おいしいもののことなら知り尽くすフードライター北村美香さんが自信を持っておすすめする美味の店。作り手の技と思いが凝縮した「食べるべきひと皿」と、おいしさの理由をひもとく連載を、好評にこたえて再開。第一回は、幡ヶ谷に出現した話題の「鮨よし田」をご紹介

BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY MIDORI YAMASHITA

 超高級鮨が東京・銀座界隈を始め、都心を賑わせている昨今、京王線・幡ヶ谷駅から3分ほどの商店街の一角にひっそり佇むハイエンドな鮨店が通の間で話題を呼んでいる。その名は「鮨 東京 よし田」。1階には6メートルを超す木曽檜の一枚板のカウンター、金箔に浮かび上がる桜図の襖絵と、松島を描いた欄間が空間を彩る。檜のカウンターは運び込むのが大変で、そのためお店のオープンを延期したというほど思い入れのある貴重なもの。2階は、前庭を抜けると金箔の天井と木曽檜のカウンター、銀箔に描かれた竹林図。器には人間国宝・十四代今泉今右衛門と輪島塗の老舗・輪島屋善仁の作品が使われている。

画像: 1階のカウンター。6mを超える檜の1枚板は珍しく、このお店のシンボル的存在になっている

1階のカウンター。6mを超える檜の1枚板は珍しく、このお店のシンボル的存在になっている

 大きなワインセラーには、ボルドーの1級シャトーからブルゴーニュなどの銘醸ワインが勢揃い。なかなかお目にかかれないカルトワインや日本酒もラインナップされている。この、鮨にとって最高の舞台を整えることができたのは、1920年創業、世界最高峰の時計やジュエリーを扱う「YOSHIDA」の経営だからと聞けば納得だ。

画像: 美しく並べられたまぐろのねた箱。左から赤身、中とろ、大とろ、かま

美しく並べられたまぐろのねた箱。左から赤身、中とろ、大とろ、かま

 さて、肝心の鮨はといえば、東京の名店で修業後、香港「鮨 とかみ」で2年間握ってきた藤本大輝料理長が板前に。「江戸前の伝統を守りながら、海外で学んだ“今”を感じさせるクリエイティブな仕立てにしています」。藤本料理長が握る鮨の土台となるのは、豊洲のまぐろ専門仲卸「やま幸」。全国の一流鮨店から注文が殺到する、今いちばん勢いのある仲卸だ。こちらのまぐろは全て「やま幸」から。「僕が20歳のときから、やま幸さんにはお世話になっています。扱うまぐろの素晴らしさはもちろんですが、職人の好みに合わせてまぐろを選び、社長自らお店ごとに切り分けてくれるんです。全幅の信頼を寄せています」。

画像: 見事な生うには北海道・函館産。藤本料理長自ら軽トラを駆って、豊洲市場へ毎朝通うからこそ、よいものを仕入れられる

見事な生うには北海道・函館産。藤本料理長自ら軽トラを駆って、豊洲市場へ毎朝通うからこそ、よいものを仕入れられる

 コースの最初は必ず、うにとまぐろの突先(首の付け根)の手巻きから。海苔で巻いたものは、置くと湿るので手渡し。鮨職人の「さあ、おいしいもの握りますよ!」という意気込みを渡してもらったようで、気持ちが高まる。この後酒肴が10品ほど続き、10〜12貫の握りとなる。どれも妥協なしの圧巻のおいしさの連続だ。

画像: まぐろの定番3種。左から赤身、中とろ、大とろ。長野産こしひかりに東京「横井醸造」の赤酢を使った酢飯で

まぐろの定番3種。左から赤身、中とろ、大とろ。長野産こしひかりに東京「横井醸造」の赤酢を使った酢飯で

 クライマックスはコース中盤に登場するまぐろ。時期によって種類や品数も変わるが、基本は赤身、中とろ、大とろの3種類。とろは炙ることもあり、かまの部分の炙りや霜ふりというバリエーションも。

画像: まぐろのかまの炙り。かまは筋があり、脂分が多いので、基本的には炙りで。筋が多ければ、刃打ち(包丁で切れ目を入れる)をするなど、細やかな技が施される

まぐろのかまの炙り。かまは筋があり、脂分が多いので、基本的には炙りで。筋が多ければ、刃打ち(包丁で切れ目を入れる)をするなど、細やかな技が施される

「まぐろは赤身がおいしければ、どの部位もおいしいんです。春なら香りを、冬には脂の風味を楽しめる。今年は大きめのものが多いらしいのですが、個人的には150〜200kgのものが赤身と脂のバランスがよくて好きです」。

