CERNでは、これまでに「Collide」を通じて海外から12人ほどのアーティストを受け入れており、ドイツ人の美術家ユリウス・フォン・ビスマルクもそのひとりだ。彼の代表作は自然、科学、テクノロジーに着想を得たインスタレーションで、その作風は遊び心にあふれている。CERNに滞在中、彼は何度かイタズラのようなことを仕掛けた。たとえばあるときは、30人の物理学者を地下に閉じ込めて暗闇で何が見えるかと尋ね、目に見えない物理現象を言葉で説明するように迫った。さらに最近では、CERNは英国のリバプールに拠点を置くメディアアートセンターFACT(Foundation for Artand Creative Technology)と提携。FACTの役割は、CERNでのアーティスト・イン・レジデンスの経験にインスパイアされた作品の展示をプロデュースしたり、展示スペースを手配したりすることだ。



CERNでアーティスト・イン・レジデンスを経験した

アナイス・トンダールが、ヤニス・ラルマンと共同制作した

《Vibrations from a Graphite Core》(2012年)

ANAÏS TONDEUR, IANIS LALLEMAND,

“VIBRATIONS FROM A GRAPHITE CORE,” 2012, PURE GRAPHITE,

IMAGE COURTESY OF THE ARTISTS AND GV ART GALLERY


「科学は重要であるからこそ、科学者だけの手にゆだねるわけにはいかない」と言うのは、FACTのディレクター、マイク・スタッブスだ。「今日の科学は、まるで新しい教会のような信仰の対象になっています。でも、テクノロジーが世間一般の人々の役に立つようなかたちで応用されていないことは、誰の目にも明らかです。大事な問題がきちんと議論されるためには、芸術や社会文化に携わる人々からの発信が必要なのです」。


この点について、美術家のトーマス・ストルースは次のように話す。「私の印象としては、1980年代以降ずっと、なぜか政府は技術革新でつねに後手に回っている。また、現実に起きている現象を抑制するための法整備もきわめて困難だ。アーティストに声がかかるようになったのは、彼らが自由な発想と批判的な分析力をもち、おしなべて腐敗とも無縁だからではないだろうか。たとえば、自動運転車が世に出れば、すぐに誰かが『自動運転車、万歳!』と叫ぶ。でもそんなもの、はたして誰が必要としているのか……。それより、公共交通機関をもっと充実させたらどうなんだろう? といった具合にね」


 重要な点がもうひとつある。CERNのような研究所にとっては、彼らの科学的発見をより多くの人々が理解できるように“翻訳”してくれるアーティストたちの存在が欠かせないということだ。「実験は目に見えないものが多いので、結果として存在するのは純粋なデータだけなんです」と、FACTのスタッブスは説明する。一般の人々になじみのない分野を扱うCERNのような機関としては、彼らの研究がいかに有意義であるかを著名なアーティストが視覚的にわかりやすい表現で訴えてくれればありがたい。しかし、スタッブスの目線は、もっと先をとらえている。「単に情報をビジュアルに置き換えるだけではなくて、科学文化をどうやって理解するかを考えるプロセスにもアーティストが加わる。これはとても大事なことだと思います」。


思い出してみてほしい。芸術と科学のあいだに文化の壁が立ちはだかるというのは、じつは比較的新しい問題なのだ。人類の長い歴史を通じてふたつの分野は協力しあう関係にあり、対立するような時代はほとんどなかった。芸術と科学のコラボレーションが頂点に達したルネサンス時代、そのもっとも有名な芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチは、科学者でもあった。芸術は宗教と足並みをそろえる一方で、自然現象や物理の世界も探究していたのである。ところが、ビクトリア朝時代になると、英国の物理学者C.P.スノーが「二つの文化」と表現するように、芸術と科学の世界は二手に分かれてしまった。近年再浮上してきた芸術と科学のコラボレーションを目指すプロジェクト、そこに関わる人たちは、まさにこうした文化的分断を正すことを目標にしているのだ。