BY KYOKO SEKINE
新宿に温泉旅館がオープンした。2019年5月8日、新宿区新宿5丁目の静かな通りに面した、斬新な温泉旅館の誕生である。この辺りはかつて「番衆町」と呼ばれ、1869年から1978年までその町名が使われていた。当時は、江戸城内の宿直勤番をし、警衛をつかさどった番方が多く住んでいたというが、現在はその名残はなく、ビジネスホテルや住宅地が連なる静かな地区である。
「ONSEN RYOKAN 由縁 新宿」は、美しい数寄屋門の暖簾をくぐり、土壁、行灯、手水鉢などが置かれたいかにも旅館らしい通路を進む。この長い通路こそ、都会の日常から静謐な非日常へと入るプロローグのようである。いざ玄関に着けば、そこには美しい白木造りの格子戸があり、この引き戸を開ければ、外の世界とは一変した空間が待っている。
館内はヒノキ、スギなど全体的に白木の無垢材が多く使われ、石や和紙、間接照明の工夫が高級感を演出している。レセプションデスクの後ろの窓は障子のようなデザインで、外に育つ植栽が風に揺れる様子を、なんと陽ざしが障子に投影して動きのある模様を造り出している。ロビーの待合いには椅子の代わりに、縁側のような台に天然素材の丸い座布団が置かれるなど、ロビーエリアだけでも日本旅館らしさが演出されている。
客室棟は地上18階建て、全193室あり、ユニバーサルルームが1室造られている。客室は12㎡から、最大で51㎡だ。いずれも日本の純和室同様、玄関先で靴を脱ぐ。その玄関には黒の雪駄が用意され、これを履いて温泉や食事などパブリックエリアにも行ける。外国人観光客は浴衣が珍しいのか、喜んで着て、そのまま外出する人も多くいるという。
室内は、畳スタイルの小上がりにベッドが置かれる和洋折衷。しかし、どの部屋にも雪見窓のごとく、低い椅子に座った視線に合わせて低い位置に窓が造られている。座って大都会の情景が愉しめるよう、またベッドからも同様に高層ビル街が見えるようにとの心遣いだ。他にも、重箱を模したアメニティボックスの中には、「東京狭山茶」や東京の和菓子などが詰められている。
そして何よりも人気なのが「温泉」だろう。最上18階には大浴場があり、男女別に造られた内湯は沸かし湯だが、屋外に造られているのが実に快適な“温泉露天風呂”である。この温泉は箱根「小田急山のホテル」の自家源泉「芦ノ湖温泉つつじの湯」から直送、都心で“箱根の湯”が楽しめるのだ。露天風呂でもお湯に浸かって都心のパノラマが見えるよう、格子柵の低い位置に目線が抜ける形になっている。
レストランは1階にあり、和食「夏下冬上」(かかとうじょう)がオープン以来、人気だという。三省堂の四文字熟語辞典を引いてみると、夏下冬上の意味は、「炭火などの上手なおこし方。火種を夏は下に置き、冬は逆に上に置くとよくおきるということ」とあった。由縁は「日本人ならではの季節への繊細な意識を大切に、食材をその季節ごとに最も美味しく調理し届けたい」との意味を込めていると、支配人は熱く語ってくれた。
このレストランでは日本各地の旬の食材を集め、鉄板焼きと天ぷらの二種類をメインに提供している。ここでは滞在者の利用に限らず、近隣の人々も通ってきて、集まりの場にもなっている。「インバウンドだけではなく、地元の商店会とも連携し、祭りにも参加し、町の魅力発信に寄与したい」という支配人。若いスタッフの努力が周辺の人々からの応援に結びついている。奇をてらわない施設づくり、ヴァリュー・フォー・マネー、実直さに加えた‟新しさ”と若い力の融合が、この進化系旅館の誕生に大きな期待感を抱かせてくれる。
ONSEN RYOKAN 由縁 新宿(ONSEN RYOKAN YUEN SHINJUKU)
住所:東京都新宿区新宿5-3-18
電話:03(5361)8355
客室数:全193室
料金:¥9,000~(1泊1室の室料。消費税・サービス料・宿泊税込)
公式サイト
せきね きょうこ
ホテルジャーナリスト。フランスで19世紀教会建築美術史を専攻した後、スイスの山岳リゾート地で観光案内所に勤務。在職中に住居として4ツ星ホテル生活を経験。以来、ホテルの表裏一体の面白さに魅了され、フリー仏語通訳を経て、94年からジャーナリズムの世界へ。「ホテルマン、環境問題、スパ」の3テーマを中心に、世界各国でホテル、リゾート、旅館、および関係者へのインタビューや取材にあたり、ホテル、スパなどの世界会議にも数多く招かれている。雑誌や新聞などで多数連載を持つかたわら、近年はビジネスホテルのプロデュースや旅館のアドバイザー、ホテルのコンサルタントなどにも活動の場を広げている
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