BY MARI HASHIMOTO
2025年は大阪・関西万博の開催とタイミングを合わせた特別展が、春・秋を中心に数多く企画されている。海外から日本を訪問する観光客にもアピールするとなれば、やはり日本美術、なかでも最高のものを、という流れで、西日本の三つのミュージアムでほぼ同時期に、国宝を中心とした展覧会が開催されることになった。
まず万博開催地から展示の概要を見てみよう。大阪・関西万博開催記念 大阪市立美術館リニューアル記念特別展『日本国宝展』は最もスタンダードな内容で、縄文時代から江戸時代まで、時代・ジャンルごとの国宝約130件をバランスよく集めた日本美術史の教科書のような展示といえる。
大阪が「満遍なく」なら、「めいっぱい偏る」方向へ振り切ったのが、奈良国立博物館(奈良博)で開催される奈良国立博物館開館130年記念特別展『超 国宝─祈りのかがやき─』だ。そもそも奈良博は、奈良の古社寺に伝わる仏教美術の保存・研究を使命とする博物館。国宝をテーマとする特別展でも、奈良博や奈良の歴史に関わりの深い、仏教美術が中心というとがった展示になった。出陳リストには法隆寺、東大寺、興福寺、唐招提寺、大安寺、元興寺、法華寺、薬師寺……と奈良を代表する古刹がこれでもかと名を連ねる。日頃はそれぞれの寺でしか拝せない、尊像をはじめとする仏教美術の名宝(国宝約110件、重要文化財約20件)が一堂に会するさまは、壮観の一語に尽きる。
一方、京都国立博物館での大阪・関西万博開催記念 特別展『日本、美のるつぼ─異文化交流の軌跡─』は、「国宝展」と謳っているわけではない。国宝18件、重要文化財53件を含む約200件の作品で描こうとしているのは、「異文化交流」という視点から日本美術をあらためて眺めよう、というもの。近代の万博で日本が自らのアイデンティティを示すために展示した浮世絵や漆工作品、あるいは大陸との長く活発な交流の中で舶載された唐物、それらの影響を受けて日本でつくられた工芸品など、憧れや誤解、模倣、改造を経ながらかたちづくられた、「日本」美術のダイナミズムに目を見張らされる。いずれ劣らぬ個性と魅力にあふれる展示は、どれかを選ぶというわけにもいかず、大阪、奈良、京都を駆け回る春になりそうだ。
※以下の作品キャプション内の〈奈良〉〈京都〉〈大阪〉は、それぞれの作品の展示会場・展覧会名を示します。〈奈良〉=奈良国立博物館『超 国宝―祈りのかがやき―』、〈京都〉=京都国立博物館『日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―』、〈大阪〉=大阪市立美術館『日本国宝展』
![画像: 1.〈京都〉国宝 俵屋宗達筆《風神雷神図屛風》 江戸時代・17世紀、京都・建仁寺所蔵[通期展示]。俵屋宗達は一通の手紙を例外として何の記録も残らぬ謎の絵師。本作にもサインや印、同時代の文献など、作者を確定する証拠がない。だが単色の金地を背景として二曲一双の両端にモチーフを描く、まったく新しい感覚の作品の筆者は宗達以外なし、と誰もが認めている。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783302/rc/2025/03/23/fe9b3857e40567fccb360ca89d1347f09c674752_large.jpg#lz:orig)
1.〈京都〉国宝 俵屋宗達筆《風神雷神図屛風》 江戸時代・17世紀、京都・建仁寺所蔵[通期展示]。俵屋宗達は一通の手紙を例外として何の記録も残らぬ謎の絵師。本作にもサインや印、同時代の文献など、作者を確定する証拠がない。だが単色の金地を背景として二曲一双の両端にモチーフを描く、まったく新しい感覚の作品の筆者は宗達以外なし、と誰もが認めている。
1. 今や日本美術の大看板となった俵屋宗達の《風神雷神図屛風》。だが「琳派」という呼称は近代に出てきたものだ。1900年のパリ万博に際して「近代国民国家」としての体裁を整えるため、「日本美術史」の大著『Historie de l'Art du Japon』を明治政府主導で編纂。まず仏語版、次いで日本語版が刊行された。その中に江戸時代の一画派として「École de kwaurin」=光琳派が設定されたのだ。血脈によらず、宗達、尾形光琳、酒井抱一と私淑によって継承される琳派こそ、近代日本美術の「古典」にふさわしい。国家によって「発見」された画派、それが琳派なのだ。

