没後80年あまりを経た今、世界中の注目を集めているヒルマ・アフ・クリントの展覧会が東京国立近代美術館で開催中だ。各国の美術館から作品の借り出し依頼が殺到するなか、アジア初の回顧展を東京で鑑賞できる幸運を噛みしめよう

BY NAOKO ANDO

画像: 会場風景より〈10の最大物、グループIV〉(1907年)。高さ約3.2m、幅約2.4mの大型絵画10点のシリーズ

会場風景より〈10の最大物、グループIV〉(1907年)。高さ約3.2m、幅約2.4mの大型絵画10点のシリーズ

 ヒルマ・アフ・クリント(1862〜1944)は19世紀後半から20世紀初頭にかけてスウェーデンで活動した、当時としては極めて珍しくスウェーデン王立美術アカデミーで正統的な美術教育を受け、職業画家としてキャリアをスタートした女性アーティストだ。その作品群を観れば、ひと目で私たちが大好きな「北欧テイスト」の源流を見出すことができる。

画像: 会場風景より〈10の最大物、グループIV〉(1907年)。作品は人生の4つの段階について描かれている。この2点は「成人期」

会場風景より〈10の最大物、グループIV〉(1907年)。作品は人生の4つの段階について描かれている。この2点は「成人期」

 とはいえ、「いかにも北欧っぽい」、「可愛い!」などと実は言っている場合ではない。近年になって、彼女と彼女の作品の存在は美術史を書き換えるのではないかという議論にまで発展している。彼女がカンディンスキーやモンドリアンが創始したとされる「抽象画」を、彼らに先んじて描いていたといえるのではないか、との考えが出てきているのだ。

画像: ヒルマ・アフ・クリント、ハムガータン(ストックホルム)のスタジオにて、1902年頃 ヒルマ・アフ・クリント財団 Courtesy of The Hilma af Klint Foundation

ヒルマ・アフ・クリント、ハムガータン(ストックホルム)のスタジオにて、1902年頃
ヒルマ・アフ・クリント財団

Courtesy of The Hilma af Klint Foundation

 しかしこれらはまだ議論され始めたばかりで、アフ・クリントの名は美術史において確固たる位置付けがなされていない。この展覧会を企画した東京国立近代美術館美術課長の三輪健仁氏は、記者発表会で「彼女の作品を抽象絵画の出発点とすると、ほかの画家の位置付けもすべて見直さなければならなくなるのではないか」と語っている。これはおおごとだ。

画像: 会場風景より〈10の最大物、グループIV〉(1907年)。左側の2点は幼年期、右側の手前2点は老年期

会場風景より〈10の最大物、グループIV〉(1907年)。左側の2点は幼年期、右側の手前2点は老年期

 では、なぜそうなったのか。いちばん大きな理由は、彼女が神智学をはじめとするスピリチュアリズムに立脚して制作していたこと、つまり傍流の「オカルト画家」と見なされていたということだ。三輪氏は本展図録の解説に“「オカルト画家」かつ「抽象画家のパイオニア」、二つのパラダイムの両立ははたして可能だろうか”と書いている。
 しかし、カンディンスキーやモンドリアンもスピリチュアリズムや神智学、人智学などの秘教的思想から強い影響を受けていたというのだから、彼女が女性であったことも、美術史から長らくこぼれ落ちていた理由のひとつといえるのだろう。加えて、死後20年間は作品を公開しないよう希望していたと言い伝えられていたことも、作品の研究を遅らせた原因なのかもしれない。

画像: 会場風景より〈進化、WUS/七芒星シリーズ、グループⅥ〉(1908年)

会場風景より〈進化、WUS/七芒星シリーズ、グループⅥ〉(1908年)

 世界的に注目され始めたきっかけは、2013年から2015年にかけて、ストックホルム近代美術館からスタートし、ヨーロッパを巡回した回顧展。そして2018年、ニューヨークのグッゲンハイム美術館で開催された「ヒルマ・アフ・クリント:未来のための絵画」が爆発的な人気となり、同館史上最大の60万人超えの入場者数を記録した。
 その後の人気の高まりはすさまじく、世界の名だたる美術館で展覧会が開催され続けている。そのため、本展の準備にも足掛け5年もかかったという。その努力のおかげで、私たちはアジアで初めて、アフ・クリントの作品の全貌を目撃することができるのだ。

画像: 会場風景より〈白鳥、SUW シリーズ、グループIX:パートⅠ〉

会場風景より〈白鳥、SUW シリーズ、グループIX:パートⅠ〉

画像: 会場風景より、〈祭壇画、グループⅩ〉(1915)

会場風景より、〈祭壇画、グループⅩ〉(1915)

 展示構成は、鑑賞者が作品に没入できるように工夫されている。本展のハイライトである大型作品〈10の最大物〉は、照明を落とした大空間で、作品の周囲を鑑賞者が周回できるように並べられ、壁際には座ってじっくり鑑賞できるベンチもある。〈白鳥、SUWシリーズ、グループIX:パートⅠ〉や〈祭壇画、グループⅩ〉などのシリーズ作品は、作品に囲まれた空間に鑑賞者が足を踏み入れるような配置となっている。

画像: 会場風景より、〈パルジファル・シリーズ、グループⅡ、エーテルの折り畳み〉(1916年)

会場風景より、〈パルジファル・シリーズ、グループⅡ、エーテルの折り畳み〉(1916年)

画像: 会場風景より、《青の本、ブック5(七芒星)》制作年不詳

会場風景より、《青の本、ブック5(七芒星)》制作年不詳

 水彩画やスケッチなども展示されている。アフ・クリントは、生涯で約1,300の絵画作品と26,000ページにのぼるスケッチやメモを残しているという。本展は、その中から約140作品が出展されている。もちろん、すべてが初来日となる。

画像: 資料とともに年表が掲示されている

資料とともに年表が掲示されている

 会場には、資料とともに彼女の活動の詳細にわたる年表も掲示されている。これらをじっくり読み込むことで、作品世界を深く読み解くことができるだろう。
 アフ・クリントの内面や制作意図、モチーフが示す意味、女性であることの葛藤、美術史における意味合いなど、知るべきことや、考えさせられることは多々ある。しかし、これほどまでに世界中から注目を集めている理由は、当たり前だけれど、作品が素晴らしいから。それに尽きるといえるのではないだろうか。まずは作品の前に立って、好きにならずにはいられないこの色彩とモチーフを浴びるように鑑賞したい。
 また、2022年に日本で公開された映画『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』(配給:トレノバ)が、本展の開催に合わせて渋谷ユーロスペースにて6月13日まで再上映されている。この映画を観てから本展を鑑賞するのもおすすめだ。

画像: PHOTOGRAPHS BY NAOKO ANDO

PHOTOGRAPHS BY NAOKO ANDO

「ヒルマ・アフ・クリント展」
会期:6月15日(日)まで
会場:東京国立近代美術館
住所:東京都千代田区北の丸公園3−1
公式サイトはこちら

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