現代の科学とテクノロジーは、国境をまたぎ越え、時に危険な速度で進む。その暴走を抑えられるのは政府の役人ではなく、アーティストなのかもしれない

BY GISELA WILLIAMS, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

「アーティストたちはもう、現実を投影した作風や、現実を自分なりに解釈したような作品の制作には興味をもっていない。それよりも、自らが積極的に現実を作り出す存在になりたいと思っています」と、アルスエレクトロニカのシュトッカーは言う。「それはすなわち、アーティストは科学とテクノロジーを支える仕組みについて、もっと深く理解しなければならない、ということなのです」

 芸術と科学の協働を目指す新しい取り組みに参加する現代のアーティストたちにとって、科学とテクノロジーの探究は、意外な発見をもたらす機会になっている。つい最近、モントリオールに滞在していたアイスランドの芸術家オラファー・エリアソンは、バックミンスター・フラーが設計したドームを訪ねた。測地線を結んでデザインされたこのドームは1967年のモントリオール万博でアメリカ館として建てられたもので、20階建てのビルに相当する高さの巨大建築物だ。エリアソンは「創造力をものすごく刺激された」と言う。

「あの時代の人々には、テクノロジーと創造力が未来をつくるという確固たる自信があったんだ」。彼は3年前、MITで約1カ月間、アーティス・イン・レジデンスとして過ごす機会を与えられ、その期間を「リトル・サン」というプロジェクトの制作にあてた。技術者のフレデリック・オッテセンと共同制作したのは、持ち運び可能な太陽光ランプだ。富裕国では高い値段で販売し、そのかわり貧困に苦しむ国では低価格で販売する。エリアソンの説明によると、このランプを世に送り出すことによって、次のような問いかけをしているのだという。

「手頃な値段で世界のどこでも使えて、人間の感情や創造力、欲求に即したデザイン。そんなエネルギー・システムを、どうしたら私たちは作り出せるだろう?」。自分たちは世界を消費しているのではなく、世界をともにプロデュースしているのだということを、いかにして人々に伝えるか――。エリアソンはこれまでの多くの作品において、この問題に正面から向き合っている。

 この11月から2018年1月まで、近年の作品を集めた大規模な展覧会をニューヨークのマリアン・グッドマン・ギャラリーで開催中のトーマス・ストルースは、科学分野の企業や研究機関で何度もアーティスト・イン・レジデンスを経験しているが、いずれも自ら掛け合って実現させたという。今年の初めにはヒューストンに数日間滞在し、NASAで写真を撮った。じつのところストルースは、新しい技術の開発と応用については(とりわけある特定の分野に関しては)非常に懐疑的かつ批判的な見解をもっているのだが、理科学系の研究者と仕事をすること自体は楽しいという。「研究者にはとてもオープンな人が多い。自分でもよくわからないものや見えないものに取り組んでいるから、アーティストと似ている部分があるんだ」

画像: ホルヘ・マネス・ルビオの《Untitled#5(Afterlife)》と題した月の仮面(2017年)。宇宙用の特殊アルミ蒸着フィルムと月の表層土のように見えるものを使って制作。ルビオはESAでアーティスト・イン・レジデンスを経験した JORGE MANES RUBIO,“UNTITLED #5 (AFTERLIFE),” FROM THE PEAK OF ETERNAL LIGHT SERIES, VAPOR DEPOSITED ALUMINUM AEROSPACE FILM AND LUNAR REGOLITH SIMULANT, AMSTERDAM, 2017

ホルヘ・マネス・ルビオの《Untitled#5(Afterlife)》と題した月の仮面(2017年)。宇宙用の特殊アルミ蒸着フィルムと月の表層土のように見えるものを使って制作。ルビオはESAでアーティスト・イン・レジデンスを経験した
JORGE MANES RUBIO,“UNTITLED #5 (AFTERLIFE),” FROM THE PEAK OF ETERNAL LIGHT SERIES,
VAPOR DEPOSITED ALUMINUM AEROSPACE FILM AND LUNAR REGOLITH SIMULANT, AMSTERDAM, 2017

 そしてもうひとり、紹介しておきたいアーティストがいる。コンセプチュアル・アーティストのホルヘ・マネス・ルビオだ。彼は2016年、欧州宇宙機関(ESA)でアーティスト・イン・レジデンスになった。ESAといえば、かねてから国際有人月面基地を建設する計画を発表している組織だ。「その計画に予算がついていたわけではないけれど、ESAは宇宙開発を担う機関と民間企業に対して、とても重要な呼びかけをしていたんだ。火星は遠すぎて、まだ目指すことはできない。でも月だったら、宇宙開発の次のステップになりうると思う」とルビオは話す。彼の作品には、これまでぞんざいに扱われてきた場所や文化の活性化をテーマにしたものが多い。

 ESAで、オランダにある「アドバンスド・コンセプト・チーム」にしばらく身を置いたあと、ルビオは月の寺院を建てることにした。チームのメンバーは、宗教色が強すぎる、スピリチュアル系に傾きすぎて自分たちが目指すものとはそぐわない、と不快感を露あらわにしたが、彼は構わずプロジェクトを続行した。専門家のもとで何カ月もかけて月の地質学的特徴について学び、重力が地球の6分の1という環境で実際に生活したらどうなるのかについても教わった。そしてついに、ルビオは寺院のデザインを完成させた。空想の世界に出てくる日干しレンガの建築物のようなたたずまいだ。いつの日か、3Dプリンターを使って月の表層土から建材を作り、月にこの寺院を本当に建てることができるかもしれない。

 いやひょっとすると、このプロジェクトのハイライトは、寺院のデザインが完成したことではないのかもしれない。世間の思い込みとは裏腹に、科学だって空想の世界に思いを馳せる喜びや魔術的思考と無縁ではないことを、ルビオ自身、そして彼の新しい制作パートナーたちも理解したことが、いちばんの収穫だったのではないだろうか。「寺院を作ることをめぐっては、いろいろと軋轢(あつれき)があった」と彼は当時を振り返る。「でもあるとき、誰かがこう言ってくれたんだ。『このアイデア、とてもいいと思うな。たとえば、寺院を建てたら帰ってくるというのはどうかな? 月に住むのはやめにして、ただ月と地球の関係を祝福するための美しい場所を作る。そういう展開だってあるかもしれないよね』」

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