水盤に浮かぶ夜のキューブを眺めながら、藤谷圭介シェフの料理を味わう。坂茂氏が手がけた国際的な賞に輝く美術館の扉が閉まった後もアートの時間が続く、瀬戸内のオーベルジュを訪れた

BY HARUMI KONO

アート・オーベルジュ、SIMOSE

画像: 夜の水盤に並ぶ8つの可動展示室(キューブ)。瀬戸内海の島々から着想した色鮮やかな建築を眺めながら、ディナーを楽しめる

夜の水盤に並ぶ8つの可動展示室(キューブ)。瀬戸内海の島々から着想した色鮮やかな建築を眺めながら、ディナーを楽しめる

 併設する下瀬美術館は2024年12月、ユネスコの国際建築賞「ベルサイユ賞」のMuseums部門で最優秀賞を受賞した。水盤に浮かぶ8つの可動展示室(キューブ)と、樹木状の柱から木の梁が広がるエントランス棟。対照的な建築が、坂茂氏の発想の豊かさを伝える。Simose Art Garden Villa(以下、下瀬アートガーデンヴィラ)は2025年に続き、2026年の1ミシュランキーに選出。ディレクターの目黒真一氏によれば、2025年の美術館来館者は約15万人。人口約2万5000人の広島県大竹市が、新たな旅の目的地になりつつある。

坂茂氏が手がけた「泊まれる建築作品」

 瀬戸内海に面する約4.6ヘクタールの敷地には、美術館、庭園、レストラン、そして水辺と森にわかれた10棟のヴィラが点在する。家具を構造に組み込んだ「家具の家」、紙管を用いた「紙の家」、内外の境界を取り払う「壁のない家」など、10棟はそれぞれ異なるコンセプトによる建築だ。
 

画像: 坂茂氏が瀬戸内海の島々から着想した8つの可動展示室。広島の造船技術を応用し、水の浮力によって移動し、7通りの配置に変えられる。ライトアップされる時間帯と、日中とで、印象も異なる。 ©Ben Richards

坂茂氏が瀬戸内海の島々から着想した8つの可動展示室。広島の造船技術を応用し、水の浮力によって移動し、7通りの配置に変えられる。ライトアップされる時間帯と、日中とで、印象も異なる。

©Ben Richards

画像: 1995年に山中湖に建てられた別荘を、宿泊施設として再構成した「紙の家」。S字形に並ぶ110本の紙管が柱と壁を兼ね、その間から差す光が外の緑の気配を室内へ運ぶ

1995年に山中湖に建てられた別荘を、宿泊施設として再構成した「紙の家」。S字形に並ぶ110本の紙管が柱と壁を兼ね、その間から差す光が外の緑の気配を室内へ運ぶ 

画像: 本棚や収納家具が建築の構造を兼ねる「家具の家」。本棚の奥には掘り炬燵のある和室とツインベッドの寝室があり、キッチンも備える。最大4名まで宿泊でき、家族での滞在にも適している

本棚や収納家具が建築の構造を兼ねる「家具の家」。本棚の奥には掘り炬燵のある和室とツインベッドの寝室があり、キッチンも備える。最大4名まで宿泊でき、家族での滞在にも適している

 水辺のヴィラで最も人気のある「キールステックの家 A」からは、美術館のキューブを望むことができる。昼の鮮やかなカラーガラスは、夜には光の島のような姿へ変わる。あるブラジル人ゲストは、「こんなに空が大きく見えてリラックスできるなら、2泊でなくて、あともう一日ゆっくりと何もせず過ごしたかった」と話したという。建築を包む空、海、光も、ここに泊まる理由なのだ。
一般開館前の早朝と閉館後には、宿泊者だけが「エミール・ガレの庭」と望洋テラスを歩くことができる。静けさのなかで瀬戸内の多島美を望む時間も、滞在者の特権だ。

画像: テラスから下瀬美術館の可動展示室を望む「キールステックの家 A」。水辺のヴィラの中でも特に人気の一棟。キールステックは水辺のヴィラに使われているオーストリアの木造素材Kielstegのこと

テラスから下瀬美術館の可動展示室を望む「キールステックの家 A」。水辺のヴィラの中でも特に人気の一棟。キールステックは水辺のヴィラに使われているオーストリアの木造素材Kielstegのこと

ガレの美意識が息づく風景

 下瀬美術館は、広島市に拠点を置く丸井産業株式会社の創業家、下瀬家が収集した美術品を保存・公開するため、2023年に開館した。約500点のコレクションのなかで、施設全体にも影響を与えている作家がエミール・ガレ。目黒氏によれば、8つのキューブの色彩も、坂茂氏がガレ作品から着想を得ているという。
 ガレのガラスは、光を透過させた時と表面に光を受けた時で、異なる色調を見せる。客室に置かれた花瓶、ガレが愛した草花を育てる庭、朝夕に表情を変えるキューブ。その美意識がSIMOSEの風景全体をつないでいる。

画像: エミール・ガレの庭。植物学者でもあったガレの作品に描かれた植物を中心に、瀬戸内の温暖な気候に合う草花が四季折々に庭を彩る

エミール・ガレの庭。植物学者でもあったガレの作品に描かれた植物を中心に、瀬戸内の温暖な気候に合う草花が四季折々に庭を彩る

画像: 三方のガラス戸を開け放つと、室内と外の境界が消えていく「壁のない家」。坂茂氏が1997年に軽井沢に建て、シャープ「AQUOS」のCMにも登場した同名の別荘を、宿泊施設として再構成した

