BY T JAPAN

「塔の日本旅館」と呼ばれる、星のや東京の夢幻的な外観
東京駅からほど近い大手町。その摩天楼の谷間に立つ星のや東京は、「塔の日本旅館」という独自の世界観で国内外の旅行者を魅了してきた。玄関で靴を脱ぎ、畳敷きの館内を裸足で過ごす。客室やお茶の間ラウンジを行き来し、最上階では地下1500メートルから汲み上げる天然温泉に身を委ねる。都市の中心にありながら、外界との境界線を静かに引くような滞在体験が、この宿の大きな魅力だ。

最上階に位置する天然温泉は、地下1500メートルから汲み上げる
その体験の核となるのが食である。星のや東京では今秋、メインダイニングで「もう作られなくなった日本の家庭料理」をテーマに掲げた季節限定コースを提供する。キノコやイチジクなど秋ならではの食材を取り入れながら、日本各地で受け継がれてきた郷土の味を現代の美食へと昇華した全10品のコースだ。

総料理長の岡亮佑。神戸北野ホテルやレストランオマージュ、ピエールガニェールなどでフランス料理の研鑽を積む。2023年5月より、星のや東京総料理長に就任。
このテーマの背景には、総料理長の岡亮佑が抱く問題意識がある。岡は、ファストフードや中食の普及などライフスタイルの変化によって、多くの家庭料理が現代の食卓から静かに姿を消しつつあることに着目した。そこには単なるレシピ以上に、その土地の風土や暮らし、人々の知恵が刻み込まれている。それらが今もなお受け継がれていたなら、どのような料理に進化していただろうか。その発想から、このコースは生まれたという。
料理は郷土料理の再現ではない。伝統への敬意を出発点としながら、フランス料理をはじめとする多様な技法を用いて新たな表現へと再構築する。そのアプローチは、星のや東京が掲げる「現代に合わせて進化し続ける日本旅館」という思想とも重なる。

生の山葵の葉で酢飯や鯖を包む、和歌山の家庭料理「山葵すし」から着想を得た一皿
コースの中でも印象深いのが、和歌山の「山葵すし」から着想を得た一皿だ。生の山葵の葉で鯖と酢飯を包む素朴な家庭料理をもとに、わさび菜のピュレをまとわせた鯖と蓮根のマリネを重ね、軽やかな酸味のソースを添える。郷土料理が持つ記憶を残しながらも、まったく新しい料理として立ち上がる。

イカに具材を詰めて焼き上げる漁師料理「鉄砲焼き」を、温製サラダ仕立てに再解釈した一皿
石川県の漁師料理「鉄砲焼き」を再解釈した温製サラダも興味深い。イカスミとキノコの旨みを凝縮したフィリングを、イカと山芋のムースで包み込み、肝バターと秋のキノコを合わせた一皿は、力強い漁師料理を驚くほど軽やかに表現している。

滋賀の郷土料理にちなんだ付け合わせを添えたメインの肉料理
さらにメイン料理では、滋賀の発酵文化を象徴する鮒ずしから着想を得た一品が登場する。旬のイチジクに、鮒ずしの飯に漬け込んだ牛肉のミンチを詰め、ブルーチーズとともに焼き上げることで、果実の甘みと発酵由来の複雑な旨みが響き合う。秋という季節の豊かさと、日本各地の食文化の奥行きを同時に味わわせてくれる一皿だ。

御影石が荘厳なメインダイニングのエントランス
料理を味わう舞台もまた特別である。地下1階のメインダイニングは、大きな御影石と地層を思わせる壁面が印象的な静謐な空間。畳敷きの個室を備え、温泉の後に館内着のまま訪れることができる。格式ある料理でありながら肩の力を抜いて向き合えるのは、日本旅館という器があってこそだろう。

「鮨 大手門」では江戸前鮨の王道、赤身の早漬けなどがいただける
そして星のや東京には、もうひとつの食体験がある。地下1階の奥に暖簾を掲げる「鮨 大手門」だ。全8席のカウンターを囲む空間は、同じ館内にありながらメインダイニングとは異なる静謐さを漂わせる。コンセプトは「日本旅館の江戸前鮨」。伝統的な江戸前の仕事を軸にしながら、日本各地の鮨文化から着想を得た握りや、日本料理の技術を生かした酒肴を供する。

日本酒にこだわったペアリングも
鮨 大手門は日々の仕入れによって献立が変わるため、その季節、その日の最良の魚介と向き合うことになる。しかしだからこそ、旬をいただくという鮨本来の魅力を最も色濃く感じられる場所ともいえる。江戸前の「漬け」や「酢締め」といった仕事に加え、和歌山の目張寿司など地方の鮨文化から発想を得た握りも取り入れられ、東京にいながら全国の鮨文化を旅するような楽しさがある。
温泉で身体をほぐし、館内着のまま美食に向かい、食後はその余韻を携えて客室へ戻る。星のや東京が提案しているのは、単なるディナーではない。食と温泉、空間、時間がひと続きにつながる、日本旅館ならではの没入体験である。秋の味覚が深まるこの季節、都心にいながら日本の豊かな四季を感じる“特等席”が、ここには用意されている。
星のや東京メインダイニング 秋限定メニュー
期間:2026年9月12日~11月下旬
料金:1名 33,880円(税・サービス料込、宿泊料別)
予約:公式サイトにて前日まで受付
状況によりメニューの内容、食材が一部変更になる場合があります。
鮨 大手門
料金:1名 36,300円(税・サービス料込、宿泊料別)
予約:公式サイトにて前日まで受付
PHOTOGRAPHS: © HOSHINO RESORTS INC.






