「教育に科学的根拠を」と提唱する著作がベストセラーになった教育経済学者、中室牧子さん。華麗なキャリアを経て今実感する、「本当に自分が心地いいもの」をつかむ生き方とは

BY JUNKO ASAKA, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO, HAIR & MAKEUP BY MAI HANZAWA

画像: 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの研究室にて。自身の専門である教育経済学について語る言葉はよどみなく、まなざしもきりりと鋭いが、大好きなファッションや愛猫の話になるとチャーミングな笑顔がこぼれる

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの研究室にて。自身の専門である教育経済学について語る言葉はよどみなく、まなざしもきりりと鋭いが、大好きなファッションや愛猫の話になるとチャーミングな笑顔がこぼれる

 慶應義塾大学の准教授、中室牧子さんの専門は「教育経済学」。すなわち「教育をデータを用いて統計学的に分析する応用経済学」だ。なかなか耳慣れないこの学問を、中室さんは日本における教育の実践の場で活用しようとしている。

 慶應義塾大学を卒業後、日本銀行を経て単身ニューヨークへ。その後、ワシントンDCにある世界銀行で開発途上国の経済や医療、教育、インフラなどの調査研究に携わった。現在、中室さんが提唱している「科学的根拠(エビデンス)のある教育政策」という考え方は、この時代にアメリカで得た経験が大きく影響しているという。

「2000年を過ぎた頃から、アメリカの教育政策ではエビデンスを重んじる風潮が広まり、世界銀行などの国際的な機関でも同様でした。でも日本に帰ってくると、そうした考え方がまったく浸透していない。そのことにすごく驚かされました」。教育や健康のジャンルでは、中室さんいわく「エピソードベースの話」が力を発揮しがちだ。「自分がこれを食べたらやせた」「こういう方法で教育したら子どもを東大に入れられた」といった一億総評論家的な通説が一般にも信じられ、広がっていく――。

「でも、そういう個々のエピソードは例外的なケースかもしれないし、一般化するのは難しい。特に国や自治体の政策を決めるときには、限りある予算を、より効果の高い政策に優先的に配分したほうがいいですよね。だから教育政策の費用対効果などをきちんと分析して、意思決定に活かしていこう、というのが教育経済学の根底にある考え方です」

 2015年に中室さんが著した『「学力」の経済学』は、そのタイトルからは想像できないほど読みやすく、また子どもをもつ親にはおおいに刺激に満ちた内容で、たちまちベストセラーとなった。

画像: 「アカデミックだけれどリーダブルな本を」と恩師・竹中平蔵氏にアドバイスされたという最初の著作『「学力」の経済学』。世界の経済学者が今こぞって用いている最新の手法をわかりやすく解説した近著『「原因と結果」の経済学』は津川友介氏との共著

「アカデミックだけれどリーダブルな本を」と恩師・竹中平蔵氏にアドバイスされたという最初の著作『「学力」の経済学』。世界の経済学者が今こぞって用いている最新の手法をわかりやすく解説した近著『「原因と結果」の経済学』は津川友介氏との共著

「アメリカでは、専門家が一般の読者に向けて自分の専門分野をわかりやすく書いた良書がたくさん出版されています。これが、専門家の発言に対する社会的な信頼の高さにもつながっています。一方、日本では、研究者は学術論文は執筆しますが、対外的な発信には消極的です。でも、そもそも英語で書かれ、専門用語を多用する学術論文を読みこなせる人は少ないでしょう。こうした状況が、重要な政策決定の場面においてさえ根拠のない通説やエピソードに頼りがちな現状をつくりだしているのではないかと思うのです」
 上記の著作や、経済産業省の産業構造審議会で委員を務めるなど多彩な肩書をもつ中室さんのさまざまな発信は、こうした日本の現状に気持ちよく風穴を開けたといえるだろう。

 自身のキャリア形成について、中室さんは「30代後半から大きく変わった」と話す。「30代後半までは、『こういう仕事をしたい』というキャリア上の理想がまさっていたように思います。私の場合は、経済学の知見を用いて政策決定にかかわりたいという思いから、日本銀行や世界銀行というキャリアを選択してきました。でも、大学に籍を置くようになって、ここでの働き方がとても自分に合っていることに気づいたんです。『こういう仕事をしたい』より『こういう仕事が向いている』ということが、重要な判断軸になった。今振り返ってみると、逆の道筋では同じ気づきは得られなかっただろうと思います。やりたいことを追求していろいろ経験してきた中で初めて、自分に向いているもの、向いていないことがわかるようになってきたんだろうと」

 

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