困っている子どもは、大きな声を上げて困っていることを世に伝える術すべをもたない。声なき声に耳を澄まし、手を差し伸べる。そんな活動をそれぞれの形で続ける4人にノンフィクション作家の佐々涼子が話を聞く

BY RYOKO SASA, PHOTOGRAPHS BY KIKUKO USUYAMA

 「子どもには、そこに存在するだけで意味を見いだしてくれる、親や親の代わりをしてくれる存在が必要」と話すのは、慎泰俊さん。「親や親代わりの存在にアクセスできることが、人生の土台なんです。それがあると、生きることの意義が見いだしやすいし、友人と仲良くやったり、目標に向かって努力をしやすいですよね」。10年前に仲間と見学に訪れた児童養護施設で別れ際に「もう来ないんでしょう?」という言葉に打ちのめされ、この子たちと関わっていこうと決めた。

画像: 「心身にハンディキャップがある場合などに、分離して対応しようとする。それは社会の多様性を奪い、脆弱にすると思う。いろんな人たちが一緒にいられる社会が僕は好きです」と言う慎泰俊さん ほかの写真をみる

「心身にハンディキャップがある場合などに、分離して対応しようとする。それは社会の多様性を奪い、脆弱にすると思う。いろんな人たちが一緒にいられる社会が僕は好きです」と言う慎泰俊さん
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 養護施設に泊まり込みの研修もしたという。そこにはさまざまな事情から家族と離れて暮らす子どもたちがいた。しかし、親代わりになる職員が人員不足のために忙殺されて、子どもたちのケアが足りていない実情を知る。「自分の意思では選ぶことのできない、どうしようもないことによって不利益を被っている人が機会の平等を手に入れられるようにしたい」と、専従職員のいないパートタイムだけのNPO法人「Living in Peace」を立ち上げた。「すべての子どもにチャンスを」を合言葉に、主に児童養護施設向けの教育改善や、進学指導などを行い、月々継続型の寄付プログラム、チャンスメイカーというシステムを構築した。

画像: 金融サービスを受けられない低所得層も融資を受けて事業投資を行い、自立できるように。マイクロファイナンスの各国の子会社の経営改善のため、アジア各地に出向く PHOTOGRAPH BY TAEJUN SHIN ほかの写真をみる

金融サービスを受けられない低所得層も融資を受けて事業投資を行い、自立できるように。マイクロファイナンスの各国の子会社の経営改善のため、アジア各地に出向く
PHOTOGRAPH BY TAEJUN SHIN
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 彼の本業は、発展途上国の金融サービスを使えない人たち向けに、融資を行うマイクロファイナンス。海外にいることが多いため、現在はLiving in Peaceの理事長を退任したが、まだ継続的な活動を続けており、関わった子どもたちとは、今でもつき合いがあるという。「メッセージが来たり、泊まりに来たり。僕にできることは見守り、見捨てないこと。それ以外あまりないという結論に達しつつあります。ただ、普段そんなに 会話をしているわけじゃない。困ったら連絡してとは言ってるけど。話しかけて盛り上げるようなキャラでもないし、ごはんを食べに行くとかそんな感じです」 と話す彼は、社会変革を志す人の肩肘張ったイメージとは異なり、穏やかで、飄々としている。彼のそばにいたら子どもたちも居心地がいいだろう。

そして、時折こんな達観したことを語る。「人間は草木と同じようなものだな、と思うようになりました。植物の成長は、土壌、光、水。その影響で決まるところがありますよね。昔は、努力した自分は偉いと思っていたんですが、 そういう努力ができることさえ、支えてくれる人との出会いなど、環境によるものが大きいんじゃないかと。だからこそ、みんなのスタートラインが同じことが大切だと思います。みんながそういう環境で生きていけるように、ちょっとでも近づいていけたらいい」

画像: 「元手があれば子豚を数匹買うことができる。半年後には買値の4倍の値段で売れる」 PHOTOGRAPH BY TAEJUN SHIN ほかの写真をみる

「元手があれば子豚を数匹買うことができる。半年後には買値の4倍の値段で売れる」
PHOTOGRAPH BY TAEJUN SHIN
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画像: ミャンマーでは孤児たちの施設を訪ねた PHOTOGRAPH BY TAEJUN SHIN ほかの写真をみる

ミャンマーでは孤児たちの施設を訪ねた
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 私には彼のように理想を形にするような能力はない。しかし、それでもいいのかもしれない。関心をもつことで、ものごとの見方は変わる。一部の篤志家ではなく、大勢が自分の身の丈にあった小さなアクションを起こすことで社会は変わっていくはずだと、彼はそよ風のようなたたずまいで教えてくれた。
 さあ、私に何ができるだろう。

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