マリー=フランス・コーエンは40年以上にわたり、夫のベルナールと数々の冒険を繰り広げてきた。パリに暮らす、創造力みなぎるふたりは、これ以上ないほどぴったりのカップルだった。マリー=フランスは卓越した美的センスのエキスパート、一方のベルナールはもの静かな、天性のビジネスマインドを備えた人物だったのだ。


 ふたりが手がけたビジネスは、パリのデザインシーンと慈善事業の分野に多大な影響をもたらした。1975年に立ち上げた「ボンポワン」は、フランス的なエスプリに満ちたハイグレードな子ども服ブランドの草分け的存在となった。2007年にこのブランドを売却すると、2年後の2009年にはパリの北マレに「メルシー」をオープン。コンセプトストアである「メルシー」の利益は、マダガスカルの恵まれない子どもたちに寄付される仕組みにした。開店と同時にこの3階建ての大型ブティックは右岸の顔である「コレット」(近日閉店予定)と並んで、パリのランドマーク的存在になった。コーエン夫妻は、「ボンポワン」の売却益で二軒の家を購入した。ひとつはパリ7区にある17世紀の建造物で、みずみずしい緑の中庭を囲うように邸宅と昔の馬車置き場が並んでいる。もう一軒はパリ郊外、フォンテーヌブロー近くの森のはずれにある、約8500坪の敷地に佇むマナーハウス(田舎の邸宅)だ。ふたりはこれらの家を冷ややかなモデルルームのようにはしなかった。子どもや孫のための部屋も設け、人をもてなす温かみがあり、洗練されながらも心地よい、安息の空間に仕立てた。


 2010年にベルナールが膵臓がんで亡くなったとき、マリー=フランスは絶望感に打ちひしがれた。彼女はすでに、母親と姉妹4人(そのひとりが伝説のパフューマー、アニック・グタール)をがんで亡くすという傷を抱えていたのだ。だが彼女はひきこもるどころか、「メルシー」の経営を、2013年に「ジェラール・ダレル」のオーナーに売却するまで、自分自身で続けた。そして現在、彼女は人生の第三幕を、つまりベルナールなしでの人生の第一幕を歩み始めようとしている。「メルシー」と同じくらい、強い思い入れのあるプロジェクトを推し進めているところなのだ。店名は「デモデ」で、デザインとインテリアの小さなショップ兼ショールームになる。新事業の拠点は、店のそばにある彼女のパリの自宅だ。



ホームオフィスの壁を彩る、

孫と姪たちが描いた絵や写真家サラ・ムーンの作品



背の高い窓の手前にあるのはナポレオン3世様式の“乳母用椅子”、

その向こうには緑の庭が広がる