世界は混沌としているが、アートは粛々と日本にやって来る。この夏は、淑女たちの射抜くようなまなざしに触れ、自分を見つめ直す機会としてみてはいかが? 東京、横浜、大阪の3都市で開かれる展覧会をご紹介する

BY NAOKO ANDO

レオナルド・ダ・ヴィンチによる肖像画が初来日
『ルーヴル美術館展 ルネサンス』

画像: レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》1490‒1497年頃 パリ、ルーヴル美術館 © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Michel Urtado

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》1490‒1497年頃 パリ、ルーヴル美術館

© GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Michel Urtado

 ルーヴル美術館の膨大なコレクションから、選りすぐりの約50点が来日する本展。なかでもレオナルド・ダ・ヴィンチによる“《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》”の初来日が大きな話題となっている。このミステリアスなタイトルの理由はこうだ。

 1683年に編纂されたフランス国王ルイ14世の絵画コレクションの目録で、上の作品とは別の作品に“レオナルド・ダ・ヴィンチによる「美しきフェロニエール」の肖像画である”という記述があり、その後、両者の間で呼称の混同が発生したのだという。そのため、上の作品も、19世紀初め頃から長らく《美しきフェロニエール》と呼ばれていたそう。
 くだんの、17世紀から18世紀末まではレオナルド・ダ・ヴィンチによる《美しきフェロニエール》と称されていた“別の作品”がこちら。

画像: ロンバルディアの画家《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》1500 ‒1512年頃 パリ、ルーヴル美術館 Photo © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Franck Raux / distributed by AMF-DNPartcom

ロンバルディアの画家《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》1500 ‒1512年頃 パリ、ルーヴル美術館

Photo © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Franck Raux / distributed by AMF-DNPartcom

 研究の結果、作者はレオナルド・ダ・ヴィンチではなく不詳で、横顔をとらえた肖像形式や支持体の板の材質からイタリア・ロンバルディアの画家だと推測されている。モデルは当時流行したフランス風の装いだが、ミラノ公国が1499年から1512年までフランスの支配下にあったことから、当地に住んでいたフランス人女性の可能性があるという。

 一方のレオナルド・ダ・ヴィンチ作《女性の肖像》は、彼が1482年から1499年までミラノに滞在していた時期の後半に描かれたものとされる。当時の北イタリアでは横顔の肖像形式が主流だったものの、レオナルド・ダ・ヴィンチはフランドルの画家が発展させた四分の三正面観を採用。のちの《モナ・リザ》の前身と位置付けられる重要な作品だ。
 モデルは、ミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァの愛妾、ルクレツィア・クリヴェッリ、ルドヴィコの一代前のミラノ公妃イザベッラ・ダラゴーナ、ベアトリーチェ・デステなどの名前が挙がっているが、現在の研究者の間では、ルクレツィア・クリヴェッリ説が有力だという。

 本展で答え合わせ的に同時に展示されるので、この2作を見比べてみるのも面白いだろう。

画像: ルカス・クラーナハ(父) 《三美神》 1531年 パリ、ルーヴル美術館 Photo © GrandPalaisRmn, (musée du Louvre) / Mathieu Rabeau / distributed by AMF-DNPartcom

ルカス・クラーナハ(父) 《三美神》 1531年 パリ、ルーヴル美術館 

Photo © GrandPalaisRmn, (musée du Louvre) / Mathieu Rabeau / distributed by AMF-DNPartcom

 本展ではほかに、クラーナハやボッティチェリ、ティツィアーノ、デューラー、エル・グレコなど、ルネサンスを代表する巨匠たちの作品も見ることができる。絵画だけでなく、彫刻、メダル、陶器、タペストリーなど、ルネサンス期に飛躍的な発展を遂げたさまざまな技法の作品も展示される。15〜16世紀ルネサンス期の人々が獲得した、現在に続く表現の喜びに思いを馳せよう。

『ルーヴル美術館展 ルネサンス』
会期:9月9日(水)〜12月13日(日)
会場:国立新美術館企画展示室1E
東京都港区六本木7-22-2
公式サイトはこちら

ヴィクトリア&アルバート博物館企画の世界巡回展
『マリー・アントワネット・スタイル』

画像: コートドレスのマリー・アントワネット フランソワ=ユベール・ドルーエ(画) 1773年 油彩、カンヴァス 63.5×52.0cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 Marie Antoinette in court dress, by François-Hubert Drouais. 1773 Collection of the Victoria and Albert Museum ⒸVictoria and Albert Museum

コートドレスのマリー・アントワネット フランソワ=ユベール・ドルーエ(画) 1773年 油彩、カンヴァス 63.5×52.0cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵

Marie Antoinette in court dress, by François-Hubert Drouais. 1773 Collection of the Victoria and Albert Museum ⒸVictoria and Albert Museum

 1770年、14歳で王太子妃としてフランスに嫁いだオーストリア皇女マリー・アントワネット。彼女のスタイルは、その生き方やファッション、インテリア、デザインなどにおいて、今なお大きな影響を与え続けている。本展は、そんな彼女の“スタイル”を、ヴィクトリア&アルバート博物館が再評価し、その魅力の源泉から現在に至るまでを展観する世界巡回展だ。

画像: ローブ・ア・ラ・フランセーズ(フランス風ドレス) フランス製 1760年代(1770年代に加工) 絹、光沢をつけた麻 ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 Robe à la française(made in France) ⒸVictoria and Albert Museum, London

ローブ・ア・ラ・フランセーズ(フランス風ドレス) フランス製 1760年代(1770年代に加工) 絹、光沢をつけた麻 ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 

