BY MASANOBU MATSUMOTO
世界的に知られる建築家・坂 茂は、世界にもっとも“必要とされている”建築家でもある。以前Tのインタビュー記事で紹介しているように、坂は、安価で輸送しやすく、再利用可能な紙管(しかん)を構造体にしたサステナブルな建築を考案し、被災地の仮設住宅やコミュニティスペース、難民のためのシェルターに応用。それらのプロダクトを提供するためのボランティア団体を立ち上げ、建築という手法を使って、世界各地で自然災害や人災などを受けた人々の支援、地域の復興に貢献してきた。
この新型コロナ危機においても、ネットカフェの休業により生活拠点を失った人々のための避難所や病院で、坂が開発した《避難所用間仕切りシステム》が使われていた。これは避難生活者のプライバシーを確保するための簡易的なパーテーションだが、実際に、飛沫(ひまつ)感染の予防にも効果的だったという。

《紙の大聖堂》
2013年にニュージーランドを襲ったカンタベリー地震。街のシンボル的存在であったクライストチャーチ大聖堂も深刻な被害を受け、坂は、現地で調達可能な紙管とコンテナーを用いて、新たな仮設のカテドラルを作った
©STEPHEN GOODENOUGH
大分県立美術館ではじまった『坂茂建築展』は、そういった人道的な活動、また企業ビル、美術館、コンサートホールなどの設計を行ってきた坂の多角的な仕事を総観できる展覧会だ。会場では、主に坂のシグネチャーである「紙」、また近年坂が改めて注目している「木」の2つの素材にフォーカスし、図面や写真、映像、実際の建築素材を用いた再現模型などを使って坂建築の魅力を丁寧に紹介。「スケッチを手で描くことで、建築のアイデアを整理していくこと」、「自身の建築空間のなかには既製品ではなく、自作のインテリアを極力使うこと」も坂のポリシーであり、手描きのスケッチ、紙管を使った椅子や照明器具「ペーパー・タリアセン(フランク・ロイド・ライトの代表作《タリアセン》を紙管でアレンジした坂の作品)」などのプロダクトが見られるのも、本展の特徴だ。

《紙の家》
坂の別荘として建てられた、紙管を構造体にした住宅。展覧会の会場には、建物の室内の一部を実物大で再現している
© HIROYUKI HIRAI

《ラ・セーヌ・ミュジカル》
パリ西郊外のセーヌ川に浮かぶセガン島に2017年に完成した複合音楽施設。クラシック音楽ホールの内壁にはさまざまな形状の合板がはめ込まれており、ダイナミックな音響が楽しめる
© DIDIER BOY DE LA TOUR
じつは、この大分県立美術館も坂の建築作品のひとつ。設計にあたって、坂は、“街に開かれた縁側としての美術館”をコンセプトの柱に掲げており、1階の通りに面した「アトリウム」は、ある種、パブリックスペースとしての役割もになってきた。本展のみどころのひとつ、坂の「災害復興支援」に関する作品の模型や写真資料は、このアトリウムで展示。このスペースに関しては、一般に開放し、誰もが無料で鑑賞できるようになっている。

《避難所用間仕切りシステム》
紙管のフレームを繋ぎ、布を掛けるだけで簡単にできる間仕切り。2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨の際の避難所などで利用された。坂は特定非営利活動法人「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク」を立ち上げ、この間仕切りシステムの提供を行っている
© VOLUNTARY ARCHITECTS’ NETWORK
『坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで』
会期:~ 7月5日(日)
会場:大分県立美術館
住所:大分県大分市寿町2-1
開館時間:10:00~19:00 ※金・土曜日は20:00まで(入場は閉館の30分前まで)
休館日:会期中無休
入場料:一般 ¥1,000、大学・高校生 ¥700、中学生以下無料
電話:097(533)4500
公式サイト