2.〈大阪〉国宝《土偶(縄文のビーナス)》 縄文時代中期・約5400~4500年前、長野県茅野市(茅野市尖石縄文考古館保管)。画像提供:茅野市尖石縄文考古館 展示期間: 5 月20日~6 月8 日 八ヶ岳西南麓地域では本作がつくられた直後頃から遺跡数が増加、造形に工夫を凝らした独自の土器がつくられ始める。本作は縄文時代の文化財として初の国宝指定を受けた。
2. まだ「日本」という名を持たなかった列島に、大陸から渡ってきた人間が姿を現すのは約4 万年前だ。土器の出現を画期とする縄文時代には、各地で個性を競い合うように多彩な土器、土偶がつくられた。多くの土偶が粗末なつくりで、破壊された状態で見つかるのに対し、1986年に棚畑遺跡で発掘された《土偶(縄文のビーナス)》は、像高27センチという類を見ない大きさで、かつ完全な形を保つ。表面は丁寧に磨かれ、胎土に混ぜ込まれた雲母が光り、腹の表面に開けた臍へそから胎内へ、あたかも臍の緒のように中空の管が伸びている。そこに込められた祈りに興味が搔き立てられる。
![画像: 3.〈奈良〉国宝《七支刀》 古墳時代・4世紀、奈良・石上神宮所蔵[通期展示]。「刀」としての姿に目を引かれるが、刀身に象嵌された文字は、朝鮮半島と日本との関係を記した、現存する最古の文字史料。文字が象嵌された古墳時代の刀剣としては七支刀を含め8振りほどが知られる。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783302/rc/2025/03/23/7151b51f14db9bb5a61f7d497bcb099cb7737fed_large.jpg#lz:orig)
3.〈奈良〉国宝《七支刀》 古墳時代・4世紀、奈良・石上神宮所蔵[通期展示]。「刀」としての姿に目を引かれるが、刀身に象嵌された文字は、朝鮮半島と日本との関係を記した、現存する最古の文字史料。文字が象嵌された古墳時代の刀剣としては七支刀を含め8振りほどが知られる。
3. 石上(いそのかみ)神宮は宮中に祀られていた神剣韴霊(ふつのみたま)をこの地に遷したときを創祀と伝え、剣にまつわる伝説に事欠かない。現在まで社宝として伝わる《七支刀(しちしとう)》は、刀身の左右に各3 本の枝刃を段違いにつくり出す特異な形をした鉄剣で、表裏合わせて61文字の銘文が金で象嵌(ぞうがん)されている。内容は諸説あるが、宝剣がつくられた年紀と経緯、刀のもつ力について記したと考えられ、朝鮮半島の百済王から当時の倭国王へ贈られたものとの説が有力視されている。『日本書紀』にもこの宝剣と類推される「七枝刀」の記述が見られるなど、古代東アジアの国際関係を探るうえでの一級史料なのだ。

4.〈奈良〉国宝《菩薩半跏像(伝如意輪観音)》 飛鳥時代・7 世紀、奈良・中宮寺所蔵。展示期間: 5 月20日~ 6 月15日 法隆寺東院の東北に寺地を接する中宮寺は尼寺として創建された。背すじを伸ばし、右足を左足の上に置いて坐具に坐り、右手の中指を頰に当てて思案するクスノキ材の半跏思惟(しゆい)の菩薩像を本尊とする。この姿勢をとる像は日本や朝鮮半島で6 世紀から8世紀にかけて数多くつくられた。
4. 仏教公伝(6世紀半ば頃)とともに朝鮮半島から伝わった仏像は金銅製で、『日本書紀』はこれを見た天皇の言葉として「西蕃(にしのとなりのくに)の献(たてまつ)れる仏の相貌(かお)端厳(きらぎら)し」、すなわち「キラキラしていた」驚きを伝える。それまで偶像崇拝の習慣をもたなかった日本で仏像制作が始まったのは7 世紀の初め。当初はシンメトリーで厳かな雰囲気の像が多かったが、7 世紀後半になると本作《菩薩半跏像(ぼさつはんかぞう)》のような柔らかい微笑、ゆったりとした姿勢を特徴とする新しい表現が生まれてくる。中宮寺では聖徳太子の母、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の姿を刻んだものと伝承されてきた、深い慈悲を感じさせる像だ。
