BY KEIKO HONMA

漆のパネルがはめ込まれた ケース。中に口紅やパウダ ー、鏡を収納し、上部のリ ングに指を通して持ち歩いた。《日本の漆のコンパクト ケース》(1921年)〈ゴールド、 プラチナ、ラッカー、ダイ ヤモンド〉/ブシュロン プ ライベート コレクション
一世を風靡した装飾芸術から鮮やかに浮かび上がる女性の姿
数ある万国博覧会のなかでも、とりわけデザイン史に大きな影響を残したのが、今から100年前、1925年にパリで開催された『現代装飾美術・産業美術国際博覧会』だ。のちに「アール・デコ博覧会」と呼ばれるようになったこの催しが、再び注目されている。
大阪中之島美術館で開催される『新時代のヴィーナス!アール・デコ100年展』では、当時の女性たちの姿にフォーカス。ポスターや車、ドレスなどとともに並ぶ、ブシュロンのジュエリーが見どころだ。
会場は6つの章に分けられており、第1章「アール・デコ博とデコ・スタイル」では、この時代を特徴づける幾何学的な形態や、エキゾティックな装飾を取り入れたデザインが紹介される。ここに展示されるブシュロンの《日本の漆のコンパクトケース》に目を留めると、見事な蒔絵がはめ込まれていることに驚かされる。
鉄道や船舶など、この時代に発達した交通手段で世界の果てから運ばれてきた異国の品々は、ヨーロッパの人々を魅了した。万博に参加した国々の珍しい文物にも、誰もが息を呑んだ。1858年に創業したブシュロンは、19世紀末のアール・ヌーヴォーの時代にはすでに東洋風のデザインを手がけていたパリの老舗。最高に目新しくファッショナブルな装飾として日本の漆をいち早く取り入れ、印籠を思わせる機能的なコンパクトケースに仕立てたのだ。
この時代より前の女性の携行品といったら、貞淑さの象徴のような裁縫道具や、気つけ薬が定番だった。コルセットで身体をきつく締め上げていたためしばしば失神し、気つけ薬を必要とした。だが20世紀の女性たちはコルセットはつけない。宝石のようなコンパクトケースに口紅やタバコを入れて、街を闊歩する。ひとつの作品から、女性の日常の変化までもが見えてくる。

プラチナを駆使した軽やかで繊細な細工。シルク ロングネックレス(1920年)〈プラチナ、シルク、ダイヤモンド〉/ブシュロン プライベート コレクション

裏返して着用することもできる、装飾性と機能性を兼ね備えたデザイン。昼はゴールド、夜はプラチナを表にしてオンとオフを切り替えられる。リバーシブル ブレスレット(1935年)〈ゴールド、プラチナ、エメラルド〉/ブシュロン プライベート コレクション

第2章「スピードの時代と女性」に展示されるポスター。女性が電話をかけている。『ヴォーグ』1929年4月27日号(1929年)/サントリーポスターコレクション(大阪中之島美術館寄託)

時計は解放と自律を象徴するアイテム。仕事とレジャーの時間を女性たち自らが管理するようになった。懐中時計(1930年)〈プラチナ、ラピスラズリ、ロッククリスタル、ダイヤモンド〉/ブシュロン プライベートコレクション

当時のポスターには旅やゴルフを楽しむ女性の姿が。ロジェ・ブローデル《温泉地ヴィシー、スポーツ、旅行、劇場(PLM鉄道)》(1928年)/サントリーポスターコレクション(大阪中之島美術館寄託)
「新たな創造性と真の独創性」をどこまでも追い求めて
アール・デコは二つの戦争の間に巻き起こった旋風だった。第一次世界大戦の前と後では日常生活のスピードや価値観、モラルが大きく変わり、ファッションも目覚ましく変わった。長い髪はショートボブに、床まで届くドレスは膝丈に。戦争に駆り出されて帰らなかった男たちの不在を埋めるため、女性は社会に出て働き始め、カフェや劇場通いといった娯楽に加えて、テニスや海水浴に繰り出すアクティブな女性たちも登場した。今回の展覧会では、第2 章「スピードの時代と女性」、第3章「ヴィーナスたちのファッション」、第4章「ヴィーナスたちの仕事とレジャー」で新時代の女性たちの生き方が語られる。
この時代のファッションは、すっきりとしたシルエットのローウエストのドレスが主流。それがシンプルであればあるほど、ジュエリーは重要性を増していった。第6章「ヴィーナスたちの憧れ!ジュエリーと摩天楼」では、これぞアール・デコといったリネアな造形や、華やいだ色彩のヒストリカルピースがさまざまに並ぶ。

