パティシエやフードアーティストたちが、今再びメレンゲに注目している。幻想的にデコレーションされたスイーツは、キッチュさと古典的な美しさの絶妙なバランスで魅了する

BY ALIZA ABARBANEL, STILL LIFES BY ESTHER CHOI, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

 それは、まるでお皿の上につかまえた雲のよう。自由自在に姿を変えるメレンゲは、パティシエのレパートリーに欠かせない存在だ。ほぼ生でも食べられるけれど、軽く焼き目をつけて、つややかなレモンパイの上に儚はかなげな雪のように飾るもよし。細かく砕いたナッツ類と一緒にまるめて焼いてもよし。バタークリームにしてケーキの表面にこってり塗ったり、ふんわりしたスポンジケーキに忍ばせたり、繊細なマカロンに仕立てたりすれば、メレンゲの存在はほとんど意識されることもない。メレンゲ自体が主役として活躍したのは、おそらく1980年代が最後だ。アイスクリームをスポンジケーキで包んでメレンゲで覆い焼き目をつける「ベイクド・アラスカ」や、焼いたメレンゲを土台にしてクリームやフルーツを飾る「パヴロヴァ」が、当時のデザート界の一番人気だった。

 今、新世代のパティシエやフードアーティストたちが、モダンに解釈したスカルプチャー・スイーツ(註:彫刻のように何かの形を表現したお菓子)で、メレンゲの魅力を積極的に披露している。たとえばブルックリン在住のアーティスト兼シェフ、ジェン・モンロー(33歳)は、《Bad Taste》と題した企画の一環で、両手で抱えるくらいの大きさのパヴロヴァを作った。ローズウォーターで香りづけをしたメレンゲを飾るリボンは砂糖漬けのルバーブ、メレンゲに何本も刺さったトゲは細く固めた砂糖細工だ。パリ在住のケーキ職人、アンドレア・シャム(36歳)は、円盤状に成形したメレンゲに活性炭や藻の粉末で彩色し、波打ち際で泡立つ海のようなゆらめきを描き出した。ブルックリン在住のケーキ職人、サマンサ・レイ(32歳)は、Instagramのアカウント@thegeminibakeで、もこもこのプードルを表現したメレンゲクッキーを披露している。ニューヨーク在住でフードアーティストのパリス・スターン(29歳)は、ピスタチオ・シフォンケーキをかろやかなパステルカラーのメレンゲクッキーで一面覆い尽くした。ストロベリー・コンポートとカスタードクリームを挟んだレモン・シフォンケーキも、まるで陶器のように見えるメレンゲのリボンでデコレーションしている。

画像: レモン・シフォンケーキにストロベリー・コンポート、バニラビーンズ入りカスタードクリーム、ホイップクリームを挟み、外側をメレンゲのリボンとイチゴで覆ったもの

レモン・シフォンケーキにストロベリー・コンポート、バニラビーンズ入りカスタードクリーム、ホイップクリームを挟み、外側をメレンゲのリボンとイチゴで覆ったもの

 メレンゲの正確な発祥地については諸説ある。一般的な説としては、1720年頃にスイスの町マイリンゲンでガスパリーニという名のシェフが考えたといわれるが、1692年にフランスで出版された料理本には、「とても簡単で、とてもかわいい砂糖菓子」というあっさりした説明で、meringueなるもののレシピがすでに載っていた。この料理本の著者、フランソワ・マシアロは研究熱心なシェフで、クリームブリュレの考案者でもある。いずれにせよ、メレンゲが化学反応の奇跡であることは間違いない。砂糖と卵白(ヴィーガン用ならアクアファバと呼ばれる豆の煮汁を使う)をツノが立つまで泡立てて作る。湯煎して細かい気泡のある状態にまとまったのがスイスメレンゲだ。煮詰めたシロップを加えて泡立てればイタリアンメレンゲで、こちらのほうがしっかりしていて密度があり、よりなめらかにもなる。

