BY THOMAS CHATTERTON WILLIAMS, PHOTOGRAPHS BY NIGEL SHAFRAN, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO
その後は、英スポーツメーカー「アンブロ」、彼の師が率いる「アレキサンダー・マックイーン」、友人カニエ・ウエストが「イージー」の前に企画して立ち消えになった「パステル」などとコラボレーションを行なった。2008年には、1世紀の歴史を誇るイギリスの「アルフレッド ダンヒル」に着任。メンズ・プレタポルテにビスポーク、レザーグッズを展開するこのブランドで、クリエイティブ・ディレクターとして活躍した。
ジョーンズはキャリアを積むうちに、スポットライトに当たるより、舞台裏にいるのを好むようになっていった。才能に満ちあふれ、成功していたアレキサンダー・マックイーンでさえ、自身のブランドを維持するプレッシャーに悩まされていたのを彼は間近で見てきたのだ。ジョーンズは、伝統あるブランドのレガシーに浸りきることに大きな喜びを感じた。なかでもダンヒルには、パイプから、車のクラクション、レザーコート、サングラス、スーツ、時計にいたるまでのアーカイブと着想源が無限にあり、自由な創作ができた。「僕自身のブランドは8年ほど続けたよ。評判は良かったし人気もあった。でも自分がやりたかったこととは違ったんだ。僕はブランドがもつDNAをもとに、創作するのが気に入っている。この方法で、あっと言わせる何かを生み出すのが好きなんだ」
ダンヒルに3年在籍後、ジョーンズは2011年にルイ・ヴィトンに抜擢され、メンズ・プレタポルテとアクセサリー部門を統率する。それはちょうど、同メゾンのアーティスティック ディレクターだったマーク・ジェイコブスが、村上隆やリチャード・プリンスとコラボレーションを始めた頃だった。ジェイコブスは、村上のアイコニックなチェリーブロッサム(2003年)や、プリンスの皮肉めいたジョークやスプレーアート(2007年)で飾ったモノグラムのバッグや財布など、次々ヒットアイテムを生んだ。こうした流れのなかで、すでに希薄になりつつあったアートとファッションの境界線は消えていった。
一方のジョーンズはラグジュアリーとアスレジャーを融合した先駆者として“垂涎もののデイリーウェア”を生み、ルイ・ヴィトンに新境地を切り開いた。彼の見事な舵取りのおかげで、2017年にはフレンチ・ラグジュアリーブランドであるルイ・ヴィトンと、“ストリート界のルイ・ヴィトン”と呼ばれるNYのスケーターブランド「シュプリーム」のコラボレーションが実現する。その反響を見てわかったのは、執拗に反復されるロゴの訴求力と、意図的な“品薄状態”がいかに購買欲をそそるかということだった(ちなみにルイ・ヴィトンの神髄というべきトランクは、赤地に白のモノグラムが施され、中央にはパスポートのスタンプ風にシュプリームのロゴが飾られていた)。
こうして数々の旋風を巻き起こしたジョーンズが、メンズファッションの革新に大きく貢献したのは誰の目にも明らかだろう。そして、彼の退任後バトンを引き継いだのは、ソーシャルメディアのインフルエンサーで、ユース カルチャーを牽引するヴァージル・アブローだ。古くからの友人であるアブローはカニエ・ウエストとともにジョーンズのロンドンの家によく泊まり、無数の本をめくりながらインスピレーション ソースを探していたという。
ジョーンズは、ディオール メン(エディ・スリマン以降は『ディオール オム』だったが彼が英語表記にした)に着任後まもなく、大胆な方向転換を図った。感性やビジョンが変わったのは、ブランドアイコンの新しい“ビー(ハチ)”のモチーフを見ればすぐにわかった。エディ・スリマンの時代、昆虫モチーフといえば攻撃的な印象のモノクロのハチだったが、ジョーンズはストリートアーティストのKAWS(カウズ:「サマー 2019 コレクション」の巨大な花のオブジェも制作した)に依頼して、モコモコした黄色い縞模様のミツバチに替えた。ディオールのアイコニックなスーツも、このミツバチと同じボリュームとソフトさが加えられた。ジョーンズのスーツはスリマンのスーツと同様、男性だけでなく女性も着ることができる。だがジョーンズの長年の友人であるケイト・モスによると、スリマンの有名なスキニースーツは彼女の全盛期でさえ、タイトすぎて着られなかったらしい。
ディオールのメンズのアトリエは、シャンゼリゼ通りから脇に入ったひっそりとした通りにある。クリスマス前のある午後に訪れると、ロビーに立った真っ白なツリーは、ふんわりした可愛らしい「ビー」で飾りつけられていた。これを見ても、アートとファッションの共生というコンセプトが、今やメゾンの奥深くまで浸透しているのがわかる。しかしジョーンズによると、これはむしろディオールの原点に立ち返る動きなのだそうだ。
クリスチャン・ディオールを「モード界の頂点に君臨するデザイナー」と呼ぶ彼は話を続けた。「ムッシュ ディオールは、もともとピカソやサルバドール・ダリ、マックス・エルンストといった当時活躍していたアーティストと仕事をしていたギャラリストだったんだ。このメゾンに根ざしたアートというものを僕はデジタル世代に向けて発信していきたいと思っている」。ディオールではすでにKAWSや空山といったアーティストと手を組んできたジョーンズ。こうしたコラボレーションは、彼の創作と切り離すことができない大事な要素のひとつなのだ。
僕らはその後、21名の職人が仕事をする小さなアトリエを訪れた。そこでは「ウィンター 2019-’20 コレクション」で披露する一連のコラボレーションピースが制作されていた。それはアメリカのパンクシーンで活躍してきたアーティスト、レイモンド・ペティボンの既存作品と描き下ろしのドローイングを、緻密なビーズ刺しゅうで再現したトップスだった。ディオールでのジョーンズは、クチュールメゾンならではの贅沢な素材と卓越した職人技、クチュール技術への知識を最大限に活かした服づくりをしている。そのこだわりはレースや刺しゅう装飾に現れているが、なかでも圧巻だったのが、何千ものガラスビーズで鷲の顔を刺しゅうした、重みのあるノースリーブトップスだった。完成までになんと1600時間もかかったらしい。ジョーンズは職人たちと仕事をするようになってから、服に対する見方が変わったと言う。
「ディオールではアトリエという現場ですべてが行われる。そこでは休みなく何かがつくり出されていて、3日たてば服がもう形になっている。デザイナーとしては最高の環境にいると思うよ」