Robe à la française(made in France)
ⒸVictoria and Albert Museum, London

 展示は3章で構成されており、第1章では、文化の中心を担っていたフランスの宮廷における堅苦しい慣習に挑み、自らのセンスを貫いたマリー・アントワネットのスタイルを、実際に彼女が使用した品々もまじえながら探る。国内外の流行の発信源としてのアイコンから、贅沢の象徴として反体制派の標的となるまでが、実在した人物として見る者に迫り来る。

画像: 通称「サザーランド・ダイヤモンド」 1780年代にネックレスに加工 金、銀、プラチナ、ダイヤモンド 長さ35.8cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 The Sutherland Diamonds ⒸVictoria and Albert Museum, London

通称「サザーランド・ダイヤモンド」
1780年代にネックレスに加工 金、銀、プラチナ、ダイヤモンド 長さ35.8cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵

The Sutherland Diamonds ⒸVictoria and Albert Museum, London

 フランス革命の引き金の一つとなり、彼女の評判を失墜させた詐欺事件「首飾り事件」の首飾りの一部と伝わるダイヤモンドも展示される。その元凶となる首飾りは騒動のさなかに盗まれ、分解されて売却のためにイギリスに渡ったといわれる。その一部と伝わるのがこのダイヤモンドで、中央の一粒だけで約15カラット。その透明度と輝きを、じっくりと目に焼き付けたい。

画像: ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)の展示風景 ©Victoria and Albert Museum, London 2020-21秋冬コレクションで、モスキーノはマリー・アントワネット・スタイルを大胆に生まれ変わらせた。デザイナーのジェレミー・スコットは王妃にまつわる言葉を引用し「CAKE! CAKE! CAKE! LET THEM EAT MOSCHINO!」とキャプションをつけて、コレクションをインスタグラムに投稿。

ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)の展示風景 ©Victoria and Albert Museum, London

2020-21秋冬コレクションで、モスキーノはマリー・アントワネット・スタイルを大胆に生まれ変わらせた。デザイナーのジェレミー・スコットは王妃にまつわる言葉を引用し「CAKE! CAKE! CAKE! LET THEM EAT MOSCHINO!」とキャプションをつけて、コレクションをインスタグラムに投稿。

 第2章では彼女の死後から1940年までの間、いかに当時の王族やブルジョワに彼女のスタイルが引用されてきたかが検証され、第3章では、彼女のスタイルにインスピレーションを得た現代のクリエイターたちの作品が並ぶ。
 旧来の慣習に敢然と挑み、自らのスタイルを貫いた一人の女性の人生は、いまを生きる私たちを鼓舞してくれるだろう。

『マリー・アントワネット・スタイル』
会期:8月1日(土)〜11月23日(月・祝)
会場:横浜美術館
神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
公式サイトはこちら

少女との貴重な対面! 奇跡の再来日
『フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展』

画像: ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》1665年頃 油彩/カンヴァス 44.5×39cm マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague

ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》1665年頃 油彩/カンヴァス 44.5×39cm マウリッツハイス美術館 

© Mauritshuis, The Hague

 最後は、開催前から話題沸騰中の『フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展』。あの少女が、14年ぶりに来日する。この展覧会は、オランダ・ハーグにある「マウリッツハイス美術館」の改修工事による臨時休館に伴い、実現に至ったもの。同館のマルティネ・ゴッセリンク館長は《真珠の耳飾りの少女》の来日について、「おそらくは最後となるであろう特別な機会です」と語っていることからも、大変貴重な機会であることがわかる。

画像: ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》1653-1654年頃 油彩/カンヴァス  97.8×104.6 cm マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague

ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》1653-1654年頃 油彩/カンヴァス  97.8×104.6 cm マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague

 本展で鑑賞できるフェルメール作品は、1665年頃の《真珠の耳飾りの少女》に加え、もう1点。1653〜1654年頃の最初期に、神話を題材として描かれた《ディアナとニンフたち》は、いわゆる“フェルメールらしさ”が現れる以前の作品だが、ニンフの服装の赤、青、黄の配色などに、フェルメールの優れた色彩感覚が見て取れる。
 この2作のフェルメール作品は、フェルメールの生涯と描いたモチーフをたどり、世界中に点在する全作品が実際の比率に基づいて映写される映像を全長20mにもおよぶ大型スクリーンで鑑賞するなど、フェルメールについてたっぷり学んだ後に実際の作品を鑑賞するという構成となる。

画像: マリア・ファン・オーステルウェイク《装飾的な壺の花》1670-1675年頃  油彩/カンヴァス 62.0×47.5cm マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague

マリア・ファン・オーステルウェイク《装飾的な壺の花》1670-1675年頃  油彩/カンヴァス 62.0×47.5cm マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague

 加えて、黄金時代と呼ばれる17世紀オランダ絵画の名品が、この時代を象徴する6つのテーマで展示される。歴史画、肖像画・トローニー、風俗画、教会内景画、風景画、静物画がその6つ。とくにトローニーは、特定の人物ではなく、無名、または架空の人物を描いたもので、この時代に流行したもの。《真珠の首飾りの少女》も、トローニーに分類される。
 また、女性画家の作品が出品されているのも大きな特徴で、この時代にも女性画家が存在し、才能を発揮していたことがわかる。マリア・ファン・オーステルウェイクは、近年の美術史研究において女性芸術家への関心が高まるなか、再評価が進んでいる女性画家のひとり。花の静物画を専門とし、フランス王ルイ14世や神聖ローマ皇帝レオポルト1世など、各国の王侯貴族に収集された。

 運よくチケットを入手できた人は、その幸運を噛み締めながら、じっくりと鑑賞されたい。  

『フェルメール 《真珠の耳飾りの少女》展』
会期:8月21日(金)〜9月27日(日)
会場:大阪中之島美術館 5階展示室
大阪市北区中之島4-3-1
※チケットは、日時指定制
公式サイトはこちら

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