食の探求のために国内外、さまざまな地に暮らすノマドなエディター、ヤミー高山こと、高山裕美子さん。今回は、薪窯で焼き上げられ、噛みしめるたびに小麦の味が語り出すパンが魅力の「toi」へ

TEXT & PHOTOGRAPHS BY YUMIKO TAKAYAMA

画像: 右は有機小麦生産者・中川泰一さんの自然栽培小麦2024を95%ほど使用したコンプレ¥1,080、中央がスペルト小麦を100%使用したフォルコンブロート¥1,000、左がコンプレの生地にひまわりの種を加えたひまわりのパン¥1,140

右は有機小麦生産者・中川泰一さんの自然栽培小麦2024を95%ほど使用したコンプレ¥1,080、中央がスペルト小麦を100%使用したフォルコンブロート¥1,000、左がコンプレの生地にひまわりの種を加えたひまわりのパン¥1,140

有機小麦の風味を生かしたシンプルなおいしさのパン

画像: 丘の上にある「toi」。店の前は林になっていてベンチもあるので、買ったパンやドリンクを片手にピクニック気分が味わえる

丘の上にある「toi」。店の前は林になっていてベンチもあるので、買ったパンやドリンクを片手にピクニック気分が味わえる

 音更町の郊外にあるパン屋「toi」。よく見ないと通り過ぎてしまいそうな小さな看板が目印だ。小道を進むと小さなかわいいパン屋さんが現れる。棚に並ぶパンの名前が「白いパン」「茶色いパン」「黒いパン」。2021年に初めて訪れたとき、そんなかわいいネーミングある!?と、童心に戻ったことを今でも思い出す。「茶色いパンください」と買って帰ったパンドカンパーニュは小麦の香りがはっきりわかる、毎日食べたくなる素朴なパン。シンプルにおいしいものはトーストしてバターを塗って食べるのがいちばん美味。強く主張するタイプのパンではないから、スープや煮込み料理にそえても、日本の出汁にも合う(おでんなどおすすめ)、万能選手だ。

画像: 表情が豊かな茶色いパンや焼き菓子が並ぶ店内。販売は貴子さんが担当。「白いパン」「茶色いパン」「黒いパン」のネーミングは、現在はそれぞれブロン、パンドカンパーニュ、コンプレと正式名が入っている(私的にはちょっと残念)

表情が豊かな茶色いパンや焼き菓子が並ぶ店内。販売は貴子さんが担当。「白いパン」「茶色いパン」「黒いパン」のネーミングは、現在はそれぞれブロン、パンドカンパーニュ、コンプレと正式名が入っている(私的にはちょっと残念)

 何度か通うようになって、パン以外に並んでいる商品がただものでないことに気が付いた。「山田農場チーズ工房」や「根室・チーズ工房チカプ」、「しあわせチーズ工房」の北海道産のチーズや、「鹿追ソーセージファクトリー」のハムとソーセージ(「toi」用に無添加のものを作ってもらっている)など、パンのおともとしておいしいものも充実。千葉県香取郡の「寺田本家」の無農薬米・無添加・蔵付き菌を使った「自然酒造り」の日本酒も。「からだにいい」ということだけじゃなく、 “愛”をもって選んでいるのが伝わってくる。

画像: 小樽市にある「二番通り酒店」の自然派ワインや、自然のなかでの天日干しにこだわる礼文島「イシハラ昆布」の昆布も並ぶ

小樽市にある「二番通り酒店」の自然派ワインや、自然のなかでの天日干しにこだわる礼文島「イシハラ昆布」の昆布も並ぶ

 実は「toi」は、この連載Vol.7で紹介した小麦生産者、中川泰一さんの畑から歩いて10分ほどのところにある。中川さんの小麦を使ってパンを焼いている職人として、店主の中西宙生(ひろお)さんと奥さんの貴子さんに取材をすることが叶った。それから何度か足を運んで話を聞かせてもらった。

