所有”しているとは思っていないよ。自分が生きているうちは持っていられても、そのあとは誰かの手に渡る。手もとに置いておけるのは、わずかな期間でしかないんだ」

 フルネームはキム・ニクラス・ジョーンズ。イギリス人の父親とデンマーク人の母親のもと、彼はロンドンで生まれた。父親が灌漑(かんがい)事業を専門とする水文地質学者だったため、一家は転居を繰り返した。エチオピア、ケニア、タンザニア、ボツワナ―― 子ども時代の大半を過ごしたアフリカで、ジョーンズは世界というものが、マーケティング業者やエコノミストが支配するちっぽけな場所ではないことに気づいた。そのパノラマは広大で変化に富み、まだほんの子どもだった彼も、さまざまな民族衣装の鮮やかなスタイルに深い感銘を受けたという。強い陽光を浴びるケニヤやタンザニアの平原と、マサイ族がまとう赤と青の格子布のコントラストが、ファッションの原風景として彼の脳裏に焼きついているそうだ。

 一家は、ジョーンズが14歳のときロンドンに戻った。独立して家を離れた姉のナディア(現在は豪ブランド「Nique」のクリエイティブ・ディレクター)が大量に残していった『Face』や『i-D』マガジンのおかげで、彼はイギリスのインディーズファッション誌に開眼する。これが人生のターニングポイントとなり、ジョーンズはロンドンで広まっていた“ストレートエッジ”という新しいムーブメントにのめり込んだ。つまり、飲酒もドラッグもカジュアルセックスもしない生き方の熱心な信奉者になった。この思想の背景にあるのは、80年代初期から90年代のハードコア・パンクシーンだ。

「僕が好きだったのは、『マイナー・スレット』『ゴリラ・ビスケッツ』『シェルター』」。いずれもストレートエッジを標榜していたバンドだ。そんなわけで、今もジョーンズはめったに酒を飲まない。「あの頃は友達みんながストレートエッジに夢中だったし、僕はコンサートにもよく通ったよ。そのあとファッションに興味を持つようになってはじめて、“あれは結構面白い体験だったな”って気づいたんだ。ストレートエッジの信奉者は、民族衣装のような強烈な“ビジュアル・アイデンティティ”をもっていてね。誰もがある特定のシューズに、特定のボトムをはいていたんだ」

 ジョーンズはロンドンのカンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツで、グラフィックデザインと写真を学んだあと、セントラル・セント・マーチンズでメンズウェアの修士号も取得した。昔からメンズウェアの世界は、ウィメンズより地味で華やかさに欠け、キャリア上でも表舞台に出にくいと思われている。だが、ただ単に自分自身と友人のために服をつくりたかったというジョーンズは、メンズウェアの道を選んだ。そんな彼が崇拝するのは、ヴィヴィアン・ウエストウッド、アレキサンダー・マックイーン、マルタン・マルジェラ、ヘルムート・ラング、ラルフ・ローレンといったデザイナーである。だが誰より一番影響を受けたのは、「ギミー ファイブ(註:ストリートファッションを英国に広めたブランド)」を設立したマイケル・コッペルマンだという。コッペルマンのおかげで、ジョーンズは当時ヨーロッパではほとんど知られていなかった、日本のハイエンドなストリートファッションの世界を目にする機会を得たのだ。

「『グッドイナフ』の藤原ヒロシ、『ア・ベイシング・エイプ』のNIGO®、『アンダーカバー』の高橋 盾といった人たちに出会えたのは、僕がまだ本当に若い頃だった。イギリスで知られるようになる前に、彼らの作品を見たんだけど、それが驚くほど見事なクオリティでね。“ストリートウェア”ってたまに見下した感じで使われる言葉だけど、彼らの服は多くのデザイナーズものよりずっと丁寧に作られていたよ」。

こうして彼も、同じように“斬新なのにウェアラブルな服”を作ろうと心に決めた。日本のストリートウェアは時代の先を行きながらも、伝統を重んじたものづくりをする。メインアイテムはバイカーデニムやミリタリーパーカ、ベーシックなクルーネックのスウェットといった定番服なのに、マニアックなまでに職人技を突き詰める。その一例が日本のセルビッジデニム(註:布端にほつれ止めを施したシングル幅のデニム地)だ。このコットンデニム地は旧式のシャトル織機(註:横糸を内蔵したシャトルという道具を縦糸の間に通して織る)を使うため、製織スピードはかなり遅く、限られた量しか作れない。

一方、新型の織機を使えば生産効率は格段に上がり、表面が均一でなめらかな布ができるが、旧式の織機が生むムラや凸凹にこそ独特の味わいと価値があるとみなされている。この時代錯誤とも呼べる技術への強固なこだわりこそが、日本で生まれる多くのファッションに共通する特徴なのかもしれない。

 2002年、ジョーンズがセントラル・セント・マーチンズで卒業制作のコレクションを発表すると、その半数を当時ディオールのアーティスティック ディレクターだったジョン・ガリアーノが買い取った。それはストリートウェアやデニム、「手編みの奇妙な」スクールボーイ風ブレザーなどを織り交ぜたコレクションだったという。翌年には、自分の名を冠したブランドを立ち上げ、ロンドンのファッションウィークに参加。ラグジュアリーなストリートウェアをテーマに、ごく普通のショートブルゾンやベストにペルーの民族布をあしらった服や、左右色違いで絶妙なルーズ感のジーンズをはいた上半身裸のモデルを登場させた。

コレクションの大半は日本で制作し、彼が感銘を受けたこの国独自の技術や素材を活かし、品質にもこだわった。そんなジョーンズは日本でカルト的で熱狂的な支持を集め、今も彼が東京に行くと、ファンたちが当時の服を差し出してサインを求めてくるという(昨年は日本のGUとタッグを組み、自身のブランドのアーカイブから気に入りの数点を復刻し期間限定で販売した)。

 

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