やがて来る時代の転換点。そのときに向けて、未来を担う世代は、今、どのような力を培うべきか。独自の視点を持って、“幸福に生きるための力”を育むことに尽力する美学者・伊藤亜紗に話を聞いた

BY MAKIKO HARAGA, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE

人間をつくっていく。それがリベラルアーツの使命

 東京工業大学で美学者・伊藤亜紗が担当する「創造と思考のレッスン」は、学部生向けの短期集中ゼミだ。学生は5 日間、伊藤から奇想天外な課題を日替わりで与えられ、作品をつくり、発表する。初日のミッションは“養生シートの否定”。幅1.1mのビニールシートと緑色のテープが一体化したものが用意されていた。これを使って“養生シートからいちばん遠い状態”を表現した作品を、制限時間内につくれという。何をしても構わない。ただし、“いつもの自分”を離れ、新しい発想や表現を試すのだ。日頃、学生たちが学んでいる、まず設計図を描き、つくったものを完璧に制御しようとするエンジニアリングとは違い、「こんなものができちゃった」という偶然に身をまかせるアートの面白さを体験させたい、と伊藤は話す。

画像: 「未来の人類研究センター」のイベントルームにて。モダンな内装は、設計も造作も主に建築学科の学生たちが行った

「未来の人類研究センター」のイベントルームにて。モダンな内装は、設計も造作も主に建築学科の学生たちが行った

 腕を組んで、考え込む。材料を調達しに出かける。色をつけていく。3時間半がたち、講評の時間を迎えた。制作者は言葉を尽くして作品を語り、鑑賞者は自分なりの解釈や感想を伝える。伊藤はそこに美学者ならではの視点を加えるが、まず誰よりも作品を面白がっていた。

画像: 伊藤はいつも“~を否定せよ”という課題を出す。養生シートは「身近なようで意外と知らない、そして思いどおりにならない素材」

伊藤はいつも“~を否定せよ”という課題を出す。養生シートは「身近なようで意外と知らない、そして思いどおりにならない素材」

 塗装時の保護という養生シートの“正しい使い方”を否定し、模様をつけるための道具に変えたのは、仲間礼佳の作品。みなが見守るなか、勢いよくスプレーを噴射する。銀色を吹きつけられたビニールシートがめくられると、表出した紙に北東を指す矢印が現れる。示す先にはゴミ袋が。さらに先には目黒区の焼却処分場があるという。「想定された使い方をされて終わるものも、使われないまま捨てられるものも、すべて同じところに行きつく」

画像: 仲間礼佳のパフォーマンスアート

仲間礼佳のパフォーマンスアート

画像: 野田聡の作品。「否定するとはどういうことか」を突き詰めて考え、「ぱっと見は養生シートっぽいが、そうではない道具」をコンセプトに。ビニールシートを引っ張ると、その一部に赤いインクがつく仕組み。壁を保護するのではなく“汚す”という、役割の否定だが、一定の幅でまっすぐ塗るための道具として使用できる。「使えないものをつくっても面白くない。それだと今ある優れた工業製品からゴミを生んだだけになってしまう」

野田聡の作品。「否定するとはどういうことか」を突き詰めて考え、「ぱっと見は養生シートっぽいが、そうではない道具」をコンセプトに。ビニールシートを引っ張ると、その一部に赤いインクがつく仕組み。壁を保護するのではなく“汚す”という、役割の否定だが、一定の幅でまっすぐ塗るための道具として使用できる。「使えないものをつくっても面白くない。それだと今ある優れた工業製品からゴミを生んだだけになってしまう」

 篠﨑悠人の作品は、空間をうまく利用したインスタレーション。養生シートの“作業でよく使うのに、誰からも見向きもされない”という点を否定し、“宝石みたいな、ありがたそうなもの”を表現した。裂いたシートの一片を瓶に詰め、別室のテーブルに置き、そこだけに照明があたるように展示。電気を消した部屋にひとりずつ案内された鑑賞者は「みな、後ろ髪を引かれるように振り返って、ガン見していた」と篠﨑は言い、笑顔を見せた。

「養生シートの切れ端が廊下に落ちていたら、普通の東工大生だったら踏んで通りすぎるけど、それが作品に見えていくということが、家に帰ってからも起こります」と伊藤は話す。「そういうことのひとつひとつが、世界の見え方を変える。物質も人間関係も、違う見え方がいくらでもできる人になってほしいのです」

