BY OGOTO WATANABE, SELECTED BY MAYU YAUCHI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO

編み目の間に天使が住むニット。花を持つ天使、フルーツを大切そうに抱える天使、編み棒を胸に抱く天使などなど。ニット¥321,000/ピリングス
原点は、小学生のときに着ていた”オカンの手編みのセーター“
ピリングス(pillings)。毛玉の複数形――、“毛玉たち”という意味だ。デザイナーの村上亮太は、2014年に「(リョウタムラカミ(RYOTAMURAKAMI)」を立ち上げるが、2021年春夏コレクションからブランド名を「ピリングス」に改めた。
毛玉ができるくらい長く愛用され、つづいてゆくブランドをつくること。毛玉のように取り去られてしまったり、捨てられてしまう小さきものに魅力を見出せるような、新しい価値をつくりだすこと。「ピリングス」には、そんな決意がこめられている。
村上は小学3年生の頃、大阪から兵庫へ転校した。やんちゃな気風、耳慣れない言葉に緊張する日々。服がみんなと違うことでもからかわれた。当時、クラスの男子はたいてい「プーマ」などロゴ入りのスウェットを着ているなか、村上は母の手編みのセーターを着ていた。“くまちゃん”が編み込まれていることもあった。学校に行くのをしぶり始めるが、理由は口にできなかった。不登校になり、担任の先生も訪ねてくる。そんなある日、思わずポロリと服のことを言うと、母は(ちょっと傷ついただろうし、半ばキレつつも)、あっけらかんと笑って言った。「そしたら好きなもの着たらええやろ!」
そこから、村上は自分で服を選ぶようになる。みんなと同じ格好をしてみたくて、服に興味を持った。クラスのお洒落な男の子の着ているものをちょっと取り入れてみたり(そのまま真似をするには躊躇があったそうだ)。そうこうするうち、6年生の頃には、からかわれた子たちからも「その服、いいね」などほめられるようになり、うれしかった。
中学に入ると、近所にできた古着屋に通うようになり、店主に話を聞いたり「ラルフ ローレン」を教えてもらったり。雑誌も熱心に読んだ。やがてコム デ ギャルソン、マルジェラなどのデザイナーを知るにつれ、ファッションは自分をよく見せるため、モテるためだけのものではなく、時代を表現したり、その時代に生きる人を考えたりする哲学的な一面もあることに気づく。ファッションを学びたいと思い、大阪の専門学校に入学。卒業後は上京し、山縣良和の「リトゥンアフターワーズ」でインターンをしながら、山縣の主宰する「coconogacco(ここのがっこう)」にも通う。

ベースはシンプルなフェアアイル柄のニット。網目の間にシワを編んで仕上げていく。内側の一部が表出して一体となっている様子に、人間そのもののたたずまいを感じる。「シェイプは心の形というか、布と身体の距離感やたまり、シワやねじれ、そういうものがその人のアティチュードになっていくと思います」。ニット¥231,000/ピリングス
「coconogacco(ここのがっこう)」では、ものづくりをしながら、“自分とは何者なのか”“あなたらしいものは何ですか”ということを、徹底して追究する。その頃の村上は、憧れのデザイナー達の服のような“カッコイイ”ものをあれこれと作っていた。しかし、「これは、あなたではないよね」と言われる。模索すれども五里霧中、焦る日々。ある時たまたま、母が昔、編んでくれたセーターを持っていったら、みんなにワッと面白がられた。自分にはイヤな思い出しかないはずのものが、おおいに受けた。同時に、なんであのとき、母親の手づくりのニットは“ファッション”として認められなかったのか、という疑問がわいた。「毛玉ではないけれど、ファッションのなかで仲間はずれにされてしまうものーーそこにもファッションの価値を持たせられないだろうか」という思いも。

実寸は1.5から1.7倍あるニットに、洗いをかけて急激に縮める“強縮”を施したもの。「普通、ニットにやってはいけないといわれることをフルスペックでやったらこうなるという感じです(笑)。」表のニットは縮むが裏地のコットンは縮まない。縮率の差を活かして、布が中から外へ吹きだしていたり、ポケットの上のダーツ部分に布をはさみ、波打たせてみたり。緻密な計算のもと、職人と協働してディテールを作り出した。ベスト¥61,600/ピリングス
社会や時代との向き合い方が、ファッション表現の主題

