BY RYOKO SASA, PHOTOGRAPHS BY KIKUKO USUYAMA
幼い頃よく思ったものだ。たまたま生まれた国が違うだけで空爆におびえることなく、生まれた家が違うだけで三食ごはんを食べることができる。しかし、偶然生まれた場所によって、大変な思いをしている子どもたちが世界にはいるのだ。理不尽ではないかと。自分が大人になったときには、何かできることをしようと心に決めたはずだった。いつかもっと力をつけてから。そう言い訳をしているうちに、いつの間にかそんな気持ちも忘れてしまっていた。だが世の中には、子どものためにアクションを起こす人がいる。
鳥居晴美さんは、さまざまな困難に直面する世界の子どもたちのところへ赴き、絵を描く機会を与える活動をしている。彼女が1988年に創設した「子供地球基金」が開催してきたワークショップは、47カ国、2000回に及ぶ。ボスニア・ヘルツェ ゴビナ、チェルノブイリ、池田小学校、宮城や熊本の被災地。紛争や災害、事件、貧困に苦しむ地域など、さまざまな場所で子どもたちが絵筆を握った。
子どもの絵を見た人々の反応はどうですかと創設者の鳥居さんに尋ねると、展示された絵の前に長い間たたずんで、静かに涙を流す人がたくさんいるという。絵からは、言葉にする前の、子どもの純粋なやさしさや、寂しさが伝わってくる。「紛争や災害のあと、子どもたちは混乱していて、黒を使った暗い絵や、抽象的なものを描きなぐることもあります。でも、落ち着いてくると明るい色使いになることも多いんですよ。絵には子どもたちの心が素直に表れます」。
日本は大きな災害に何度も直面し、われわれ大人でさえも、言葉が無力になってしまうようなショックを受ける経験をした。しかし鳥居さんは言うのだ。「大人も子どもも、生きていくのは大変なこと。でも、たとえ小さな子どもであっても、表現をすることは大切なことだと思っています。心のうちに閉じ込めておくと10年、20年後にトラウマとなって表れてしまうこともある。絵は、土の上に指一本で描くこともできる最もプリミティブな表現方法。これならどんなに小さな子でも、言葉にならない自分の気持ちを表せる」。子どもたちは外側で起きることに対して無力な場合も多い。
しかし、彼女はこう言葉を続けた。「子どもであっても、老人ホームで歌を歌って喜ばせることも、笑顔で挨拶をすることもできる。子どもにも世の中にできることがたくさんあるはず」。絵もそのひとつだ。
子どもたちの絵が、企業のデザインとして採用されたり、レンタルされたりすることで、資金を得て、それがほかの子たちを助けるための活動資金となる。そのとき子どもたちは助けられる側から、助ける側に回るのだ。東日本大震災では被災地の子どもたちの絵が企業のティッシュボックスのデザインに採用され、通常の215%の売り上げを達成した。
イラン・イラク戦争のときには、当時のフセイン大統領、レーガン大統領に子どもたちからメッセージを送ったところ、思いもかけず両者から返信があったという。「もしかしたら、自分たちが社会を変えられるかもしれない」。そう信じられる子どもは間違いなく幸福だ。「たとえ小さい子であっても、遠くに目をやり、地球の裏側で起きていることも、自分たちに関わることだということを知っていてほしい」。今年30周年を記念して、国立新美術館で展覧会が開かれる。また、「子供地球基金」は2018 年のノーベル平和賞候補に挙げられた。