スチラヴィンスキーの《火の鳥》《春の祭典》をはじめ、ベル・エポックに花開いたバレエ・リュスは、多彩な分野の芸術家が天才たちが国境を越え、手を携えて体現した美しい夢。指揮者・野津如弘が、時間芸術である音楽と美酒の時空を超えた交錯を自在に綴る連載の第18回は、19世紀末から1920年代のパリへと向かう

TEXT BY YUKIHIRO NOTSU, ILLUSTRAION BY YOKO MATSUMOTO

画像1: 指揮者・野津如弘の
音楽と美酒のつれづれノート
Vol.18 黄金色に輝くバレエ・リュス

音楽の時間旅行、デスティネーションはあれこれあれど…

 タイムトラベルが可能なら行ってみたい時代と場所はたくさんある。18世紀前半、バッハが活躍していた時代のザクセンや、ヴィヴァルディが活躍していたヴェネツィア。18世紀後半ならモーツァルトそしてベートヴェンが活躍したウィーンだろう。ハイドンが演奏旅行に訪れたロンドンにも行ってみたい。ウィーンにはこの後、シューベルトも現れる。19世紀前半だったら、パガニーニやリストの演奏会を聴きにヨーロッパ各地を訪れたい。19世紀後半はミュンヘンとバイロイトでヴァーグナーの楽劇三昧。あるいはミラノやヴェネツィアでヴェルディのオペラに浸るのも良いだろう。《アイーダ》の初演を観にカイロまで足を伸ばすのも一興だ。

 旅の妄想は尽きないが、これらの時代や土地はあくまで旅行で行ってみたいと思うまでだ。それに対して、この時代にここに暮らしてみたかったと思うのが、19世紀末から20世紀初頭、そして1920年代のパリである。

 19世紀半ばのオスマンによるパリ改造、エッフェル塔の建設(1889)、そしてメトロの開業(1900)で近代都市へと変貌を遂げたパリは、ベル・エポックと呼ばれる繁栄の時代を迎えていた。ドビュッシーは1894年に《牧神の午後への前奏曲》を発表し、後にブーレーズによって「現代音楽が始まった」と評されるように、時代を一歩先んじていた。ラヴェルが頭角を表すのは20世紀になってからで、1902年に初演された《亡き王女のためのパヴァーヌ》《水の戯れ》からのことだ。1889年の万国博覧会でドビュッシーはガムランの演奏を聴き魅了され、1900年の万国博覧会ではシベリウスがヘルシンキ・フィルを指揮して《フィンランディア》を披露した。

ディアギレフ、ストラヴィンスキー、シャネルetc、
綺羅星がひしめきあうバレエ・リュス

画像: ディアギレフ、ストラヴィンスキー、シャネルetc、 綺羅星がひしめきあうバレエ・リュス

 ロシアからは興行師にして名プロデューサーのディアギレフが1906年から毎年パリで、ロシア芸術を紹介していた。その中で1909年、オペラ公演が出来なくなったため急遽組織されたのが、バレエ・リュスの元になったバレエ団である。《イーゴリ公》から「韃靼人の踊り」、《レ・シルフィード》などを上演し、大評判となったので、ディアギレフはさっそく翌年の公演に向けて、《レ・シルフィード》の編曲を手掛けた若手作曲家のストラヴィンスキーに新作バレエのための曲を依頼し、出来上がったのが《火の鳥》だ。

 ロシア民話を題材にフォーキンが台本と振付を担当、美術はゴロヴィン、衣装はゴロヴィンとバクストが受け持った。エキゾチックな舞台は大成功を収め、翌1911年には《ペトルーシュカ》そして1913年には《春の祭典》とストラヴィンスキーのバレエ音楽が次々と生み出されていくことになる。

 前出のドビュッシーとラヴェルもバレエ・リュスのために音楽を書いている。ドビュッシーは《遊戯》(1913)を、ラヴェルは《ダフニスとクロエ》(1912)を書いた。ちなみに前者の《牧神の午後への前奏曲》にはニジンスキーが振付を施してバレエとして上演された(1912)のに対し、後者の《ラ・ヴァルス》はバレエ・リュスのために作曲されたのにも関わらず、ディアギレフにバレエには不向きとされ、却下されてしまう。

 この《ラ・ヴァルス》が献呈されたのが、当時パリの芸術家のパトロンとして知られたピアニストのミシア・セールである。彼女はココ・シャネルの親友としても知られ、恋人を交通事故で失い失意の中にあったシャネルをヴェネツィア旅行に誘い、そこでディアギレフと遭遇する。常に興行のために金策に頭を悩ませていたディアギレフに対し、セールはすでに援助を行なっていたが、シャネルもこれを機会に資金を提供し、そのおかげで莫大な費用のかかるバレエ《春の祭典》の再演が可能となった。シャネルはまた、ストラヴィンスキーに対し、住まいを提供するなど個人的な支援も惜しまなかった。

 時代は狂乱の20年代となり、アメリカからコープランドやガーシュインがパリへとやってくるのだが、長くなってしまったので、続きはまた。

ベル・エポックの黄金の日々を彩るのは、パリに百花繚乱のごとく花開いた芸術と文化、そしてクリュッグの金色の泡。ココ・シャネルもクリュッグをこよなく愛したという。こちらはそれから約百年後、2017年に収穫されたブドウを中心に、13の異なる年に醸造された150種類のワインをブレンド。モンターニュ・ド・ランス北部のピノ・ノワール、シャルドネ、ムニエが織りなす見事なハーモニーは豊かな骨格を保ちながら、繊細で優美な旋律、時に鮮やかな抑揚に心躍る、比類なき味わい。ストラィンスキー、ラヴェル、ドビュッシーetc, 音楽に耳をゆだねてグラスを傾ければ、百年の時を自在に行き来する旅が始まる。「クリュッグ グランド・キュヴェ 173 エディション」(750ml・箱付き)¥47,850

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画像: 野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。 公式サイトはこちら

野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
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画像: マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。 公式インスタグラムはこちら

マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。
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