2026年春夏コレクションのテーマは「mybasket」。いわゆる“まいばす”のこと。日常のルーティーンのようなもので、便利でなんでも手に入るようで、なんだか少し物足りない場――。「でも、部屋から出ることのなかった人が、バッグを持ってとりあえず”まいばす“へ。人によってはそれが大きな挑戦、冒険でもあると思うのです。内から外へ出る最初の1歩のようなイメージです」。モデルのヘアはボサボサで寝起き風。この時代に生きる人たちへの村上の眼差しと、その温かさにハッとさせられる。
COURTESY OF PILLINGS
「社会や時代との距離感、そこに対する向き合い方。時代にハマるときもあっていいし、ハマらないならその距離をどう作れるかが、自分のなかのファッション表現のテーマです」と村上は言う。今の時代をどう生きるのか、それを考えるのが面白いのだ、と。
「ファッションってある意味、めちゃくちゃ軽いもの。哲学本のように難しいものではなく、服は可愛いとか素敵ということで手にとってもらえる。その入り口の低さ、間口の広さがファッションの魅力だと思う。入ってもらったら、その先にもう少し何かあると感じてもらえるものをつくりたいと思っている。でも、難しくある必要はなくて、やはり、まずは可愛いとか楽しいとか感じてもらえたらいいんです」。

ブローチ「アリさん」。蟻は、ピリングスの作品によく登場する。「小さい頃から、下を向いて歩くな、とよく注意されました。下を向いて歩きたい日もあると思います。そういう人たちとの共通言語として、蟻をモチーフに使い始めました」。足もとに目を向けてこそ見える景色がある。都会の地面にも、ひたむきに日々を営む命がある
COURTESY OF PILLINGS
この先、世紀を超えて続いてゆくメゾンになるーその願いの背景にあるもの

引き返し編みという技法でうねりを出しながら、いびつに編んでいく。パフスリーブよりも甘すぎない、袖の表情も絶妙。「西洋では身体のラインをどう美しく見せるかということを重視するが、日本の偉大なデザイナーたちは身体の線を見せず、隠しながらどう情緒を見せていくかを表現し、世界を相手に道を拓いてきた。そこに大きなリスペクトを感じています。」実際に着てみると、身体も腕回りもふわりと包み込んできれいに見せてくれるのもうれしいが、軽くて温かくて、そして着ていてなんだか楽しい。カーディガン¥88,000/ピリングス
「ピリングス」という名前にはもうひとつ、村上の願いがこめられている。毛玉(Pilling)にsがついて複数形なのは、1枚1枚を日本各地のハンドニッターたちとともにつくりあげていくから、でもある。「ヨーロッパのメゾンのように、時が過ぎても、自分がいつかいなくなっても、ずっと続いていくブランドにたいと思っています。日本のハンドニッターさんたちの手編みの技って素晴らしいんです。それを絶やさずに未来へつなげていきたい」。

冒頭の写真のニットの編み目に住む天使はひとつひとつ手仕事で作られている。「ピリングス」のニットを編み上げる、全国にのべ120人いるニッターさんたちをイメージして作られた天使たちなのだそう

村上亮太(むらかみりょうた)
1988 年大阪府生まれ。上田安子服飾専門学校を卒業後 coconogacco を経て、2014 年に RYOTAMURAKAMI を設立。 2016 春夏コレクションより東京コレクションに参加。2020年、ブランド名をpillingsに改める。2022年に「東京ファッションアワード 2022」受賞。2023年末よりサザビーリーグのサポートを受け、デザイン活動を行う。2025年、LVMHプライズのセミファイナリスト選出。ニットスクール「アミット」も主宰し、手編み文化の継承と職人の育成にも力を注ぐ。
COURTTESY OF PILLINGS
ピリングス(リトルリーグ インク)
TEL.0800-300-1291
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