 泡立て器やミキサーが発明されるずっと前から、欧米で富裕層のために働くケーキ職人たちは藁わらや枝を束ねたものを使ってメレンゲを泡立て、マカロンやイル・フロッタントなど、印象的な見た目のお菓子を作っていた。「ベイクド・アラスカが作られ始めた1860年代頃は、これがどれほど手間のかかる作業だったか、よく想像してみるんです。まさに手間をかけているから、お金持ちが喜んだんですよね」。そう語るキャロライン・シフ(37歳)もパティシエだ。ブルックリンの名店「ゲージ&トールナー」(ヴィクトリア時代から続くオイスターとステーキの店。閉店したが数年前に復活)で、彼女が担当しているノスタルジックなデザートメニューの中でも、ベイクド・アラスカが名物。スイスメレンゲをこんもり焼き上げた一品─中はミント、ダークチョコレート、アマレーナチェリー・アイスクリームが層になっているというもので、注文が入ってから作る─が大人気で、もっと簡単に作れるシェーブルチーズケーキやチョコレートトルテよりも売れ行きがよい。

 とはいえ、スーパーのワゴンに積んであるキスチョコで育ったような世代にとって、キスチョコと似た形になることも多いメレンゲ菓子は、必ずしも魅力的なスイーツとは言い難い。フードアーティストのパリス・スターンは、「メレンゲを作るのが大好きなので、しょっちゅうおすすめするんですけど、ちっとも食いついてくれないんです」と話す。「だからInstagramで紹介してるんです。みんなにも好きになってほしくて」。彼女も以前はメレンゲをさほど評価していなかった。その認識が覆ったのは、2019年にカザフスタンに旅行に行ったときのことだ。ビスケットの土台にさくさくのメレンゲを波模様に飾りつけたクッキーに出合い、すっかり惚れ込んだ。「クッキーをクッキーでデコレーションするなんて、すごく衝撃的でした。メレンゲは、ねっちり感とさくさく感の両方があって、ほかのものでは味わえない絶妙な食感が生まれるんです」全体としての視覚的インパクトも抜群だ。「抱えられないくらい大きなパヴロヴァが登場すると、みんな『ワー!』ってなるのよ」とモンロー。「いろんな形を表現できるし、思いっきり派手にもできる。ヴィクトリア時代みたいな『やりすぎ感』が、マリー・アントワネットのデザートっぽくて受けているんだと思う」

画像: フードアーティストのパリス・スターンによるメレンゲ尽くしのスイーツ。ピスタチオ・シフォンケーキに、マルメロ(西洋カリン)を煮詰めたピューレと、パッションフルーツ・カードと、ホイップクリームをぞんぶんに使って、キスチョコ形のメレンゲで覆っている

フードアーティストのパリス・スターンによるメレンゲ尽くしのスイーツ。ピスタチオ・シフォンケーキに、マルメロ(西洋カリン)を煮詰めたピューレと、パッションフルーツ・カードと、ホイップクリームをぞんぶんに使って、キスチョコ形のメレンゲで覆っている

 ファンタジックな美しさを演出できることだけが、メレンゲの利点ではない。レストランでは生パスタやアリオリソース、あるいはカスタードベースのアイスクリームで卵黄を使うので、どうしても余ってしまう卵白をメレンゲに活用できる。「シェフにとって素敵なカンバスでもあり、手頃な食材でもあるんです」とキャロライン・シフは言う。彼女の説明によれば、食材費の高騰と加速するインフレのせいで、飲食店としてはすべての食材をできるだけ使いきりたい動機があるのだ。パヴロヴァやイートンメス(註:メレンゲ、フルーツ、生クリームを混ぜた、イギリスの伝統菓子)用にしっかり焼いたメレンゲなら、密閉容器で数日もつので、パティシエが常駐しない厨房でも扱いやすい。家庭のお菓子作りでも、繊細なふちどりを施すよりも大胆に勢いよく飾りつけするセンスが流行しているので、メレンゲベースのスイーツは完璧さを要求されず、しかも見た目が楽しくて、好まれている。「失敗しにくいし、はちゃめちゃになっても大丈夫」とジェン・モンローは言う。「私なんか、酔っぱらったままパヴロヴァの飾りつけをしたことがあるけど、そのときもすごくいい感じに仕上がったの。ケーキじゃそうはいかないけれどね」

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