![画像: 5.〈奈良〉〈大阪〉 国宝《金光明最勝王経(国分寺経)》(部分) 奈良時代・8 世紀、奈良国立博物館[奈良・大阪ともに通期展示 ※巻の入れ替えあり]。この経典を書写するために設けられた官立の「写金字経所」(臨時の機構)には、文字を写す経師のほか、線を引いたり装幀を行う装潢(そうこう)、紙を磨く瑩師(けいし)など、多様な技能をもつ職員が在籍し、5年余で71部710巻もの紫紙金字金光明最勝王経を完成させた。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783302/rc/2025/03/23/7c3a25abfbef3361daba34f114c7372a474c50c4_large.jpg#lz:orig)
5.〈奈良〉〈大阪〉 国宝《金光明最勝王経(国分寺経)》(部分) 奈良時代・8 世紀、奈良国立博物館[奈良・大阪ともに通期展示 ※巻の入れ替えあり]。この経典を書写するために設けられた官立の「写金字経所」(臨時の機構)には、文字を写す経師のほか、線を引いたり装幀を行う装潢(そうこう)、紙を磨く瑩師(けいし)など、多様な技能をもつ職員が在籍し、5年余で71部710巻もの紫紙金字金光明最勝王経を完成させた。
5. 輝かしい名称からして、いかにも「強そう」というか、「効きそう」というか。事実《金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)》は、王が正法をもって国を治めれば四天王らがこれを守り、国家平安が得られると説く、国家鎮護の経典だ。そこで聖武天皇は各地に国分寺・国分尼寺を建立するにあたり、国分寺の七重塔に金字の《金光明最勝王経》を安置することを命じた。稀少な紫の染料を贅沢に用いて濃く染めた紙に金泥で文字を記し、さらに猪牙(ちょき)で磨けば、真理の言葉は燦然と煌めきたつ。断簡が各地に分蔵されるが、備後国の国分寺に安置されていたと伝わる本作は、全10巻をコンプリート!
![画像: 6.〈京都〉国宝《宝相華迦陵頻伽蒔絵そく(土へんに塞)冊子箱》 平安時代・延喜19(919)年、京都・仁和寺所蔵[通期展示]。漆工芸の技術は飛鳥〜奈良時代に中国から伝わったが、蒔絵の技法は日本で独自の発展を遂げた。そして平安時代前期にはきわめて高い完成度に達していた証左が本作であり、制作時期や背景が明らかな基準作品として国宝となった。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783302/rc/2025/03/23/e2496dbed9cbb468e23c026f53a66fbf2300f354_large.jpg#lz:orig)
6.〈京都〉国宝《宝相華迦陵頻伽蒔絵そく(土へんに塞)冊子箱》 平安時代・延喜19(919)年、京都・仁和寺所蔵[通期展示]。漆工芸の技術は飛鳥〜奈良時代に中国から伝わったが、蒔絵の技法は日本で独自の発展を遂げた。そして平安時代前期にはきわめて高い完成度に達していた証左が本作であり、制作時期や背景が明らかな基準作品として国宝となった。
6.平城京を離れて784年に長岡京へ、それから10年足らずで新都を捨て、794年には平安京に遷都、という波乱から幕を開けた平安時代。その始まりに立ち会い、日本仏教の礎を確立したのが、空海・最澄という二人の天才だ。空海が唐への留学中に現地で書き写し、持ち帰った密教経典・儀軌の集成《三十帖冊子》(やはり国宝で仁和寺所蔵、展示の予定なし)が、彼の死後に散逸することを防ぐべく、醍醐天皇の命でつくられたのが本作《宝相華迦陵頻伽蒔絵そく(土へんに塞)冊子箱(ほうそうげかりょうびんがまきえそくさっしばこ)》。豊かに咲き誇る宝相華唐草と、それぞれ表情も姿態も異なる迦陵頻伽(極楽浄土に住む人面鳥身の想像上の生物)を描き出した、研出(とぎだし)蒔絵の傑作だ。

7.〈大阪〉国宝《古今和歌集 巻第二十(高野切第一種、部分)》 平安時代・11世紀、高知県立高知城歴史博物館蔵。展示期間: 5 月20日〜 6 月1 日 当初は全部で二十〜二十二巻あったと考えられるが、散逸。その中の巻九の冒頭部分が高野山に伝わったことから、すべてを「高野切」と通称するようになった。巻二十は近衛家を経て、土佐山内家に伝来。この巻のほかに巻五、八だけが完本として現存する。