二つに分けても使えるトランスフォーマブルな構造。ダブル クリップ ブローチ(1937年)〈プラチナ、アクアマリン、ダイヤモンド〉/ブシュロン プライベート コレクション
たとえば《ダブル クリップ ブローチ》は、プラチナやダイヤモンドの白さとアクアマリンの澄んだ青とのコントラストが鮮やか。このブローチは中央でセパレートし、二つに分けて使える機能的なデザインだ。アール・ヌーヴォーの蛇のように曲がりくねった線とは異なる、シャープでクリアな造形は、この時代のひとつの典型といえる。このタイプのブシュロンのクリップは英国王室のロイヤルコレクションにもあり、かつてはエリザベス女王も愛用したという。
また、第5章「最高のヴィーナス、それは私!」でスポットライトがあたるのは、稀代のパフォーマー、ミスタンゲット。彼女はアール・デコ博覧会のパリュール(装身具や服飾、香水)部門の開幕を祝うガラにも登場した、ナイトショーの女王だ。

大粒のエメラルドにあしらわれているのはインド風の花や葉の彫刻。ルイ・ブシュロンは実際にインドへ買いつけの旅をしたことがあり、1928年にはパティアラのマハラジャをヴァンドーム広場の本店に迎えた。彫刻の入ったエメラルドのブローチ(1930年)〈プラチナ、ブラックエナメル、真珠、エメラルド、ダイヤモンド〉/ブシュロン プライベート コレクション
グラン・パレを会場としたパリュール部門の出展ルールは「新たな創造性と、真の独創性をもつ作品」であることだった。ルイ・ブシュロンは気鋭のデザイナー、ルシアン・イルツを起用して、目を見張るほどインパクトのあるドゥヴァン・ド・コルサージュ(胸飾り)を制作し、パリュール部門の宝飾カテゴリーに出品。作品にメゾンの名前とともに職人の名前も記して展示するよう、ほかの出展ジュエラーにも求めたという。デザイナーや職人は裏方であり、その存在を表に出さなかった当時の風習に逆らう、ブシュロンの革新だった。

