伝統的な農法「馬耕」と無農薬のジャパニーズ・テロワールで育んだ稀少な酒米「五百万石」で醸した日本酒「田人馬(たじんば)」。伝統農法を復活させ、酒造りに至るまでの長い道のりについて話を聞いた

BY SAYAKO SAKAMOTO, PHOTOGRAPHS BY KENICHI YAMAGUCHI

「馬耕(ばこう)」をご存知だろうか。その字が表すとおり、馬に田畑を耕してもらう伝統農法のひとつだ。日本においても馬の歴史は古く、弥生時代末期頃にまで遡ると言われているが、戦力として重用された馬は、江戸時代に農作業に用いられるようになり、明治時代には農耕馬として重要な役割を担うようになる。しかしながら、近代化の波に、輸送、農耕手段は機械にとって代わられ、1950年代には馬搬・馬耕の使い手である「馬方(うまかた)」という職業も衰退の一途をたどっていった。

 2000年代、国内で馬方を生業としている人は数えるほどしかおらず、最後の馬方のひとりとなったのが、岩間 敬(たかし)さんだ。乗馬クラブでの勤務を経て、故郷の岩手県遠野市で乗用馬の繁殖、調教に携わっていた。馬術でオリンピックに出たいという夢はあったものの、“馬とともに働く”とは思ってもいなかった。そんな折、馬方という職業と出会う。“働く馬”への興味から、当時、遠野でも数少なくなってしまっていた、馬方の菊池盛治氏と見方芳勝氏に師事し、約5年で技術のイロハを習得した。

画像: 岩間 敬(TAKASHI IWAMA) 1978年、岩手県遠野市生まれ。「一般社団法人馬搬振興会」代表理事、「三馬力社」代表。建築家を目指し専門学校を卒業後、東京の乗馬クラブに勤務。その後帰郷し、乗用馬の繁殖・調教を行う会社に勤務しながら、農林業に携わる。2010年、「遠野馬搬振興会」を立ち上げる。2012年、岩手競馬・馬事文化賞受賞。2016年には「一般社団法人馬搬振興会」を設立。2020年、「三馬力社」代表取締役に就任。馬と人がともに働く機会の創出や、西アフリカでの馬耕指導をはじめ、畜力活用技術指導による国際貢献にも尽力している。2011年英国馬搬技術コンテスト・シングル部門優勝。2012年岩手県競馬・馬事文化賞受賞。2012年欧州馬搬選手権シングル部門7位

岩間 敬(TAKASHI IWAMA)
1978年、岩手県遠野市生まれ。「一般社団法人馬搬振興会」代表理事、「三馬力社」代表。建築家を目指し専門学校を卒業後、東京の乗馬クラブに勤務。その後帰郷し、乗用馬の繁殖・調教を行う会社に勤務しながら、農林業に携わる。2010年、「遠野馬搬振興会」を立ち上げる。2012年、岩手競馬・馬事文化賞受賞。2016年には「一般社団法人馬搬振興会」を設立。2020年、「三馬力社」代表取締役に就任。馬と人がともに働く機会の創出や、西アフリカでの馬耕指導をはじめ、畜力活用技術指導による国際貢献にも尽力している。2011年英国馬搬技術コンテスト・シングル部門優勝。2012年岩手県競馬・馬事文化賞受賞。2012年欧州馬搬選手権シングル部門7位

 2010年、「遠野馬搬振興会」として馬搬文化の普及と発展を志すも、目の前の課題は山積した。なぜ、馬方という存在がほとんど知られていないのか。農林業の需要はあるのに、馬搬が普及しないのはなぜか。ただ、後世に馬方の技術を遺したいという気概だけでは、状況を打破できるのもではないということは、はっきりしていた。英国では馬搬文化が盛んなことに着目した岩間さんは、伝統の継承をこのまま続けていく意味や、未来へのヒントを求め、2011年5月、渡英を決意する。

 英国での経験は、岩間さんのビジョンをより明確なものにしてくれた。働く馬とその使い手を増やすことで、日本でも事業化を目指すことができる。馬方の人材、そして馬の育成を行うため、まずは自ら方々へ出向いて講演をしたり、指導することに着手。新たに馬方を目指す人材の発掘と、大切なパートナーである馬の調達・調教にも尽力した。

画像: 広い林道が作られていない山では、機械や車両が入れず木材の運搬に困難を来たす。そこで活躍するのが馬搬だが、その技を会得するには、5~10年の月日を要するという

広い林道が作られていない山では、機械や車両が入れず木材の運搬に困難を来たす。そこで活躍するのが馬搬だが、その技を会得するには、5~10年の月日を要するという

 馬を引き取り、馬搬・馬耕用に調教するのは容易ではない。だが、“馬と話すことができる”岩間さんが手塩にかけ、2頭しかいなかった馬はやがて10頭に。また、なかには馬と関わった経験のない人もいた志願者たちに、馬方の技術を一から教えた。5~6年後には5名ほどの弟子が育った。そして2016年、前身となった振興会は「一般社団法人馬搬振興会」とし法人格を取得し、全国で普及啓発、人と馬の育成と技術指導を開始した。