画像: 篠﨑悠人のインスタレーション

篠﨑悠人のインスタレーション

画像: 奥村レオナルド研は「何も考えないでつくろうと思い、とりあえず全部引っ張り出してみたらこうなった」。竜巻から金魚になり、さらに引っ張ると宇宙人に。生きているように見せるためにエアコンの風があたるようにした。「養生シートは守るために使われるが、宇宙人は椅子を破壊しようとしている」

奥村レオナルド研は「何も考えないでつくろうと思い、とりあえず全部引っ張り出してみたらこうなった」。竜巻から金魚になり、さらに引っ張ると宇宙人に。生きているように見せるためにエアコンの風があたるようにした。「養生シートは守るために使われるが、宇宙人は椅子を破壊しようとしている」

画像: (写真左)川田凛の作品。「自分でも発見できていない自分が見えてきます」 (写真右)久保田聡はまず、長さ12.5mのシートを広げて壁一面に貼った。巻き直すと筒状になり、強度も出て自立した。養生シートの形状と“使い捨て”という特性を否定し「こんなに強いというのも見せたかった」

(写真左)川田凛の作品。「自分でも発見できていない自分が見えてきます」
(写真右)久保田聡はまず、長さ12.5mのシートを広げて壁一面に貼った。巻き直すと筒状になり、強度も出て自立した。養生シートの形状と“使い捨て”という特性を否定し「こんなに強いというのも見せたかった」

 自分自身の感情のゆらぎを投影した制作者もいた。川田凛は、本心を見せない自分の心が“保護されていない状態”を表した作品を、誰かが落として壊すかもしれない入り口のドアにぶらさげた。伊藤は、「自分の分身みたい。壊れるかどうかも運命にゆだねていて、どこか呪術的。形も似ているので、ネイティブ・アメリカンのドリームキャッチャーを連想させる」と講評した。

 講評には、創作よりもさらに重要な学びがあると、伊藤は言う。「作品は感覚的なものなので、使ったことのないような言葉を使い、頑張って説明する。そうすることで、“感じる”という経験が深まる」。エンジニアになったとき、それは開発に役立つ。だが、もっと深いレベルで支えになると信じている。「自分が感じていることをちゃんと“感じる”というのは、生きていくうえで自分を守る力になる」。自分と対話し、気持ちを言葉にするのは難しい。だが、その回路をつくってほしい。感情や欲求を抑えつけて生きていると、本当にやりたかったことがわからなくなり、自己肯定感が下がる。「前向きな姿勢で生きてほしい。そのために“感じる力”はすごく大事です」

画像: 講評では制作者と鑑賞者がともに学び、楽しむ。「言葉を通して作品を見ると、異なる見方ができる」と伊藤は言う。20歳前後の学生にとっては恥ずかしさも伴うが、「自分の身を削って出したものを周囲が受けとめ、言葉にして返す。そんな経験をしてほしい」

講評では制作者と鑑賞者がともに学び、楽しむ。「言葉を通して作品を見ると、異なる見方ができる」と伊藤は言う。20歳前後の学生にとっては恥ずかしさも伴うが、「自分の身を削って出したものを周囲が受けとめ、言葉にして返す。そんな経験をしてほしい」

 東工大は、博士後期課程まで続くリベラルアーツ教育を2016年に導入した。伊藤はその「学びのストーリー」の設計者のひとりだ。視察でケンブリッジ大学やオックスフォード大学を訪れたとき、寮で学生と教授がともに演習を行う様子を見た。このとき、「生活のなかで人を育てることがリベラルアーツなのだ」と、腑に落ちたという。

 午後4時。次なる無茶ぶりが伝えられた。「あとには〇〇が残された。」で始まる小説を、翌朝までに書けという。「〇〇」はひとりずつ異なり、そのアイテムがランダムにあてがわれた。短くなった鉛筆の束を手にした学生は、戸惑いの苦笑いを浮かべた。

 伊藤は、こうして学生が自ら変身する状況をつくり続ける。「アプリケーションを1個増やすのではなく、学生のOSを変えたい。それは人間をつくるというリベラルアーツの使命ともつながるのです」

伊藤亜紗(ASA ITO)
1979年東京都生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専門は美学、現代アート。同大学・未来の人類研究センター長として「利他」の研究を率いる。生物学者を目指していたが、東京大学3年生のとき、文系に転向。主な著書に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社新書)など

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