天井から絶妙なバランスで吊り下がり、微風でゆらゆらと揺れ動くモビール。この動く彫刻を発明したことで知られるアレクサンダー・カルダーの展覧会「カルダー:そよぐ、感じる、日本」が、麻布台ヒルズ ギャラリーで開催中だ

TEXT & PHOTOGRAPHS BY HIROYA ISHIKAWA

画像: カルダー財団理事長であり、カルダーの孫であるアレクサンダー・S.C.ロウワー氏

カルダー財団理事長であり、カルダーの孫であるアレクサンダー・S.C.ロウワー氏

 東京ではおよそ35年ぶりとなるカルダーの展覧会がテーマとするのは、日本の伝統や美意識との永続的な共鳴。会場にはカルダー財団が所蔵するモビール、スタビル、スタンディング・モビール、油彩画、ドローイングなど、1920年代から1970年代までに制作された約100点の作品が展示されている。

画像: 会場にはさまざまな形態の作品が並ぶ

会場にはさまざまな形態の作品が並ぶ

 キュレーションを担当したカルダー財団理事長であり、カルダーの孫でもあるアレクサンダー・S.C.ロウワー氏にカルダーの作品について尋ねると、意外な言葉を口にした。

「カルダーの作品は、一般的なアート作品のようにコンセプトや文脈を読み解かせるようなものではありません。自分自身が感じていることに気づき、自己を認識し、自我を形成する、つまりは自分と向き合うためのもの、セルフアウェアネスをもたらすような作品なのです。作品を鑑賞する際は、ぜひ自らの内面にも意識を向けていただけたらと思います」

 今回の展覧会は、カルダーの芸術作品における、日本の伝統や美意識との永続的な共鳴をテーマに掲げている。実は一度も来日を果たすことができなかったカルダーだが、日本との関連性はどんなところにあるのだろうか?

画像: 赤い壁は漆喰でできている

赤い壁は漆喰でできている

画像: 五重塔をモチーフにしたかのような作品(中央)。《The Pagoda》1963, Sheet metal, bolts, and paint. 312.4 × 200.7 × 159.4 cm.

五重塔をモチーフにしたかのような作品(中央)。《The Pagoda》1963, Sheet metal, bolts, and paint. 312.4 × 200.7 × 159.4 cm.

「カルダーは直感的に作品を制作するタイプで、計画を立てて制作していくようなスタイルではありませんでした。作曲家が音楽をつくる時に、頭の中に流れているものが音楽であり、譜面は取扱説明書のようなものであるように、カルダーにとっては頭の中に直感的に浮かび上がった造形が作品そのものなのです。作品のタイトルは制作後につけられたもので、タイトルのイメージに合わせて作品を作ったわけではありません。例えば、仏塔を意味するパゴダと名付けられた作品は、日本の五重塔のような形をしていますが、最初から五重塔をイメージして作ったわけではないのです。これは憶測になりますが、カルダーの潜在意識の中には日本的な要素が数多くあり、それらを作品が具現化しているのかもしれません」

画像: 葛飾北斎「富嶽三十六景」の影響が感じられる作品「ザ ウェーブ」。Alexander Calder 《The Wave》 (maquette) 1966, Sheet metal 33 × 28.9 × 25.4 cm.

葛飾北斎「富嶽三十六景」の影響が感じられる作品「ザ ウェーブ」。Alexander Calder 《The Wave》 (maquette) 1966, Sheet metal 33 × 28.9 × 25.4 cm.

 ロウワー氏がそう話すのには理由がある。
「カルダーの普段の生活の中には茶筅やたわしなど日本にまつわるものが数多くあったり、カルダーの祖父が刀やツバなど日本の骨董品をコレクションしていたので、彼にとって日本は身近な存在でした。また、カルダーがフランスで暮らしていた時にイサム・ノグチやレオナール・フジタなど日本人の友人がたくさんいたので、彼らと交流する中で日本についての知見を深めていたのかもしれません」

画像: ニューヨークを拠点に活動する建築家のステファニー後藤氏

ニューヨークを拠点に活動する建築家のステファニー後藤氏

 会場のデザインは、カルダー財団と20年来仕事を行ってきた建築家のステファニー後藤氏が担当。日本の伝統や美意識との永続的な共鳴という展覧会のテーマを巧みな空間構成によって際立たせている。

 会場全体がバランスの良い3:4:5の比率からなる直角三角形の組み合わせでレイアウトされているのが特徴で、これは日本の建築が畳をモジュールにしていることに倣ったものだ。さらにはディテールにも和の要素がさまざまな形で取り入れられている。

画像: 桜の木で作られた空間

桜の木で作られた空間

「赤い壁を漆喰で作ったり、空間を黒い墨で染めた無数の和紙で囲んだり、壁や展示台を桜の木で制作したりしています。天井は桂離宮のジグザグした天井を意識していますし、床の間のようなディスプレイもデザインしました。こうした日本的な感性をモダンに表現した空間で作品を紹介することで、カルダーのことがより深く理解できるのではないかと思います」

 カルダーのスタジオからも所々に日本の感性を感じると話す後藤氏。和の要素が盛り込まれた会場の雰囲気にカルダーの作品が自然となじんでいるのも、当然かもしれない。

画像: 梱包用の木箱に使われた穴の空いた板をキャンバスに使用した作品もある

梱包用の木箱に使われた穴の空いた板をキャンバスに使用した作品もある

 アレクサンダー・カルダー本人は、どのような人物だったのか? ロウワー氏がその人柄を明かしてくれた。

「最後までボヘミアンなスタイルを守り抜いた人でした。そこにカルダーの人間性が現れていると思います。晩年になって多くのお金を得るようになりましたが、それでも同じ車に乗って、同じ服を着ていましたし、日々の生活はなにも変わりませんでした。集まったお金は友達の売れなかったアーティストに渡すこともあれば、教育に活かしたり、自ら出資して大きな作品を作ったり。決して有名になりたいとか贅沢な暮らしをしたいわけではなく、人となにかを共有したり、自分自身を見つけるための作品を作り続けたりしたところが、カルダーの素晴らしいところです。それを知った上で作品を鑑賞していただけると嬉しいですし、彼の生前の姿に思いを馳せることで、より展覧会を楽しめると思います」

画像: 4点すべてこの展覧会で初めて公開された作品だ

4点すべてこの展覧会で初めて公開された作品だ

 会場はぐるっと一周すると最初に戻るように構成されている。二周、三周と観ることで違う風景が見えてきたり、作品への理解が深まったりするはずだ。そして、なにより自分自身のことを改めて見つめ直す貴重な機会にもなるだろう。

All works © 2024 Calder Foundation, New York / Artists Rights Society (ARS), New York

「カルダー:そよぐ、感じる、日本」
会期:〜9月6日(金)
会場:麻布台ヒルズ ギャラリー
住所:東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階
休館日:7月2日、8月6日
公式サイトはこちら

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