建築の教育を受けたことのない31歳のアーティストが自分の手で作り上げたのは、地元の伝統と日本の建築技術をかけあわせた家だった

BY HANNAH GOLDFIELD, PHOTOGRAPHS BY GRETA RYBUS, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA (RENDEZVOUS)

画像: メイン州の沿岸部にある、アンソニー・エステベス一家の土地

メイン州の沿岸部にある、アンソニー・エステベス一家の土地

 31歳のアンソニー・エステベスは、メイン州の海岸沿いにある家族の地所に自分の住まいをゼロから建て、さらにもう一軒の家を手間ひまかけて修復した。そのこと自体たいしたものだが、それ以上に驚くべきは、これが彼にとって初めての試みであったということだ。エステベスがデザインの教育をまったく受けていなかったというわけではないが、われわれが想像するものとはちょっと違う。ロードアイランド・スクール・オブ・デザインで彼が学んだのは、建築ではなく彫刻だったのだ。「これまでの僕の作品と比べても、この家には僕の考え方がとてもよく表現されていると思う」と彼は言う。「卒業して何年か働くうちに、建築のプロセスというのは、僕がスタジオで習得してきたことにとてもよく似ていることがわかったんだ」

 学校で彫刻を学んだこと以外に彼が持ち合わせていたものといえば、ニュー・イングランド(※訳注:アメリカの東海岸に位置する、メイン、ヴァーモント、ニュー・ハンプシャー、マサチューセッツ、コネティカット、ロード・アイランドの6州)と日本の建築に対する、深く、変わることのない美的感受性と、研究に対する情熱だけだった。ちなみに、彼はニュー・イングランドで育ち、日本でも暮らした経験がある。

 土地を購入したとき、ここには家が一軒だけ建っていた。1754年に建てられたケープ・コッド様式(※訳注:17世紀に生まれた、ニュー・イングランド地方を代表するシンプルな平屋建ての建築様式)の家で、過去に解体され、建て直された建物だ。エステベスはそれを、歴史的建造物の厳格な保存基準には従わずに修復した。「この基準は束縛が強すぎるし、補助金目的で基準に合わせている人が多い気がするんだ」。彼はそれよりもむしろ、自らが考える「歴史的建造物のあるべき姿」になるように修復したのだ。

画像: ケープ・コッド様式の家リビングルーム。現在、この家には彼の母親が暮らしている

ケープ・コッド様式の家リビングルーム。現在、この家には彼の母親が暮らしている

「僕がやりたかったのは、ニュー・イングランドの建築全般から僕がおもしろいと思う要素を取り入れて、ニュー・イングランド的な美意識を完璧に表現しながらも、歴史的保存という概念にとらわれない建築にすることだった」とエステベスは言う。そのために彼は、書籍や歴史資料を熟読するだけでなく、地元で建設業を営む年配の友人たちからもいろいろなことを学んだ。90代のある友人は、自分たちが代々受け継いできた情報や技術を教えてくれたという。

 完成したケープ・コッド様式の家には、エステベスが育ったロード・アイランド州から引っ越してきた母親が暮らしている。その家からわずか数メートルのところに、彼自身がゼロからデザインしたもう一軒の家がある。エステベスはそこに、メイン州生まれで同じくアーティスト、そしてロードアイランド・スクール・オブ・デザインの卒業生でもあるパートナーのジュリー・オロークと、まだ小さい息子のディオゴと一緒に暮らしている。

画像: アンソニー・エステベスは、パートナーのジュリー・オロークと小さい息子のディオゴとともに、「すすの家」と呼ぶ家に住んでいる。メイン州スプルース・ヘッドの私有地に建つ3軒の建物のうちの1つだ。建物の主要部分のファサードに、すすを原料にした日本式のペンキを塗ったことから、その名がついた。そのペンキは、すすに水と柿を加えて発酵させたもので、抗菌性があり、防水性と防腐性も併せ持つ。剥がれたり砕け落ちたりすることはなく、長い年月をかけて「埃のように散っていく」だけだという

アンソニー・エステベスは、パートナーのジュリー・オロークと小さい息子のディオゴとともに、「すすの家」と呼ぶ家に住んでいる。メイン州スプルース・ヘッドの私有地に建つ3軒の建物のうちの1つだ。建物の主要部分のファサードに、すすを原料にした日本式のペンキを塗ったことから、その名がついた。そのペンキは、すすに水と柿を加えて発酵させたもので、抗菌性があり、防水性と防腐性も併せ持つ。剥がれたり砕け落ちたりすることはなく、長い年月をかけて「埃のように散っていく」だけだという

 こちらの家は、ニュー・イングランド様式をベースに、エステベスが気に入っている日本の建築技術もとり入れている。たとえば伝統的なコロニアル調の下見板は、エステベスが自分でつくった、“すす”を原料にして発酵させた日本式の塗料で黒く塗られている。この下見板張りも、メイン州では消えゆく技だ。「ここでは伝統的な技術を持つ職人より、レコードのセールスマンの方がよっぽど人気のある職業だよ」とエステベスは笑う。

 家族は愛情を込めてこの家のことを「すすの家」と呼ぶ。この「すすの家」の寸法は、屋根の傾斜から部屋の広さまで一般的なニュー・イングランド様式の家とそっくり同じだ。建材の一部には、エステベスが「バーン・ボード(焼き板)」と呼ぶ素材が使われている。表面を焼き焦がした杉の板で、日本では「焼杉板」と呼ばれるものだ。また、彼は日本人が得意とする熱効率のいい暖房システムにも感銘を受け、小さなストーブひとつで家全体を暖められる方法を考案した。このストーブはひと冬じゅう、わずかな燃料でまかなえる。

「一人の子供を育てるには、村中の力が必要だ」というアフリカのことわざがあるが、エステベスは事実上、自分の村を築いてその役割を果たしている。現在も、ケープ・コッド様式の家の後ろにクラシックなニュー・イングランド様式の納屋を建設中だ。もちろん、仕上げにはすすのペンキを塗るつもりだという。その納屋には7,000冊を超える書籍のコレクションを収め、一家の図書室として利用する予定だ。

 

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