BY CHIWAKO MIYAUCHI, PHOTOGRAPHS BY DAISUKE ARAKI
福岡 舘野さんとお近づきになったのは、舘野さんの師匠でもある熊田千佳慕さんという素晴らしい絵描きを通じてでした。熊田さんは日本のファーブルともいわれた人で、彼の絵がすごいのは虫の視線で絵を描いていること。生物は独自の知覚と行動で世界観をつくり出しているのですが、その虫たちの見ている世界の豊かさを、熊田さんも舘野さんも私に気づかせてくれる。私はおふたりの大ファンです。
舘野 いえ、私は誰も知らない地味な虫を観察して描いているだけです(笑)。しかし、この世界はやればやるほど、どんどんわからなくなっていく。パーフェクトはないですね。
福岡 舘野さんの絵本の『ぎふちょう』は、私もチョウ好きなのでうれしいんですが、『しでむし』『つちはんみょう』『がろあむし』に関しては、確かに昆虫好きにもあまり好まれない、非常に玄人(くろうと)好みの暗い虫を取り上げていますね。私はルリボシカミキリみたいな美しい宝石のような虫が好きなので、舘野さんには「福岡君、そんなきれいな虫が好きでは、まだ甘いよ」と言われそうですが(笑)。
舘野 何をおっしゃいますか。しかし虫好きのご縁で、こうして福岡先生のような方とお話しできるのはうれしい限りです。僕は以前、図鑑の絵を描いていたのですが、写真技術が進んで、食うに食えなくなった。絵本の生物画は、これがだめだったら絵描きをやめようと、玉砕覚悟で始めた仕事です。そのとき、絵の題材は嫌われ者の、死体を食う虫か、うんこにたかる虫にしようと思った。
福岡 シデムシは、死体を食べる。「死出」からきているんですね。
舘野 そうです。そのとき候補に挙がったのが、シデムシ、タカネヒカゲ、ツチハンミョウです。あまり目立たない辺境にいる者たちがいかに壮絶な生き様をしているか、それを描きたかった。ちょっと自分を重ね合わせたのかもしれません。
福岡 タカネヒカゲは、2,500メートルくらいの高地に生息するチョウで、雪の中に閉ざされながら、下草みたいなものを食べて、ようやくチョウになる。茶色で、なんかすすけていて、ぼろぼろで、しかもものすごい風の強い高地の岩肌の表面にいるので、最初から横向きになって止まっているんですよね。
舘野 そうです。なんていうか、最初から負けている。
福岡 そう、最初から負ける生き方を選んでいるのに、氷河期の頃から何億年もの間、ずっと生き残っている。これは自然からのすごいメッセージですね。
舘野 本当に、生き物の生態は壮絶です。私の観察していたツチハンミョウも、最初は4,000個も卵があるのに、運よく成虫になれるのは1個か2個しかない。しかも生き残ったたった2匹の間で最後は殺し合いが起こる。それを自分の目で目撃したときは、衝撃的というより、無常観に打ちのめされました。