サリー・ワイルという名前を聞いたことがあるだろうか。昭和初期に来日した料理人で、今の日本の西洋料理の礎を築いたひとりだ。彼が育てた料理人の系譜を継ぐ場を訪ねてみれば洋食の店の白眉に出合う。ワイルの心と味に、町に流れる時間と人情が独自の物語を添える「芳味亭」の魅力とは

BY MIKA KITAMURA,PHOTOGRAPHS BY MASAHIRO GODA

町の歴史と人情に育まれた味。
ご飯に合う洋食を標榜する「芳味亭(ほうみてい)」

画像: 町の歴史と人情に育まれた味。 ご飯に合う洋食を標榜する「芳味亭(ほうみてい)」

 下町情緒あふれる人形町。ここにもワイルの系譜に連なる店がある。1933年、甘酒横丁から1 本奥に入った通り沿いに、「ホテルニューグランド」でワイルのもとで働いた近藤重晴が「芳味亭」(当時は「よしみてい」)を開店。畳敷きの店内でいただくハイカラな洋食は、柳橋や深川の芸妓衆、明治座で公演中の俳優や歌舞伎役者などにも愛されてきた。しかし2014年、三代目が急逝したあと、跡継ぎがいなかったため、隣に店を構えていた「人形町今半」にお店を託した。下町の人情がつないだ事業継承だったという。2018年に甘酒横丁へ移転。1 階は名栗の壁に三た和た土きの床、天井は網あじろ代張りと、旧店の趣を残し、2・3 階は昭和初期の雰囲気漂うレトロモダンな空間だ。
 移転後、まず取り組んだのはデミグラスソース。時代を経て簡便化していた作り方を、創業当時に思いを馳せ、手間ひまかけた昔ながらの方法に戻したのだ。初代を直接知る人はおらず、店のレシピは残っていないが「芳味亭のデミグラスソースはすべて手作りだったに違いない」と、牛すじ肉と香味野菜を"煮込んでは漉こ して" を繰り返すこと4日間。コクとほのかな酸味に、甘さの漂う複雑妙味なソースが完成した。ほんのりした甘さがご飯に寄り添う。

画像: 「ビーフスチュー」¥3,410。とろけるほど柔らかな牛肉を、米が主食の日本人の口に合わせて甘めに仕上げた特製デミグラスソースで。

「ビーフスチュー」¥3,410。とろけるほど柔らかな牛肉を、米が主食の日本人の口に合わせて甘めに仕上げた特製デミグラスソースで。

 このソースを満喫できるのが「ビーフスチュー」だ。「ホテルニューグランド」の厨房で、初代の耳には「シチュー」が「スチュー」に聞こえたため、それがメニュー名になった。箸で切れる柔らかな牛すね肉は、肉のプロ・人形町今半ならでは。
 店の主要メニューを詰め合わせた「洋食三段重」は、近くの明治座にお弁当を出前していた名残で、おいしいものをあれこれ独り占めできると大人気だ。町の歴史と人情に育まれ、時代に合わせて変えつつも、ワイルの心は活き活きとつながっている。

画像: 「洋食三段重」¥3,960。ひと口大のビーフスチュー、ハンバーグ、蟹クリームコロッケ、海老フライ、魚のソテー、自家製ロースハムと、よりどりみどりの楽しさ。楽屋でも食べやすいようにと小さめサイズ。

「洋食三段重」¥3,960。ひと口大のビーフスチュー、ハンバーグ、蟹クリームコロッケ、海老フライ、魚のソテー、自家製ロースハムと、よりどりみどりの楽しさ。楽屋でも食べやすいようにと小さめサイズ。

「 芳味亭プリン」¥660。昔ながらの牛乳と卵で作る固めのプリン。

厨房でデミグラスソースの鍋の前に立つ料理長・渡辺大地。ワイルの時代の牛乳は低温殺菌のものだっただろうと最近、牛乳を替えてみたところ、ベシャメルソースとプリンの味が格段にアップしたとか。

芳味亭
住所:東京都中央区日本橋人形町2-3-4
TEL.03-3666-5687
https://houmitei.com/

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