画像: 馬耕の技術の習得には約1~2年間かかる

馬耕の技術の習得には約1~2年間かかる

 その頃には、フランスではブドウ農園をはじめ、馬耕を導入している農場が多く見られるようになっていた。馬耕によって耕される畑の土はやわらかく、馬糞が天然肥料となる。馬の歩幅で作られる畝幅は機械のそれより狭く、より多くの葡萄の木を効率よく育てることができるのだ。岩間さんは、自然派ワインの需要も増えるなか、馬耕は、一石二馬ならぬ時代に見合う合理性とし、これからの農業への汎用性の高さを予感した。

「ヨーロッパでは、馬耕で栽培したブドウから作ったワインの価値が認められていて、馬で作業することでブランディングされています。日本でも誰もが身近で楽しめるものを用いて、馬方という存在、馬耕という技術を多くの人に知ってもらえたら」。岩間さんは、以前から馬耕で作る米を「馬米(うまい)」と登録商標し、生産してきたということもあり、馬耕で酒米を育て、日本酒を造ることを思いついたという。

画像: 馬との共同作業は信頼関係そのもの。のちに酒米を植える予定の水田を耕す

馬との共同作業は信頼関係そのもの。のちに酒米を植える予定の水田を耕す

 そして、新潟・魚沼の地で日本酒造りの第一歩は踏み出された。馬耕した田んぼに、酒米となる津南産「五百万石」を植え、無農薬で育てる。こだわりは、原料となる酒米を育てるすべての工程を手作業でこなしていく丁寧なものづくりだけではない。ワインの品質の決め手となる原料のブドウは、そのテロワール(土地)を映し出す。岩間さんの取組みは、言うならば、馬とともに耕した“ジャパニーズ・テロワール”のポテンシャルを日本酒で体現する―― そんな挑戦でもあった。

画像: 田人馬 © 三馬力社 youtu.be

田人馬
© 三馬力社

youtu.be

 馬耕した田んぼで丹念に育てられた酒米は、地元新潟・津南の酒造会社「津南醸造」と、もともと馬耕に関心を寄せていた京都・伏見の老舗酒蔵「招徳酒造」の協力を得て、日本酒「田人馬(たじんば)」へと生まれ変わった。「なぜ、『田人馬』という名前になったと思いますか?」と、岩間さん。“田”で“人”と“馬”が働く姿そのもの、を名前にしたのだという。

画像: (左)津南醸造 製造「田人馬 白 2021」純米大吟醸<720ml>¥110,000(限定1,000本) 原材料/米・米こうじ(津南産五百万石100%使用)、アルコール分/17% 希少な原料米を使い、通常の酒造りの数倍の時間をかけたこだわり一品。味わいは一口目から華やかな香りが立ち、奥深く、甘味、酸味、旨味が絶妙なバランスで広がる上品な味わい (右)招德酒造 製造「田人馬 黒 2021」生酛<720ml>¥110,000(限定1,000本) 原材料/米・米こうじ、アルコール分/15% 既存の日本酒にはない、素朴で野性味がある味わいを目指し、米をあまり磨かず、天然の乳酸菌などの菌が繫殖する生酛つくりで醸造。酸味が強く、旨味成分が豊富で、甘みのある味わいが特徴。原酒を火入れ殺菌してそのまま瓶詰めされているので、1~2年かそれ以上の長期熟成がおすすめ

(左)津南醸造 製造「田人馬 白 2021」純米大吟醸<720ml>¥110,000(限定1,000本)
原材料/米・米こうじ(津南産五百万石100%使用)、アルコール分/17%
希少な原料米を使い、通常の酒造りの数倍の時間をかけたこだわり一品。味わいは一口目から華やかな香りが立ち、奥深く、甘味、酸味、旨味が絶妙なバランスで広がる上品な味わい

(右)招德酒造 製造「田人馬 黒 2021」生酛<720ml>¥110,000(限定1,000本)
原材料/米・米こうじ、アルコール分/15%
既存の日本酒にはない、素朴で野性味がある味わいを目指し、米をあまり磨かず、天然の乳酸菌などの菌が繫殖する生酛つくりで醸造。酸味が強く、旨味成分が豊富で、甘みのある味わいが特徴。原酒を火入れ殺菌してそのまま瓶詰めされているので、1~2年かそれ以上の長期熟成がおすすめ

 田人馬は、白馬と黒馬の二種類。古来、五穀豊穣を祈り、神社に奉納されてきた絵馬にインスピレーションを得て、岩間さんと棚田の馬をイメージしたデザインは、白馬は祈晴、黒馬は祈雨を意味し、日本の原風景や、自然の恵みへの敬意。木箱には、岩間さんが自ら馬搬によって運んだ天然木を使用した。2021年5月13日、ロンドンで開催された世界最大規模のワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」への出品。「田人馬(白)」は、SAKE部門の銀賞を受賞した。岩間さんの挑戦は、早くも世界に向けても芽吹きの時を迎えたのだ。

問い合わせ先
三馬力社
TEL. 080(9287)1411
公式サイト

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