フランスで人生の指針となるベーカリーに出合う

画像: お店の前の中西宙生さんと貴子さん。「toi」の設計は、伊勢神宮の式年遷宮を手掛けた宮大工の菅原雅重さんが帯広にUターンし、設立した建築設計事務所「おかげさま」に依頼

お店の前の中西宙生さんと貴子さん。「toi」の設計は、伊勢神宮の式年遷宮を手掛けた宮大工の菅原雅重さんが帯広にUターンし、設立した建築設計事務所「おかげさま」に依頼

 宙生さんは兵庫県出身。神戸や大阪でのパン屋の修業の後、神戸市内で独立することを考えて、物件を探していたという。独立前にパンの本場を見てみたいと、フランスとドイツのパン屋を短期研修として訪れるなか、人生の指針となるような店と運命的な出合いを果たした。フランスのマイエンヌ県サン・ピエール・シュル・エルブ村にある家族経営のベーカリー「フーニル・ド・セードル(Le Fournil du Cèdre)」だ。
 サン・ピエール・シュル・エルブ村は人口140人ぐらいの小さな村。そこで「フーニル・ド・セードル」は、フランス国内で栽培された有機栽培の小麦と、有機小麦からおこした自然酵母だけを使って薪窯でパンを焼いており、5~6種類のハード系パンを販売。地元の人が買いにくる以外に、近くの大きな町の自然食品系のスーパーマーケットに卸していた。「その店主が薪窯でパンを焼くひとつひとつの所作が、本当に美しくて」

画像: レンガを積み重ねてつくったお手製の薪窯でパンを焼く宙生さん。「日によって、室温や水の温度、窯の温度、薪の乾燥具合、窯の温度の上がり方などが違ってくるので気が抜けない」

レンガを積み重ねてつくったお手製の薪窯でパンを焼く宙生さん。「日によって、室温や水の温度、窯の温度、薪の乾燥具合、窯の温度の上がり方などが違ってくるので気が抜けない」

 「何もない小さな村で、家族で有機の小麦で薪窯を使ってパンを焼く彼らの生活がすごく自然で、強く心に残るものがありました。今の私たちの日々の暮らしの価値観は、この地での(研修の)ひと月足らずの時間で育まれたものと言っても過言ではないかもしれません」と宙生さん。
 帰国してから北海道で育てられている有機小麦の現場を見に、十勝を訪れた。製粉を手掛ける会社「アグリシステム」が小麦生産者たちの畑を案内してくれ、そのなかにいたのが前述の有機小麦生産者、中川さん。そのとき「アグリシステム」の当時の社長から、帯広に薪窯のパン屋「風土火水」をオープンする計画を聞いた。
「自分自身が日本でパン職人、パン屋として、どうやって生きていくのか。それを見つけることが一番大事だった。神戸で店をやるとなったら立地的に薪窯はあきらめなくてはならない。『風土火水』であれば、薪窯でパンを焼くことができるな、と。それで長男が小学校に入学する2年後までと期間を決めて、帯広で働かせてもらうことにしたんです」(宙生さん)。

画像: ドイツ製の石臼を用いて小麦を製粉する宙生さん。小麦は製粉すると酸化しやすいため、毎回使用する分だけを挽く

ドイツ製の石臼を用いて小麦を製粉する宙生さん。小麦は製粉すると酸化しやすいため、毎回使用する分だけを挽く

 あっという間に2年がたち、関西に戻るかギリギリまで悩んだ。この地で店を始めようと最終的に決心したのは、十勝が小麦の産地であること、中川さんのような、「一生この人の小麦でパンをつくっていきたい」と思えるような有機栽培の小麦農家さんがいること、そして薪窯でパンを焼くことのできる環境があることだった。しかも酪農が盛んな場所だから、パンに合うハムやチーズ、バターもある。「私たちが見て感じてきたヨーロッパのパン食文化が、この場所でなら成立するのではないかという気持ちがありました」と宙生さんは話す。