画像: 藤本大輝料理長。「お客さまごとにカスタマイズいたしますので、ご要望をおっしゃっていただければ」

藤本大輝料理長。「お客さまごとにカスタマイズいたしますので、ご要望をおっしゃっていただければ」

 藤本料理長はまぐろをやや薄めに切る。この絶妙な厚みによって、口に入れたとき酢飯がすーっとほどけ、脂の旨味と渾然一体となり、まぐろの甘い香りが鼻に抜ける。かまは炙ることで、脂が溶けて旨味が強く感じられ、炭の香りの爽やかな余韻が残る。

 まぐろは脂が溶ける温度がとても重要だと藤本料理長が教えてくれた。お造りは常温に戻して。赤身から中とろ、大とろになるほど、酢飯の温度を上げていく。ちなみに、料理長は硬めに炊いた米に赤酢、少しやわらかめに炊き上げて米酢を使った2種類の酢飯を使い分けている。まぐろには、力強い味を受け止める赤酢の酢飯を使う。

 さて、「ひと皿」を紹介する連載なのだが、この店はコースのみ。絶品まぐろのほかも逸品ぞろいなので、ご紹介しよう。

画像: 「招き猫最中」と蒸しあわび。あん肝のペーストに奈良漬とカシューナッツを忍ばせて。最後の晩餐に食べたいとお客様から絶賛されている定番の前菜。香り高いすっきりした甘さのマルサラ酒と

「招き猫最中」と蒸しあわび。あん肝のペーストに奈良漬とカシューナッツを忍ばせて。最後の晩餐に食べたいとお客様から絶賛されている定番の前菜。香り高いすっきりした甘さのマルサラ酒と

画像: 冬はシイイカを。鹿児島・出水産。小さいいかなので、1杯で1貫しかとれない。ねっとりとして歯応えはさくさく。夏はあおりいかに

冬はシイイカを。鹿児島・出水産。小さいいかなので、1杯で1貫しかとれない。ねっとりとして歯応えはさくさく。夏はあおりいかに

画像: 江戸前の技を凝縮した小肌。酢で締めて3日間寝かせるので、酢が馴染んで、まろやかな味わい

江戸前の技を凝縮した小肌。酢で締めて3日間寝かせるので、酢が馴染んで、まろやかな味わい

画像: 1月においしい赤むつは長崎・対馬産。お客さまの目の前で、カンカンに焼いた備長炭で炙る。有明産の海苔で巻いてお客さまへ手渡し。コース¥39,930、¥48,400 ペアリングは、日本酒ペアリン¥12,100、ワイン¥14,520(全て税・サ込)

1月においしい赤むつは長崎・対馬産。お客さまの目の前で、カンカンに焼いた備長炭で炙る。有明産の海苔で巻いてお客さまへ手渡し。コース¥39,930、¥48,400 ペアリングは、日本酒ペアリン¥12,100、ワイン¥14,520(全て税・サ込) 

画像: お酒のペアリングもここでの楽しみ。鮨と日本酒の相性のよさは周知のことだが、ワインとのペアリングはよほど的確でなければ成り立たない。こちらのソムリエの絶妙な合わせ技をぜひ体験してほしい

お酒のペアリングもここでの楽しみ。鮨と日本酒の相性のよさは周知のことだが、ワインとのペアリングはよほど的確でなければ成り立たない。こちらのソムリエの絶妙な合わせ技をぜひ体験してほしい

 8席のカウンターを切り盛りする若手の名手は、どこまでも明るく楽しい。「店内の空気づくりには最も気を遣う」と、いつも笑顔だ(現在はマスク着用のため、その笑顔が見えないのがとても残念)。圧倒的なラグジュアリー感と見事な鮨をさらに輝かせているのは、店内の温かな空気感。これがこれからの高級鮨店の姿かもしれない。

画像: 親しみやすい商店街の一角に突如現れる重厚な店構え。一歩足を踏み入れればそこは贅を尽くしためくるめく魅惑の世界

親しみやすい商店街の一角に突如現れる重厚な店構え。一歩足を踏み入れればそこは贅を尽くしためくるめく魅惑の世界

鮨よし田
住所:東京都渋谷区幡ヶ谷2-5-5
営業時間:12:00〜13:30(L.O.)、17:00〜20:30(L.O.)
定休日:日
TEL. 03(3320)5401

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