7. 男性貴族社会の公用語である漢字に対して、ひらがなは女性が使うサブカルチャーの地位に甘んじていた。だが907年、超大国・唐の滅亡と軌を一にして、唐=漢字の影響下から離れ、ナショナルな文化を立ち上げようという動きが東アジアに広がっていく。日本でも勅命によって、仮名文字で編まれた初めての歌集『古今和歌集』が出現。その最古の写本にして、最も美しい仮名の名品とされるのが高野切(こうやぎれ)だ。11世紀中頃に三人の能書が筆を執った寄合書きで、筆跡によって第一種、第二種、第三種と分類される。本作《古今和歌集 巻第二十》はその中でもとりわけ格調高く、一番の書だとされる第一種。
奈良国立博物館開館130年記念特別展『超 国宝―祈りのかがやき―』
会場:奈良国立博物館 東・西新館 奈良県奈良市登大路町50 奈良公園内
会期: 4月19日(土)~ 6月15日(日)
[前期展示:4月19日(土)~ 5月18日(日)/後期展示:5月20日(火)~ 6月15日(日)] ※会期中、一部の展示替えあり
開館時間:9 時30分~17時 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜・5月7日(水) ※4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開館
TEL. 050-5542-8600(ハローダイヤル)
公式サイトはこちら
大阪・関西万博開催記念 特別展『日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―』
会場:京都国立博物館 平成知新館 京都府京都市東山区茶屋町527
会期:4月19日(土)~ 6月15日(日)
[前期展示: 4月19日(土)~ 5月18日(日)/後期展示:5月20日(火)~ 6月15日(日)] ※会期中、一部の展示替えあり
開館時間: 9 時~17時30分(金曜は20時まで) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜 ※ 5月5日(月・祝)は開館、5月7日(水)は休館
TEL. 075-525-2473(テレホンサービス)
公式サイトはこちら
大阪・関西万博開催記念 大阪市立美術館リニューアル記念特別展『日本国宝展』
会場:大阪市立美術館 大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1 -82 天王寺公園内
会期: 4月26日(土)~ 6月15日(日) ※会期中、一部の展示替えあり
開館時間:9 時30分~17時 土曜と5月4日(日・祝)、5日(月・祝)は19時まで
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜 ※ 4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開館
TEL.06(4301)7285(大阪市総合コールセンター)
公式サイはこちら
橋本麻里(はしもと・まり)
学芸プロデューサー。江之浦測候所 甘橘山美術館 開館準備室室長。金沢工業大学客員教授。「刀剣乱舞ONLINE」日本文化監修。新聞、雑誌等への寄稿のほか、美術番組での解説、キュレーション、コンサルティングなどその活動は多岐にわたる。近著に『かざる日本』(岩波書店)、共著に『図書館を建てる、図書館で暮らす』(新潮社)。
3つの特別展の観覧チケットを、各展覧会につき5組10名様にプレゼント
『超 国宝―祈りのかがやき―』(奈良国立博物館)、『日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―』(京都国立博物館)、『日本国宝展』(大阪市立美術館)の無料観覧チケットを、抽選で、各展覧会につき5組10名様にプレゼントします。ご希望の方は下記よりご応募ください。
※応募できるのは、3つの展覧会のうちの1つのみとなります。
申し込み受付は終了いたしました
※ご応募には集英社ID(ハピプラのプラス会員)へのご登録が必要です。
※ご登録の情報に基づいて、抽選・発送等の手続きを行います。応募前にご登録情報が最新のものであることを必ずご確認ください。
※当選発表は、賞品の発送をもってかえさせていただきます。(2025年4月下旬頃の発送予定)
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