気候変動や自然災害、SNS上で顕著な分断と格差、そしてパンデミック。地球も人も、とにかく疲弊しきっている。これからの時代を生き抜く処方箋を手に入れるべく、三人の哲学者の言葉に耳を傾ける。最初に登場するのは、大ベストセラー『人新世の「資本論」』の著者、斎藤幸平

BY TOMONARI COTANI, PHOTOGRAPH BY KENSHU SHINTSUBO, EDITED BY JUN ISHIDA

「人新世」の危機を乗り越えるには
ーー 斎藤幸平

 際限なく利潤を追求する資本主義。安価な「資源」と「労働力」を搾取し、「市場」を作り出し続けるためには、常に新たなフロンティアが必要だ。

「しかし地球は有限です。今や資本主義を潤すフロンティアは、ほとんど残されていません。それどころか、人類の経済活動、すなわち資本主義が地球環境そのものを破壊する『人新世』と呼ばれる時代に突入してしまった。先進国に暮らす私たちも逃れられない環境危機に直面しているのです」

『人新世の「資本論」』の著者・斎藤幸平は、現在の状況をそう捉えている。ベストセラーとなったこの本は、「SDGsは『大衆のアヘン』である!」、そんな強烈なパンチラインで幕を開ける。各国政府や企業が推進するSDGs(持続可能な開発目標)は、環境危機から目をそらさせるための免罪符だと言うのだ。

画像: 斎藤幸平(KOHEI SAITO) 1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economyによって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初・歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」を受賞

斎藤幸平(KOHEI SAITO)
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economyによって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初・歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」を受賞

「産業革命以来、これまでは先進国の暮らしに起因する環境負荷の代償を、途上国に押しつけることでなんとかやりすごしてきました。しかし、地球に二酸化炭素が充満し、気候変動の影響が大型の台風や大規模な山火事などの自然災害として私たちの社会に跳ね返ってきています。そのうえ、新型コロナのようなパンデミックも発生した。これほどの状況に至り、ようやくダボス会議(世界経済フォーラム)などでも『グレート・リセット』というキーワードが出るようになってきました。

 しかし、彼らの提唱する『緑の経済成長』によって環境危機を止めることはできません。資本主義から脱成長経済へと転換する、本当の『グレート・リセット』が必要です。脱成長とは、経済成長によって犠牲になってきた平等や公正、個人の幸福度や自然環境を重視する経済への大転換です。

 その際、私は、〈コモン〉というキーワードがカギになると考えます。〈コモン〉とは食料や水、エネルギーなど、誰しもが必要とするもの、みんなで共有され、管理されるべき富のことです。しかし、資本主義ではこの〈コモン〉が商品化され、貨幣を持っていないとアクセスできない。そのせいで貨幣を獲得するために、みな必死に働き、心身を病み、環境を破壊するようになっている。〈コモン〉の領域を増やせば、労働へのプレッシャーを下げることになり、脱成長も可能になるのです」

 しかし、今進んでいるのは、さらなる〈コモン〉の解体だと斎藤は指摘する。とりわけこの十年間で、インターネット上のプラットフォームを介して個人間で価値をシェアしていく「シェアリングエコノミー」──代表例はUberやAirbnbだろう──が勃興し、新しい働き方」や「新しい経済の仕組み」としてもてはやされた。しかしその実態は「オンデマンドエコノミー(需要が発生したときに、必要な分だけ商品やサービスを提供するビジネス)」に過ぎなかった。UberやAirbnbのように「普通の人々がほかの普通の人々にサービスを提供する会社」は、本来、それに寄与するすべての関係者によって共同経営されるべきだというのが斎藤の見立てだ。

「ICT(情報通信技術)を活用したプラットフォーム型の経済が始まったころ、それは水平的かつオープンで、新しい働き方を提供するものだともてはやされました。しかし、UberやAirbnbが実現したものはそうではない。ワーカーはスマホ経由で入ってくる注文に対応するだけ、つまりはオンデマンドな奴隷です。解決の道は、プラットフォームの管理を民主化し、それも〈コモン〉としてワーカーやユーザーが関わることができるようにすること。現状は、大企業がプラットフォームで得られるメリットを独占しているだけですから」

 黎明期の資本主義が、土地を囲い込み、農民を共有地(コモンズ)から追い出すことで発展したように、今日の資本主義はプラットフォームを囲い込んで独占することで、膨大な利用料を吸い上げているわけだ。

「雇用保証もない大量の労働者(ギグワーカー)を生み出し、収奪していくモデルが確立され、コロナ禍でさらに強固なものになりました。それでは格差は縮まりません。そうした状況を改善し、人々が〈コモン〉を手にするためのひとつの手段が『労働者協同組合』です。労働者たちが協同で出資し、自分たちで経営するという事例は、それこそマルクスの時代から存在し、とりわけスペインやイタリアではしっかり根づいていますが、プラットフォームも協同組合的に利用しようという試みが始まっています。また、日本でも昨年末に『労働者協同組合法』が成立し、施行されることになりました」

 資本主義が拡大を続けた帰結として限界を迎えたのだとすれば、働き方も見直す絶好のタイミングが訪れているのかもしれない。労働者協同組合法の施行は、そうしたシフトチェンジをするトリガーになりうるのだろうか。

「少なくとも、労働者協同組合という概念が社会に流布することで、働いている人たち自身が意思決定をしたり、経営に参画したりすることが可能なのだという想像力を取り戻すことにつながるのではないかと考えています。冷戦終結以降、資本主義しか『選択肢がない』という考え方が定着し、『資本主義ではない社会』を想像し、構想する力が衰えていきました。しかし、問題を引き起こしている犯人が資本主義なのですから、その資本主義の枠組みの中で解決策を導くことは不可能です。新たな社会システムを想像する力が必要なのです。欧米を中心に、新しい社会を求める声が高まっています。日本でも、マルクスにヒントをもらった私の著作が25万部を超えて多くの人に読まれている。社会の変動の、新たな兆しは見えてきています」

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