BY KOTARO KASHIWABARA

食材は半径30キロ以内で調達。渋川市「鳥山畜産」から届いた赤城牛のサーロイン
仕事柄というべきか、「どうやって美味しい店を探すのですか」と聞かれることは多いのだが、秘密などはない。公開情報から自分に合いそうなものをブックマークしているのが主だから、誰にでもできることだ。
しいて言えば、食いしん坊の友人たちが多いので、彼らの情報が入りやすい立場ではある。互いの食の好みを知っているから、「あの店は柏原さんは好きだと思います」などとリコメンドされたら、行かなくてはならないと思ってしまうし、そういう場合に外れることはめったにない。

群馬県利根郡・川場村にある土田酒造の敷地内にあるレストラン
群馬県利根郡の川場村にあるイタリア料理「VENTINOVE(ヴェンティノーヴェ)」は、この一年間ほどのあいだに複数の料理人や食いしん坊から名前を聞いていて、「きっと柏原さんは気に入ると思います」とまで言われていたから、一度行ってみたいと思っていた。しかし、予約困難だと聞いていたし、ひとりでは難しそうで、いつか機会があればいいなあ程度に考えていた。ところが思ってもみなかった友人がこの店の常連であることがわかり、ご相伴に預かることができたのである。
それにしても交通が不便なところにある。車ならば行きやすいが、私の周囲には呑み助が多いから、ロシアンルーレットよろしく、誰かが酒を呑むのをあきらめる必要がある。電車の場合は新幹線「上毛高原駅」からタクシーで行くしかない。この日は常連の友人が運転を買って出てくれたので、私たちはペアリングを楽しむことが出来た。

ペアリングには土田酒造の日本酒も
ヴェンティノーヴェがあるのは、群馬県利根郡・川場村にある土田酒造の敷地内。酒蔵の脇の道を入っていくとレストランが現れる。土田酒造社長と竹内悠介シェフの父親が親しく、「いま息子が店を探しているんだけど」という話からここに決まった。というのも、シェフは東京生まれだが、父親の仕事の関係で10歳から川場村で育ったのである。
そもそも、移転そのものが唐突な話だった。竹内シェフは調理師学校卒業後、広尾「アッピア」で5年修業し渡伊。イタリアで料理から肉の解体、保存までを学んで帰国したのち、青森の名店「オステリア エノテカ ダ・サスィーノ」で1年修業し、2011年に東京・西荻窪に「トラットリア29」をオープンした。順調な日々だったという。

料理を竹内シェフ、サービスは奥様が担う
「ところが2019年秋に、ビルのオーナーから翌年の春までに退去するように言われたのです」。同時期に新型コロナウイルスの感染が拡大。緊急事態宣言も発令されて店は開けず、辛い日々を送っていた。
「当初は西荻で探していたんですが、コロナ禍になってから、地方で開業するのもいいかなと考えはじめました。川場村なら友達も両親もいるし、食材を送ってもらっていた縁もある。まずは引っ越していろいろ考えようと思っていたら、土田さんからご縁をいただき、この場所に店を構えることになったのです」

奥に見える薪が、すべての料理の熱源になる
新たに建築した建物は、窓の向こうに利根川支流の薄根川と山々の緑が見渡せる一軒家。テーブルと個室が主体で、キッチンはすべてオープンにした。そしてせっかくなら朝の川場村を味わってもらいたいと、宿泊できる部屋を2階に一室用意。宿泊者はおかゆを中心にした朝ごはんをいただける。厨房の熱源は薪のみ。設計時はガスとの併用も考えたが、ガスを引くのをやめてしまった。
西荻時代は客単価一万円前後のトラットリアだったが、落ち着いて料理をしたいと思ってコース料金を上げた。といっても、地元の客にも来てほしいから、通常のコースは15,500円から用意されている。食材もシェフ自ら山で採ってきた山菜や野草と懇意にする農家の野菜や果物が中心だ。

生家の納屋で見つけた大きなうどん鉢で和えるサラダ

骨付きの塊肉を薪火でじっくりと焼く
「ここにきてまず食材探しから始めました。当初はパッとしないイメージだったんですが、実は山菜や野草から野菜、肉、チーズまで、とても豊富なんです(笑)。調味料以外はほとんど群馬県産100%。半径30キロでまかなっています」
一日2組しか取らないので食事のスタートは15時から18時までのあいだで任意で選べる。厨房はワンオペで、奥様がサービスをする体制なので時間はかかるが、早めのスタートにすれば日帰りも問題ない。
コース料理は2種類。季節の前菜・パスタ2種に加えて、牛肉のグリルともう1種を選べるコンテコース(税込15,500円)と、季節の前菜・パスタ3種に加え、窯焼きの群馬県産赤城牛もしくはジャージー牛の骨つきサーロインを味わえるビステッカコース(同18,500円)。今回は常連のおすすめもあって、ビステッカコースにしたが、これが大正解。

古代米の小さなパイ、自家製生ハム

菊芋のヴェルッタータ(スープ)
自家製生ハムのお通しから始まり、菊芋、ハナビラダケ、クリ、銀杏などどれも近郊でシェフが採ってきたものが料理になって出される。
そしてランプレドットが素晴らしかった。日本風にいえば「もつの煮込み」だが、沼田市の片桐精肉店から送られてくる豚のホルモンを地元のかぶや白インゲン豆と一緒にコトコトと煮る。こういう煮込み料理こそ、薪という熱源の真骨頂だ。

もつ煮込み(ランプレドット)

にんにく、卵、リンゴ酢、オリーブオイルで和えたサラダ
生家の納屋で見つけた大きなうどん鉢に瑞々しい薬味をバサッと落としてドレッシングで和えたサラダのあとは、お待ちかねの渋川市「鳥山畜産」から届いた赤城牛のサーロイン。2ヵ月熟成させたものをじっくりと薪で焼いたが、「うまい、うまい」と一瞬でなくなった。

赤城牛の骨付きサーロインは、ビステッカコースのお楽しみ

噛み応えのある牛肉。薪火ならではの香りが嬉しい
最後は選べるパスタだが、シンプルなトマトのキターラ、香草のクリームソースで和えた里芋のニョッキ、いのししのラグーのストロッツァプレティの3種を平らげ、きのこのリゾットまで作っていただき、サツマイモのモンブランとひめぐるみのジェラートで締めた。どれもレストランから30分以内で採れたものばかりだ。

トマトソースのキターラ

香草のクリームソースで和えた里芋のニョッキ

いのししのラグーのストロッツァプレティ
「レストランは週2日休んでいますが、休みの日も狩猟や薪づくり、草刈りなどがあり、西荻時代よりもやることは明らかに増えました。ある意味ワーカホリックですが、負担じゃない。精神的にヘルシーで満足しています」

さつまいものモンブランとひめぐるみのジェラート
いまは地元の黒トリュフを探しているとシェフは話す。隣町で採った人がいると聞いたそうだ。次にうかがうときが楽しみだ。
VENTINOVE(ヴェンティノーヴェ)
住所:群馬県利根郡川場村谷地2593-1(土田酒造敷地内)
公式サイトはこちら
柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。

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