三方のガラス戸を開け放つと、室内と外の境界が消えていく「壁のない家」。坂茂氏が1997年に軽井沢に建て、シャープ「AQUOS」のCMにも登場した同名の別荘を、宿泊施設として再構成した

一皿を「アート作品」に見立てる

画像: 「菜園風季節野菜」。レイノー「パラダイス」の器に、マリネした旬の野菜と地元の果実を重ねた、コースを象徴する一皿

「菜園風季節野菜」。レイノー「パラダイス」の器に、マリネした旬の野菜と地元の果実を重ねた、コースを象徴する一皿

「夏の青さを残しながらも澄み始めた空と、瀬戸内に沈む夕陽に、遠くの島影が秋の始まりの息をしている」。取材で訪れた9月のメニューの冒頭には、季節を伝える詩のような言葉があった。
 藤谷圭介シェフによる「SIMOSE Culinary Collection – Cuisine et Art」は、12~13品からなるデギュスタシオンコース。一皿一皿をアート作品に見立て、クラシックなフランス料理を軸に、瀬戸内の魚介や果実を取り入れる。
 象徴的な「菜園風季節野菜」は、フランス・リモージュの名窯レイノーが手がける「パラダイス」シリーズの器に、マリネした旬の野菜と地元の果実を重ねたひと皿。食事が進むにつれ、海と島々の輪郭が闇に溶け、夜の水盤に色とりどりのキューブが浮かび上がる。その風景を前に味わう料理は、ここでしか成立しないアート・ガストロノミーだった。

画像: SIMOSE French Restaurantシェフ 藤谷圭介(ふじや・けいすけ)氏 1983年、北海道江差町生まれ。服部栄養専門学校卒業後に渡仏し、「アラン・サンドランス」などで研鑽を積む。帰国後は札幌の「バンケット」でスーシェフ、「コートドール」「オプトゥニールK」でシェフを歴任。クラシックなフランス料理を軸に、瀬戸内の果実や柑橘、脂の乗りが繊細な魚介に着目。また、見島牛、周防大島の黒アワビ、岡山県産赤貝などの地域食材を活かし、火入れやソース、スパイスやリキュールが生む香りも大切だと語る。2025年6月より現職

SIMOSE French Restaurantシェフ
藤谷圭介(ふじや・けいすけ)氏
1983年、北海道江差町生まれ。服部栄養専門学校卒業後に渡仏し、「アラン・サンドランス」などで研鑽を積む。帰国後は札幌の「バンケット」でスーシェフ、「コートドール」「オプトゥニールK」でシェフを歴任。クラシックなフランス料理を軸に、瀬戸内の果実や柑橘、脂の乗りが繊細な魚介に着目。また、見島牛、周防大島の黒アワビ、岡山県産赤貝などの地域食材を活かし、火入れやソース、スパイスやリキュールが生む香りも大切だと語る。2025年6月より現職

画像: 「広島サーモンのミルクレープ」。広島サーモンを美しい層に重ね、岡山キャビアを合わせたクレープ仕立て

「広島サーモンのミルクレープ」。広島サーモンを美しい層に重ね、岡山キャビアを合わせたクレープ仕立て

瀬戸内西部を巡る旅の拠点へ

 国内のゲストは1泊2日が多い一方、海外からのゲストの多くは2泊3日で広島や宮島を巡るという。SIMOSEが次に目指すのは、岩国や山口の工芸、酒蔵、食文化をつなぐ滞在拠点。美術館を訪れ、坂茂建築に泊まり、土地の食材を味わう体験が、瀬戸内西部を旅する新たな入口になろうとしている。

画像: 下瀬美術館のエントランス棟。2本の樹木状の柱から、ヒノキ集成材の梁が放射状に広がる。館内にはミュージアムカフェも併設

下瀬美術館のエントランス棟。2本の樹木状の柱から、ヒノキ集成材の梁が放射状に広がる。館内にはミュージアムカフェも併設 

画像: 宮島、阿多田島、江田島など、瀬戸内の島々を望む望洋テラス。一般開館前と閉館後には、宿泊者だけの静かな時間が流れる ©Ben Richards

宮島、阿多田島、江田島など、瀬戸内の島々を望む望洋テラス。一般開館前と閉館後には、宿泊者だけの静かな時間が流れる

©Ben Richards

画像: 瀬戸内海に面した約4.6ヘクタールの敷地に、美術館、庭園、レストラン、10棟のヴィラが点在。屋根に設置されたソーラーパネルが、施設で使用する電力の約35%を賄う PHOTOGRAPHS: COURTESY OF Simose Art Garden Villa

瀬戸内海に面した約4.6ヘクタールの敷地に、美術館、庭園、レストラン、10棟のヴィラが点在。屋根に設置されたソーラーパネルが、施設で使用する電力の約35%を賄う

PHOTOGRAPHS: COURTESY OF Simose Art Garden Villa

Simose Art Garden VIlla
住所:広島県大竹市晴海2丁目10-50
TEL:0120-907-090(問合せ、宿泊予約)
公式サイトはこちら

髙野はるみ(こうの・はるみ)
株式会社クリル・プリヴェ代表
外資系航空会社、オークション会社、現代アートギャラリー勤務を経て現職。国内外のVIPに特化したプライベートコンシェルジュ業務を中心にホスピタリティコンサルティング業務も行う。世界のラグジュアリー・トラベル・コンソーシアム「Virtuoso (ヴァーチュオソ)」に加盟。得意分野はラグジュアリーホテル、現代アート、ワイン。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。
公式サイトはこちら

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