BY CHIE SUMIYOSHI, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE

プラダ 青山店の5 階でエレベーターを降りるとそこは瀟洒なミッドセンチュリー風の室内だった。デンマークの映画監督ニコラス・ウィンディング・レフンと日本のゲームクリエイター小島秀夫による展覧会「Satellites(サテライト)」の会場である。プラダ財団の支援を受け、レフン率いるクリエイティブスタジオ byNWRによって構想された本展。その空間はレトロフューチャーなSF映画を想起させ、宇宙船を模した6台のテレビは配線や基板など内部のデザインが剥き出しになっている。画面にはレフンと小島の顔が映し出され、一心に何かを語りかけている。10年以上にわたり特別な絆を結んできたふたりのアーティストが、あたかも別々の軌道を巡る、決して邂逅することのない孤独な衛星(サテライト)のように、モニター画面を通して対話を交わしているのだ。
「子どもの頃、テレビは世界を知るための窓でした。8 歳のときデンマークからニューヨークへ移住し、多数の局から無限に流れてくる視覚情報をテレビ画面を通して体験しました。私はもともと失読症(ディスレクシア)であることから、文字を解するよりもイメージや音を感覚で捉えることで、自分を取り巻く世界のリアリティや創造性にアクセスしてきました」とレフンは語る。
レフンと小島のコラボレーション「Satellites」の本質は、「語り(ナラティブ)」の深度にある。英語話者でない小島と文字情報を解読することが困難なレフンが、およそ2 時間半もの膨大な「語り」をライブ録画したその対話はきわめて密度が濃く、パーソナルな部分に踏み込んだものだった。いったいなぜ彼らはここまで親密かつ思索的な関係性を築くことができたのだろう。

ヘルツォーク&ド・ムーロンの建築を象徴する空間は、レトロフューチャーなSF映画を連想させる、ミッドセンチュリー風のワンベッドルームアパートメントと化した。パブリックスペース、ソファのある家庭的なリビング、親密さの象徴であるベッドルームに緩やかに分かれ、6台のテレビはレフンと小島がサテライトから画面越しに語りかけるホログラム風の映像を映し出す

ベッドの上にはカセットテープ
無声映画のようなコミュニケーション
知人を介してコンタクトをとっていた彼らが初めて対面で会ったのは、ロンドンの
レストランだったという。
「まるで昔から同じクラスにいた幼なじみのように感じました」と小島は言う。「観てきた映画や聴いてきた音楽がかなり共通していて、その中でも好きなものやインスパイアされたものが同じだったんです。僕らは異なるメディアや業界で活動していますから、たとえば、好きな食材は一緒だけど、その食材で作ったそれぞれの料理はまったく違うものになるところが面白い。以来、ニコラスとは普段から頻繁に、言語での会話よりもムービーや絵文字を使ってやり取りしています。ときには沈黙が流れることもあります。もしかすると言葉が通じていたら衝突していたかもしれませんね」
一方、レフンも「無声映画のようなコミュニケーション」と呼ぶ小島との関係性についてこう語る。「彼との初デートは通訳を帯同しなくてもうまくいきました。私たちは似たもの同士で同じような問題を抱えていますが、ビジネスの関係ではないので恐れや不安がなく、心地よく自分自身でいることができます。幼児のような五感を使ったプリミティブな方法で交流しています。子どもの頃にSF映画で観たような、近未来のテクノロジーにより言語を介さなくなったコミュニケーションにも通じるかもしれません。しかし技術の問題ではなく、親密な感情を伝え合えるからこそ、僕らの関係は長年にわたり続いていて、毎回新しい発見があるんです」
生命に関わる体験が変化させた世界観
会場の一角のフィッティングルームにはもうひとつのインスタレーションが展開されている。床に無数のカセットテープとプレイヤーが無造作に置かれていた。それらのテープには映画のサウンドトラックやサウンドバイト、さらにレフンと小島による「語り」の断片がさまざまな言語でAI翻訳され、収録されている。来場者はテープを持ち帰り、自分だけのオリジナル編集の対話をもとに彼らの創造性を探りあてる。