白一色のジュエリーはこの時代の流行の最先端。バックルベルト型のブローチ(1925)〈ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド〉/ブシュロン プライベート コレクション
新しいものを生み出そうという熱いエネルギーに満ち満ちていたからこそ、この時代のジュエリーはどれもモダンで力強い。現代でも十分通用する都会的な感覚が、デザインからあふれくる。
現代のブシュロンが仕立てるハイジュエリー「ヴァンドームリズレ」も、アール・デコの様式美を踏襲しながらコンテンポラリーな洗練が備わり、少しも古さを感じさせない。なぜならアール・デコは、今誰もが享受している「モダンなライフスタイル」のスタート地点。いわばルーツなのだから。
アール・デコ博覧会の開催は1925年。重苦しい19世紀的なものをすっかり払拭し、20世紀の新潮流が生まれるのに25年かかった。歴史のアップデートはカレンダーをめくるようにはいかないのだ。それなら21世紀を迎えて25年がたった今、もしかしたらまったく新しい潮流がすでに脈動を始めているのではないだろうか。
ブシュロンのジュエリーとともに100年前の社会をめぐる『新時代のヴィーナス!アール・デコ100年展』は、そんな気づきを与えてくれる稀有な展覧会だ。
100年の軌跡につながる、ブシュロンの現在進行形
アール・デコの建築様式に触発された現代のコレクション「ヴァンドーム リズレ」。ブシュロン本店があるヴァンドーム広場の形のエメラルドカットダイヤモンドが輝く。
![画像: (左)「ヴァンドーム リズレ ソリテール リング」〈ダイヤモンド、18KWG、ブラックラッカー、センターダイヤモンド2 ct〉¥12,408,000(予定価格)、(中)ブラック&ホワイトのシンプルな造形美が目を引く、お揃いの「ヴァンドーム リズレ ネックレス」〈ダイヤモンド、18KWG、ブラックラッカー〉¥43,164,000(予定価格)[※ともに本展の展示作品ではありません]/ブシュロン クライアントサービス(ブシュロン)TEL. 0120-230-441(右)パリ・ヴァンドーム広場26番地に構えたブシュロン本店。1893年にパレ・ロワイヤルから移転し、以来ずっとここにたたずむ。 PHOTOGRAPHS: COURTESY OF BOUCHERON](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783302/rc/2025/09/10/01143e1915254103bf04ddd5511ab8d83424b925_large.jpg#lz:orig)
(左)「ヴァンドーム リズレ ソリテール リング」〈ダイヤモンド、18KWG、ブラックラッカー、センターダイヤモンド2 ct〉¥12,408,000(予定価格)、(中)ブラック&ホワイトのシンプルな造形美が目を引く、お揃いの「ヴァンドーム リズレ ネックレス」〈ダイヤモンド、18KWG、ブラックラッカー〉¥43,164,000(予定価格)[※ともに本展の展示作品ではありません]/ブシュロン クライアントサービス(ブシュロン)TEL. 0120-230-441(右)パリ・ヴァンドーム広場26番地に構えたブシュロン本店。1893年にパレ・ロワイヤルから移転し、以来ずっとここにたたずむ。
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF BOUCHERON
特別鑑賞会&トークイベント開催
ブシュロンのプライベート コレクションから貴重なアーカイブ作品が展示される『新時代のヴィーナス!アール・デコ100年展』。一日限りの特別鑑賞会&トークイベントは、ここでしか聴くことのできないトークと展覧会のプライベート ビューイングが楽しめるチャンス。
日時:2025年10月27日(月) 第1部 13時~/第2部 16時~
トークイベント登壇者:大阪中之島美術館主任学芸員・平井直子氏、ジュエリー/時計ジャーナリスト・本間恵子氏、T JAPAN前編集長・八巻富美子ほか
会場:大阪中之島美術館
入場:無料※事前予約制
ご予約はブシュロン公式LINEアカウントから
特別観賞会&トークイベントに T JAPAN 読者12名様をご招待!
上記の特別観賞会&トークイベントに、日ごろT JAPAN をご愛読くださっている読者の方の中から、第一部と第二部 各3組(1組につき2名で6名様)、合計6組(12名様)をご招待いたします。
締め切り:2025年10月7日(火)23時59分まで
※ご応募には集英社ID(ハピプラのプラス会員)へのご登録が必要です。
※ご登録の情報に基づいて、抽選・発送等の手続きを行います。応募前にご登録情報が最新のものであることを必ずご確認ください。
※当選発表は、当選者へのご連絡をもって代えさせていただきます(2025年10月10日頃の通知予定)
※ご応募いただいた方の個人情報は、この企画の遂行およびハピプラの進行運営のために使用し、その他の目的では利用いたしません。個人情報の管理については、集英社が責任を負い、これを厳重に保管・管理いたします。
『 新時代のヴィーナス! アール・デコ100年展』
会期:10月4日(土)〜2026年1月4日(日)
会場:大阪中之島美術館
大阪府大阪市北区中之島4の3の1
開館時間:10時〜17時(入場は16時30分まで)
休館:月曜、12月30日〜2026年1月1日。祝日の月曜は開館、翌日の火曜は休館
観覧料:一般¥2,000、高・大学生¥1,600、小・中学生¥600
問い合わせ:TEL. 06-4301-7285(大阪市総合コールセンター)
公式サイトはこちら
《2枚の切り札、ヴィオレ社》(1920年)/サントリーポスターコレクション(大阪中之島美術館寄託)