BY NAOKO ANDO
“Cette chapelle est pour moi l’aboutissement de toute ma vie de travail”
(この礼拝堂は、私にとって一生の仕事の集大成である)
マティスが最晩年に取り組み、こう語ったヴァンスのロザリオ礼拝堂。本展最大の見どころは、この礼拝堂の1/1スケールの再現展示にある。白い壁に掲げられたタイル画、切り紙絵の手法でデザインされたステンドグラス窓の位置やサイズはもちろん、入り口の位置、祭壇の段差の上がり框や床の模様、キャンドルスタンドのデザインなどの詳細も見事に再現されている。
さらに興味深い仕掛けがある。ここでは、24時間を3分間に凝縮した自然光の動きが再現されているのだ。真っ暗な中にキャンドルだけが灯る夜間から次第に明るくなり、マティスが「冬の朝11時がベスト」と語った朝の低い光で、ステンドグラスの色彩がタイル画に反射する。日が暮れるにつれて床に落ちるステンドグラスの影が斜めに移動し、また暗闇に戻る。その一連の様子を空間内部で見ることができるのだ。たとえ現地に足を運んだとしても目にすることのできない、本展だけの貴重な体験だ。
マティスは、礼拝堂に関するあらゆるもの──告解室のドアや天井の照明、階段の手すりまで──をデザインした。司祭が祭式を執り行う際に着用するカズラ(上祭服)のためのマケット(試作)もだ。彼は切り紙絵の手法で約20点のカズラのマケットを制作した。本展では、そのうち5種が展示されている。このマケットから実際に、カトリック教会の典礼サイクルにしたがって6種のカズラが制作され、現在もヴァンスのロザリオ礼拝堂で着用されている。このほか、礼拝堂に関する資料やデッサン、マケットが多数展示される。
第二の見どころは、マティスが1952〜53年にかけて制作した大作、《花と果実》だ。ニース市マティス美術館から他館へ貸し出されるのは1963年の開館以来2度目という、ほぼ門外不出の作品で、もちろん日本初の展示となる。同館では、縦4.1×横8.7mという作品が巨大なガラスケースに収められてエントランスホールに設置されているが、本展では、ガラスで覆われずに展示されている。プレビューに合わせて来日した本展ディレクターで前ニース市マティス美術館館長クロディーヌ・グラモンに聞くと、「ガラスケースはサイズが大きすぎて日本に運ぶことができませんでした。そのため、本展ではガラス越しでなく、作品を直接見ていただくことができます」とのこと。
加えて、「おそらく、他館への貸し出しは今回で最後になるのではないかと思います」とも。ひょっとすると、ガラスの継目や反射を気にせず作品を鑑賞することができる、最後のチャンスとなるかもしれない。
本展は、5つのパートに分類して構成されている。
マティスが母親から贈られた絵具で初めて描いた作品を含め、初期作品を中心とした第1章「色彩への道」、室内画と彫刻を中心とした第2章「アトリエ」、舞台衣装や大型作品、壁画の習作などが見られる第3章「舞台装置から大型装飾へ」、前述の《花と果実》を含む切り紙絵が存分に堪能できる第4章「自由なフォルム」、そして最終の第5章「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」。
マティスの画風や創作メディア、キャリアの変遷を時間軸とともにわかりやすく分類し、油絵、デッサン、彫刻、舞台衣装、マケット、実際に使用したパレットや家具など、さまざまな作品や資料をバラエティ豊かに紹介。そして最後にハイライトであるヴァンスのロザリオ礼拝堂の実物大復元が現れる。名シェフのコース料理を夢中で味わい、気づいたら食後のコーヒーを飲んでいた、そんな充実感が味わえる必見の展覧会だ。
『マティス 自由なフォルム』
会期:5月27日(月)まで
会場:国立新美術館
住所:東京都港区六本木7-22-2
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