カセットテープが散らばるフィッティングルーム
「私たちはアイデアやトークをカセットテープというモノに閉じ込めて交換していた世代です。このテープにはふたりの対話の断片が凝縮されていますので、それぞれの心の中をのぞくような体験をしてもらえると思います」とレフンはほのめかす。
「これは答え合わせのための解答集でも外国語の学習ツールでもありません。生命としての人間本来の根源的なコミュニケーションについて考えていただけたら。そこに答えはないんですけれどね」と小島は言う。
会場に流れる彼らの対話の中で、繰り返し語られる印象的なトピックがある。それは近年、ともに大病を経験しながらも生還したことだ。レフンは一時心肺停止となったが20分後に蘇生したという。小島はコロナ禍の時期に眼を患い、失明の危機から回復した。生命に関わる重大な出来事は彼らの世界観をどう変化させたのか。
「一時的な死から目覚めて新しい人間に生まれ変わったあと、人生の美しさをより純粋に理解するようになりました。なかでも家族は最も大切なものです。その一方で、太陽系の違う軌道を巡るサテライトのように、孤独な創造の苦しみとビジョンを分かち合うことができる同志が秀夫なのです。結婚と仕事、両方で最良のパートナーと巡り合った自分は恵まれていると感じます」とレフンは振り返る。彼の思いに呼応するように、小島はこう語ってくれた。
「僕は幼い頃に父を亡くし、人の死というものに早いうちに触れました。生物にとって死とは生殖のための時限スイッチであると理解していたつもりでしたが、自分自身が大きな病気を体験したとき、クリエイターとしての残りの人生が見えてきたんです。死後も影響を与え続けるようなものづくりをしたいと強く思いました。家族はそれを沿道から支えてくれますが、ニコラスは伴走者といえるかもしれません。ちょうどいい距離感の関係性で宇宙を回りながら、孤独に彷徨(さまよ)っている。そんなふたりのおっさんのぼやきともいえるのが今回の展示です」

カセットテープは持ち帰ることができる
人間のつながりを示唆するナラティブの力
レフンと小島は言語の障壁を超えた親密な交流を重ね、独自の風変わりな対話から得たインスピレーションを創作や人生に昇華してきた。本展で開示されたみずみずしいコミュニケーションの概念とプロセスには、彼ら自身が作家としてこれまで綴ってきたナラティブ(物語)の魅力を熟知し信頼してきたことが根底にあるのではないか。
映画やゲームの映像表現は、非現実的な事象を映像空間に生成することができる。そこに立ち現れるものはたしかに幻想(フィクション/イリュージョン)にすぎないが、作家が構築したナラティブとは同時代を生きる私たちの世界に起こるかもしれない仮想の現実でもある。視聴者がナラティブの深層に潜り込むほど、そこに蓄積された記憶やイメージはリアリティを帯び、さらにこれから起こる現実を変容させる「言霊」にもなり得る。実際こうしたナラティブの力によって、世代や地域を超えたエンパシーを生み出そうとする「ナラティブ・アプローチ」の考え方は、近年アートのみならず、臨床心理学から製品開発までさまざまな分野で応用され、現代の迷いびとに癒やしと気づきをもたらしているのだ。本展をじっくりと体験し、こうした社会状況についても思索が及んだ。
すでに地位を確立し熟年期を迎えたふたりのアーティストが自身の胸のうちを曝け出し、言葉にならない切実な呻うめきを共有した「Satellites」。彼らが自分自身の物語を吐露した「語り」による対話のアプローチは、生身の感覚を頼りに生きる人間のつながりという根源的な問題を提起し、手探りで生きる多くの人たちに届けられるはずだ。

ニコラス・ウィンディング・レフン
映画監督。デンマークのコペンハーゲンで生まれニューヨークで育つ。24歳で手がけた『プッシャー』(1996年)でカルト的人気を獲得。以来国際的に高く評価され、『ヴァルハラ・ライジング』(2009年)がヴェネツィア国際映画祭プレミア上映。『ドライヴ』(2011年)でカンヌ国際映画祭監督賞受賞。Netflix『コペンハーゲン・カウボーイ(』2023年)を故郷で撮影。次回作は東京で撮影予定

『ヴァルハラ・ライジング』は北欧神話をもとにしたアクションアドベンチャー。超人的戦闘能力と予知能力を持つ片目の戦士ワン・アイが壮絶な運命をたどる
VALHALLA RISING, DOP MORTEN SØBORG.

小島秀夫(こじま・ひでお)
ゲームクリエイター・映像作家。ゲームというメディアの限界を押し広げ、ゲームの世界にストーリーテリングと映画的表現の革新をもたらした。2019年、自身のスタジオによる初のタイトル『DEATH STRANDING』をリリース。2020年、英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)フェローシップ賞ほか数々の受賞により世界的評価を獲得。2022年、芸術選奨文部科学大臣賞受賞

新作『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』(6月26日発売予定)。謎の現象により分断されたアメリカ大陸を舞台に、プレイヤーは伝説の運び屋として人々に物資を運びながら、幽閉された次期大統領の救出に向かう
©2025 KOJIMA PRODUCTIONS CO., LTD. /HIDEO KOJIMA. PRODUCED BY SONY INTERACTIVE ENTERTAINMENT INC.
「SATELLITES: NICOLAS WINDING REFN WITH HIDEO KOJIMA」
会期:~ 8 月25日(月)
会場:プラダ 青山店 5F
東京都港区南青山5 の2 の6 入場無料
公式サイトはこちら