寡黙なように見える茶色いパンが食べると雄弁に語りだす

画像: ドーナツ型の「toiのパン」は余ったパンをパン粉にして、再び全粒粉の生地に練り込んだパン。フードロス削減目的ではあるけど、味に深みが増して滋味豊か。ひまわりの種入りの全粒粉のパンは種のプチプチとコクがクセになるし、近所の清水町産の黒千石を使った豆パンはしっかり豆の甘味が感じられる。パンオフリュイは季節によって中のドライフルーツを変えており、その組み合わせが楽しい

ドーナツ型の「toiのパン」は余ったパンをパン粉にして、再び全粒粉の生地に練り込んだパン。フードロス削減目的ではあるけど、味に深みが増して滋味豊か。ひまわりの種入りの全粒粉のパンは種のプチプチとコクがクセになるし、近所の清水町産の黒千石を使った豆パンはしっかり豆の甘味が感じられる。パンオフリュイは季節によって中のドライフルーツを変えており、その組み合わせが楽しい

 店がオープンしたのは2019年1月。小麦の味を最大限に生かすため、こだわったのは石臼で自家製粉すること。天然酵母は小麦由来のルヴァン種とレーズン種、近所で取れたホップの実を使用したホップ種の3種類。小麦主体のパンだから色は茶色ばかりだけど、シンプルだからこそ食べてみるとその違いがわかる。
 寡黙そうなのに、噛みしめるごとに豊かな気分になる、実は雄弁なパンたちなのだ(副材料もすべて有機栽培という徹底ぶりが本当にすごい)。

画像: スペルト小麦のスコーンやビスコッティ、サンドイッチなども販売。使用している有機小麦は、中川さんのほか、本別町のオフイビラ源吾農場や、帯広の斎藤農場のものなど、十勝の生産者から仕入れている

スペルト小麦のスコーンやビスコッティ、サンドイッチなども販売。使用している有機小麦は、中川さんのほか、本別町のオフイビラ源吾農場や、帯広の斎藤農場のものなど、十勝の生産者から仕入れている

 宙生さんと貴子さんが選んだ、パン以外の商品も同じ。余計なものが入っていない、シンプルなおいしさ。造り手が大切に思いを込めてつくったものばかりだ。
「人って頭でおいしい、情報でおいしいと錯覚しがちですよね。シンプルにおいしいと感じることを大切にしたいんです」と宙生さん。
「toi」の店名は「つながること」「おいしいこと・おもしろいこと」「いのちをいただくこと」の頭文字から。宙生さんは、「理想とするフランスのベーカリーのようにはまだまだです」と話すけど、「toi」発信の“シンプルにおいしい”連鎖は、じわじわと確実に広がっていると感じるのだ。

画像: 貴子さん特製コンフィチュール。敷地内で育てたハスカップやブルーベリーを使ったものもある。今、敷地内で果樹の種類を増やしているところで、ゆくゆくは自家畑もやりたいとか

貴子さん特製コンフィチュール。敷地内で育てたハスカップやブルーベリーを使ったものもある。今、敷地内で果樹の種類を増やしているところで、ゆくゆくは自家畑もやりたいとか

toi
住所:北海道河東郡音更町上然別北6線23-4
営業時間:10:00~16:00
定休日:月・火曜(不定期で水曜) 営業はInstagramで要確認。
TEL. 0155-32-9177
公式インスタグラムはこちら
オンライン販売も行っている。

高山裕美子(たかやま・ゆみこ)
エディター、ライター。ファッション誌やカルチャー映画誌、インテリアや食の専門誌の編集者を経て、現在フリーランスに。国内外のローカルな食文化を探求することがライフワーク。2024年8月に、東京から北海道・十勝エリアに引っ越してきたばかり

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